現代アート作家・名和晃平氏にインタビュー

PixCell-Deer#7
2007
h:145, w:90, d:60 cm
mixmedia
撮影: 豊永政史 Seiji Toyonaga
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
BEAMS(以下、B) : 今回<BEAMING ARTS>の企画で、ショッピングバッグやカタログを制作する事となりましたが、そこで紹介させていただいた「PixCell」シリーズについてまずはお伺いしたいと思います。「PixCell」シリーズは何年に始まったものでしょうか?
名和晃平(以下、N) : 2002年ですね。その前からガラスビーズを彫刻の表面に使っていたのですが、「もの」に直接はりつけるという手法は、大阪での初個展の際に発表しました。
それ以前は「液体」を抽象的に表現するため、造形物の表面をガラスビーズでびっしり覆っていました。何度か発表するうちに、ある展示会場で改めて作品をみていたら、白いオブジェの表面にはっているビーズのうちの一粒が真っ黒に見えたんです。なぜ黒くなっているのかな、と近づいたら、埃か何かが拡大されていたんですね。それで透明のガラスビーズは真下にある部分を拡大するんだな、と気がつき、ある発想が生まれたんです。家に帰って、居間にあった果物にビーズをはってみると、中身の色は見えるのに触れないという妙な距離感で、さっきまで目の前にあったものと全然違うものに変換されたように感じたんです。これは面白いと思いました。
PixCell-Saturation
2004
mixmedia
h.270 x w.526 x d.526 cm
撮影: 木奥恵三 Keizo Kioku
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
B : ビーズがいわばあるものを変換させる装置になるわけですね。
N : そうです。それまでは、装飾的な粒の並びであったり、キラキラと光るビーズの外側をみていたのですが、透明の球体のなかの「像」に注目するようになったんです。ちょうど彫刻素材の既視感をどうやって乗り越えるかということを模索していたときだったので、これだと思いました。「マテリアル(物質)」としてのガラスビーズから、「機能する、あるいは役割を与えられる」ビーズへと変化が起こったんですね。そこから、「セル」が自分の彫刻のメディアとして多様に展開していくことになりました。
PixCell-Saturation
2004
mixmedia
h.270 x w.526 x d.526 cm
撮影: 木奥恵三 Keizo Kioku
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
B : 「セル」というのは具体的にどういうことでしょうか?
N : 細胞や小部屋、ユニットといった、一つの単位のことですね。それが組み合わさって世界全体がつくられている、というイメージです。「もの」を原子や分子レベルまで細かくしていくと、人間や生物、鉱物や人工物であっても、「粒」や「泡」のような構造体でできていますよね?この世界を物理的な現象の側面だけで捉えてしまうと、とてもシンプルで殺伐とした感じがします。でも人はそのなかにいながら、楽しいとか悲しいとかそれぞれの感情を持っていて、お互いに共感したり、物語や思想をつくってきました。そういう「見いだす力」みたいなものが、文化とか芸術を生んでいくんじゃないかなと考えてたんです。それで、まずは作者である自分の感情とか心の揺れのようなものが入り込めない単位にまで造形を解体するところからはじめようと思いました。そこから造形の方法にルールを持ち込んだり、一種の彫刻論として「セル」という概念を展開することになったのです。
「PixCell」シリーズはネット上で出会ったモチーフを実際に取り寄せ、その表面をガラスビーズで覆っていきます。一つ一つの小部屋(セル)にリアリティを吸い取っていくような感じでしょうか。
B : 「リアリティを吸い取る」という捉え方は面白いですね。
N : 「セル」が現実に浸食して、表面のリアリティを吸い取る様子を外側から眺めている状態ですね。全体を見ても、細部の一つ一つを見ても、リアリティを感じることができる。パースペクティブがちゃんと成り立っているなと思いました。
その翌年の2003年に「セル」という概念をもういち段階展開させた「プリズム」というシリーズを発表しました。それは一つのセルのなかに一つのモチーフを取り込む、という作品です。「ビーズ」のシリーズでモチーフの表面を解体して映像に置き換えたとすれば、「プリズム」ではモチーフをそのまま虚像にしてしまったのです。私たちは目の前にある「もの」を物質としてではなく、映像や情報としてみているんじゃないか、という問いかけを彫刻にしたものです。
作品としてはその後、「リキッド」や「スカム」、「グルー」といった風にカテゴリーが枝分かれしていきました。
Scum#2
2006
mixmedia
h.310 x w.420 x d.500 cm
撮影: 木奥恵三 Keizo Kioku
"GUSH" Installation view at SCAI THE BATH HOUSE
PixCell [Toy-Bonsai(Pine)]
2008
mixmedia
h.68.3 x w.68.3 x d.48.15 cm
撮影: 池田晶紀 Masanori Ikeda
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
B : では、その根本となる概念が「セル」なのですね。
N : そうですね。ここ5、6年展開してきた仕事では、「セル」が世界を浸食していき、現実との界面でリアリティを吸い取っていく。それがドローイングとして出て来たり、あるいは純化されて「リキッド」になったり、表皮が鈍く膨張して「スカム」に行き着いたりします。つまり、「セル」のさまざまなフェーズを自分の身体感覚にフィットさせながら切り取っていったんです。
