鶴見川オーディオ探訪記

2016.10.24

 この10月、<Pilgrim Surf+Supply>が渋谷に店舗をオープンして1年を迎えた。それに関連して今月は様々な催しが行われているが、さる10月1日にはニューヨークから<Pilgrim Surf+Supply>の創設者であるクリスを招いたアニバーサリー・パーティーを開催した。閉店後のショップを会場にしたこのパーティー、実にたくさんの方にお越しいただき終始賑やかな雰囲気であった。この場を借りてお礼申し上げます。


 <Pilgrim Surf+Supply>の店舗には、個人的にも思い入れがある。店内音楽を再生する音響機器周辺のコーディネートと手配を行なったからである。クリスは無類の音楽好きで、特にジャズ、フュージョン、ラテン、ソウルといったジャンルに造詣が深い。そうした部分を店づくりにも反映させることで、店舗はよりコンセプチュアルなものになる。そういったわけで、店内音楽をレコードでプレイすることや、クリスの好みのオーディオ装置を設置することなどが決まった。

 挙がってきたリクエストを元に、ヴィンテージ・オーディオを取り扱う店のサイトをチェックするも、完全に要望と合致するものはなかなか見つからない。古いオーディオ装置は、実際に見て、そして音を聴いた上でないとどうにも心配なので、北海道や九州に店舗があるヴィンテージ・オーディオ店は必然的に候補から除外されてしまうのも、探すのを困難にする要因のひとつであった。そんな風にしてヴィンテージ・オーディオ店のサイトを覗くのが日課になっていたある日、目当てのスピーカーがサイトに上がっているのを発見した。アメリカの<Klipsch>のものだ。調べてみると実店舗が横浜にある。これは、と思いメールフォームから問い合わせをしてひとまず取り置きをお願いした。昨年の初夏のことである。


 梅雨特有のじっとりと湿気を含んだ空気が暑さに拍車をかけるある日、実際に現物を見るためにこの横浜のヴィンテージ・オーディオ店を訪れた。横浜といっても最寄駅はJR横浜線の鴨居駅。新横浜駅から5分、菊名駅から8分ほどといえばだいたいの距離感は伝わるだろうか。電車は乗っていれば勝手に駅まで運んでくれるが、駅から目的地までは自力で行かねばならない。サイトのアクセスマップだと徒歩15分とある。まぁこのくらいなら大したことはない、そう思って歩き出したのだが、これが思いがけず果てしないのである。何しろ、鶴見川沿いの河川敷を延々と歩く。気候のよい時期ならハイキング気分で行けそうだが、梅雨時はそうはいかない。湿気と高温が容赦なく体力を奪っていく。初めて訪れる土地は距離の感覚がよくわからないので、余計に長い道のりに感じるものだが、まわりに人影のない河川敷をひたすら歩いていると永遠に到着しない気がしてくるのであった。


 とはいえ、実際は永遠に着かないわけはなく、ほどなくして目的のヴィンテージ・オーディオ店に到着(結果的に20分ほどかかったかもしれないが)。名乗って、あらかじめ用意してもらっておいたオーディオ機器のあるところに案内してもらう。<Klipsch>のスピーカーに合わせて<McIntosh>のプリアンプとパワーアンプもセッティングしてもらったのだ。音源を試聴し、それぞれの状態を確認して購入することに決めた。その後、店内を案内してもらい(倉庫のようなところなのでめっぽう広い)、再び鶴見川沿いを歩いて駅まで戻った。


 家のリビングルームで先のサウンド・システムを鳴らすのなら十二分だが、店舗はそれよりも広い。店のどこにいてもある程度音楽が聴こえるようにとオーダーしたのが、奈良でハンドメイド・スピーカーを製作している<sonihouse>の14面体スピーカー「sight」である。これを3ペア(6本)各所に設置することで、自然な音の広がりを目指した。ちなみに新宿「ビームス ジャパン」の1Fに吊り下げられているスピーカーは同じ<sonihouse>の正12面体スピーカー「scenery」である。

 音の入り口はスイスの名品<Thorens>のレコード・プレイヤーをチョイス。<BEAMS RECORDS>で取り扱いのある機種は、レコード・プレイヤーの扱いに不慣れな人でも簡単に操作できるタイプなのでこれにした。レコードはクリスがリストアップしたアルバムを、私の友人知人で中古レコード店に勤務する人々に協力してもらい、できる限り店舗オープン前に揃えたが、クリスが東京に来てから自分でレコード屋を回って入手してきたものも含まれている。こうしてオーディオ類やレコードをなんとか開店前に用意し、オープン日を迎えたのが昨年のことである。最初はおっかなびっくりレコードをかけていた店のスタッフも今や慣れた手つきでA面が終わったらB面にひっくり返してくれていて、心強い。


 先日のアニバーサリー・パーティーでは、DJミキサーを<McIntosh>につなぎ、<Klipsch>と<sonihouse>のスピーカーを鳴らしてみた。通常営業のときよりもグッとボリュームを上げてドライブしたわけだが、実にバランスよくかつパワフルなサウンドを届けることができて、この組み合わせの底力を思い知ることとなった。もちろん、大きな音でなくいつもの音量で聴いても、音楽のニュアンスや情報量が削がれることはないので、店を訪れる機会のある方はぜひ耳を傾けてみていただければと思う。

 昨今、巷には「ライフスタイル」を標榜する店がたくさんあるが、音楽の届け方にまで配慮を感じるところはほとんどない。流す音楽を「それ風」にするのがせいぜいである。そうした中にあって<Pilgrim Surf+Supply>は、手前味噌を承知でいえば姿勢に一貫性がある。私はサーフィンは門外漢だが、いい波を待つような、効率化とは真逆の時間がこの店には流れているように思う。一周年を迎えて思うのは、閉店後にでもちょっとしたゆるやかな集まりがここで定期的にできたらということだ。「Pilgrim Lounge」とでも銘打って、ゆったりと音楽や会話を楽しむなんていうのが実現したらなかなかいいのではないだろうか。集いの拠点になるだけのポテンシャルがこの店にはあると思う。


(メールニュース「BEAMS NEWS」Vol.346に掲載のコラムに加筆掲載)



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