滑り込み雑記

2017.06.19

 会期終了が迫っている展覧会のいくつかに滑り込んできた。ひとつは練馬区立美術館の「19世紀パリ時間旅行––失われた街を求めて––」(6/4にて終了)。これは練馬区独立70周年を記念して企画された展覧会で、フランス文学者・鹿島茂の『芸術新潮』での連載「失われたパリの復元」をもとに、19世紀パリの全体像を解き明かしたものだ。ナポレオン3世在位時、すなわち第二帝政期(1852-70)に、セーヌ県知事のオスマン男爵が進めた「パリ大改造」(1853-70)により、パリは現在我々が目にする姿の骨格を形作ったのだが、では大改造でなにが失われ、なにが登場したのか? これを地図、絵画、写真、衣服など膨大な資料を通じて明らかにしたのが本展覧会である。なにより資料の点数が多く、それぞれに付けられたキャプションも密度の濃いもので、ちょっとやそっとで覚えられるはずもないと思い、詳細は図録を読み込むことにして、気になった展示物だけしっかり観ることに。印象に残ったのは、後半に展示されていた、ルーマニア出身のポスター画家パルがロイ・フラーを描いた「フォリ・ベルジュール座、ロイ・フラー・ショー」だ。


 19世紀末、ベル・エポック期のパリで活躍したアメリカの女性ダンサー、ロイ・フラーは生地をたっぷりと使ったシルクのドレスを着てくるくると踊り、それを照明技術を駆使してさらに効果的に見せた、「モダン・ダンスの祖」と称される人物。少し前に、彼女を題材にした映画『ザ・ダンサー』(公開中)を一足早く観る機会があって覚えていたのだ。細かな地図やさほど大きくはない木版画などの展示が続くなかで、この「ポスター芸術」エリアと衣服のコーナー(ウォルトのドレスなどが飾ってあった)は、なんというか息がつける感じであった。


 練馬区立美術館を訪れた前週は、「ファッションとアート 麗しき東西交流展」(横浜美術館)に行ってきた。19世紀後半から20世紀前半のファッションと美術において、日本(東洋)とヨーロッパが互いに影響を及ぼし、両者の文化が入り交じってゆく様を紹介するこの展覧会、日本と海外とをつなぐ玄関口であった横浜で行う意義のあるものだと感じた。出展作品のなかには、これまで別の美術館で見たものもいくつかあったが、京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵のジャポニスムのドレスコレクション––––着物や日本文化にインスパイアされた<LANVIN>や<CHANEL>のイヴニング・コートなど––––は量、質ともに素晴らしいものだった。少し前に話題になっていた「文化盗用(Cultural appropriation)」についての議論でいえば、ここに展示されているドレスはほぼ全部NGなのだと思うが、こうした誤解や誤配がなければ文化が発展しなかったのも事実。個人的には、文化は敬う必要は感じるが、同時に誰かの所有物ではないと改めて思った次第である。


 展示物のなかでは、昭憲皇太后が新年の朝賀の際に着用された大礼服は、3メートル超のトレーンを引くドレスで、映画『メットガラ ドレスをまとった美術館』で観られるリアーナの黄色いドレスにも引けを取らない豪華さに目を奪われた。「日本 洋装の受容と広がり」のパートでは、西洋文化を取り入れ、生活様式が変化したこの時代の日本の風俗が絵画、写真などを通じて表されているが、洋装の女性がベッドに寝転んで蓄音機から流れる音楽に耳を傾ける、勝田晢の《朝》(1933)には思わずにやりとさせられた(画像は図録に掲載されているものの一部分)。この時代にもこんな人がいたなんて嬉しいではないか。「ファッションとアート 麗しき東西交流展」は6/25(日)まで開催中。


 滑り込みといえば、東京都美術館のブリューゲル「バベルの塔」展も7/2まで。これも滑り込まねばならない。展覧会は1日にひとつでないと集中力が途切れてしまいそうで、そう思うと時間が足りない。古いものだけでなく新しいものも観に行っているので余計である。きちんと予定を立てて行けばいいのだけれど、どうにも予定を立てられない質だから仕方がない。自分に文句をいうしかないのだ。しかし、行けば行ったでいろいろな事柄が頭のなかでつながり、新たな事物の関係性を築くことになるのは楽しい。取り立てて実生活において役に立つようなことはまぁないに等しいが、自分のやっていることはほとんどがそういうものだし、有用性や利便性を追求する気もあまりない。その意味において、自分はオブジェ嗜好なのだと思う。いま、やはりオブジェ嗜好といっていいだろうとある文学者についてのエッセイに取り掛かっている。取り掛かっていると書いたが、資料にあたってイメージを膨らませている段階で、まだ文字として記してはいない。ぼちぼち締切が近づいてきているので、こちらは滑り込みにならないようにしたいものである。



(メディア向けメールニュース「BEAMS NEWS」Vol.377掲載のコラムに加筆)