このような「セル」のフェーズはそのまま現代人の生理や感覚のメタファーだともいえます。刺激やノイズが多過ぎて感覚が麻痺したり、あるいは刺激によって覚醒しっぱなしの状態など、商業空間で普通に遭遇するような事態を表現へと持ち込もうと考えました。世界にあふれた余剰の刺激(リアリティ)を吸い取って、自分の身体を通して昇華していくようなシステム。
PixCell [coyotte]
2004
mixmedia
h.45.15 x w.52.3 x d.34.3 cm
撮影: 木奥恵三 Keizo Kioku
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
PixCell [Flamingo]
2008
mixmedia
h.61.3 x w.81.3 x d.26.6 cm
撮影: 池田晶紀 Masanori Ikeda
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
B : 昇華していく過程で、もう一度考えたりすることって重要ですね。キャッチボールが多くなるというか、色々な角度からみたときに見え方が全然違うので、長くみられる作品だと思います。
N : コンテンポラリー・アートはビジュアル先行型で、雑誌などで掲載されてわかりやすいものが多いのですが、作品を目の前で見て、体感しないと分からないようなものの方が表現としても深みがあって面白いと思います。「ビーズ」や「プリズム」の作品はまさにそういう作品です。近づいて見て、動きながら視点が変わって像が移り変わるのを感じてもらうと、単なる造形物ではなく、映像的な記憶として残ると思います。
B : そうですね。身体の中に刷り込まれるというか、吸収されるような感じがしますね。
N : 「ビーズ」や「プリズム」というのは、レンズの効果もあります。例えば雑誌やネットといったメディアに掲載されているようなデジカメの画像は、光がレンズを通して「画素(Pixel)」に置き換わったものですよね。「ビーズ」や「プリズム」作品を「PixCell」と捩って呼んでいるのも、それらが「映像の細胞」「映像の箱」だと言えるからです。これらの作品の前に立つと、みる人の視点でレンズとモチーフの表面の位置関係が決まってしまうため、同じ「PixCell」の作品でも、ここから見る人とあちらから見る人では、レンズに写り込む像の範囲が全く違い、別々のモチーフの表面をみていることになるんです。
PixCell-Deer#5
2007
mixmedia
h.205 x w.150 x d.200 cm
撮影: 豊永政史 Seiji Toyonaga
courtesy of SCAI THE BATH HOUSE
B:同じものをみることはできないのですね。
N : そう、人と同じものは絶対みれない。それが面白いなと思いました。同じ空間にいて、一緒にみているんだけれど、見ている人の脳の中にしかそのイメージは存在しない。結局、「イメージ」や「感覚」はその人の脳内にしかなくて、それをコミュニケーションによって共有しようとするけれど、実際は個々の問題。その共有がうまくいったり、いかなかったり、更新を繰り返し試すことができる場こそが、アートやカルチャーのフィールドなんだと思います。
B : 覚醒させる、皆が「気がつかなかったが、自分にはこういうことを感じる能力を持っているんだ」と感じさせてくれるのは、アートの面白いところですね。
N : 皆が持ち合わせているけど眠っているような感覚を呼び覚ましたり、その感覚になったことを共有できるとしたら、スゴいことですね。
それと同時に、みる側とすれば、いろんな人の表現や考え方に、自分の感覚をチューニングする機会にもなると思うんです。
B : チューニングして相手の感覚にあわせていくことは、今の社会にとても大事なのじゃないでしょうか。今回、名和さんの作品をBEAMSで紹介する事を通して、そうしたことのきっかけをつくれたらと思います。第一段階でチューニングして、次は実際に作品をみにいこうとなる。その先にある何かにつなげるためのツールとして展開できればと考えています。
<BEAMING ARTS>は、日常に近い"ファッション"と、非日常的に思われがちな"アート"という体験を様々なかたちで結びつけ、表現するプロジェクトです。
BEAMING ARTS- 1975
- 大阪生まれ
- 2003
- 京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了 博士号(美術)取得
主な個展
- 2006
- 「GUSH」 SCAI THE BATHHOUSE(東京)
- 2008
- ミロ・ファウンデーション(バルセロナ)/ PEKIN FINE ARTS(北京)
- 2009
- Vera Munro(ハンブルグ、ドイツ)
主なグループ展
- 2006
- 「アート・スコープ2005-2006─インターフェース・コンプレックス」原美術館(東京)
「Banquet : A Feast for the Senses」 Pacific Asia Museum(カリフォルニア)
「アミューズランド2007 ビューティフル・ドリーマー」北海道立近代美術館(北海道) - 2007
- 「アート・スコープ2005-2006」 Daimler Chrysler Contemporary(ベルリン)
〈六本木クロッシング 2007〉 森美術館(東京) - 2008
- 「Great New Wave : Contemporary Art from Japan」
Art Gallery of Greater Victoria、 Art Gallery of Hamilton(カナダ)
「パラレル・ワールド」 東京都現代美術館(東京) - 2009
- 「第6回アジアパシフィック トリエンナーレ」 (オーストラリア)




