音楽のないところにも音楽を––––デヴェンドラ・バンハート インストア・ライブ

2017.05.16

 1990年代の終盤から2000年にかけて、PCの普及とともに音楽制作の手法にも変化が及んだ。立派なレコーディング・スタジオで費用をかけて録音しなくても、自宅に簡単な機材とPCがあれば音楽を生み出すことが可能になったのである。このことは、かつてドラムマシンやサンプラーが入手しやすい価格になって音楽の性質が変わったのと同じかそれ以上のインパクトがあった。楽器の演奏に長けた人でなくとも、音楽を作り出すことができること––––つまりそれまでの方法論やミュージシャン的思考とは切り離された、新しい音楽が登場する予感––––に、シーンは沸き立ったものだった。「エレクトロニカ」と呼ばれる音楽ジャンルが成立した背景にはこうした流れがあった。グリッチ・ノイズやサンプリング音源をPC内で電気的に処理して「作曲」する(もちろん手弾きの楽器音が入る場合もある)エレクトロニカは、当時のポピュラー・ミュージックにおいては実に斬新なものであったが、この中でサンプリング・ソースにアコースティック楽器の音源を用いたり、自らギターやピアノを「鳴らした」断片を使ったものはフォークとエレクトロニカを組み合わせた「フォークトロニカ」と呼ばれ、その柔らかな音像から一定の広がりを示していた。代表的なアーティストを挙げると、フォー・テットやカリブー、スフィアン・スティーヴンスなど。アニマル・コレクティヴの初期もこの流れと考えていいだろう。


 エレクトロニカが台頭する過程で、それまで楽器を手にしていた音楽家が楽器をあえて放棄して音楽を生み出そうとすることも起こったが、インターネットの浸透とともにエレクトロニカというジャンルが均質化、つまりネットで情報を得たり音源を聴いたりした人たちが、それに影響されて似よりの音楽を作るようになると、次第にこの動きは沈静化し、また一般化されていった。これが大体2000年代中盤の話である。このあたりから目立ってくるのが、「フリー・フォーク」と呼ばれる音楽だ。フォークトロニカの、電子音楽でありながらオーガニックな雰囲気を保ったサウンドのひとつの発展形態、すなわち電子音や電気的処理に頼らず生演奏で作品に独自性を与えるフリー・フォークは、確かに発展形態だが一聴しただけだと昔に逆戻りしているようにも思えるから面白い。スフィアン・スティーヴンスなどは時代が下るにつれ、どんどん生演奏の比重が高まり、近作だけ聴くと普通にフォークである。また、フォークではないが、かつて「エレクトロニカといえば」と冠がつくほどエレクトロニカの代名詞的存在であったアイスランドのムームは現在すっかり大人数のバンドとして音楽活動を続けている(このバンド形態の音楽も違ったよさがあるが)。


 上記のようにフリー・フォークはフォークトロニカのひとつの進化形でもあるが、もちろんそれだけではなく、特に若い世代についていえばYouTubeなどで過去の音源や映像を参照しやすくなって、そこから直接影響を受けているようなミュージシャンも少なくないだろう。また、これは主にアメリカにあてはまるのだろうが、リーマンショック以降つまり2007、8年以降の価値観の変化というのもあるかもしれない。より具体的に実体のあるもの、顔が見えるものの復権ということである。いずれにせよ、2000年代中盤から後半に向けて存在感を増し、今や立派な1ジャンルとして成立した感のあるフリー・フォークの代表的なアーティストのひとりがデヴェンドラ・バンハートだ。1981年テキサスに生まれ、ベネズエラで育ち、母親の再婚を機にロサンゼルスへと移住したデヴェンドラは、12歳から曲を書きはじめ、2000年頃からロサンゼルスの近郊でライブ活動を開始。2002年『Oh Me Oh My…』でアルバム・デビューを果たした。2006年には「サマーソニック」に出演、2007年のアルバム『Smokey Rolls Down Thunder Canyon』にはザ・ストロークスのニック・ヴァレンジやアシッド・フォークの伝説的シンガー・ソングライター、ヴァシュティ・バニヤンが参加したことでも話題となった。以後も精力的にアルバム・リリースを重ね、また2015年には自身初のアートブック『I Left My Noodle on Ramen Street』を上梓し、多方面で活躍している。ファッション好きな方は<BAND OF OUTSIDERS>でモデルを務めていたことを覚えておられるかもしれない。


 さる5月9日、ビルボードライブさんにご協力いただき、ビルボードライブ大阪とビルボードライブ東京の公演のために来日したデヴェンドラ・バンハートのインストア・ライブを、原宿「インターナショナルギャラリー ビームス」ウィメンズフロアのテラスにて開催した。ちょうど1年ほど前に、イギリスのシンガー・ソングライターALA.NIのライブを行ったのと同じロケーションだ。ビルボードライブでの公演はバンド編成だが、このインストア・ライブは本人のギターと歌という弾き語りスタイル。17時過ぎ頃から会場の準備を始めていると、熱心なファンの方が数名整理券配布の確認をしに来た。18時半過ぎにデヴェンドラが会場入りし、早速サウンドチェック(私はPA担当なのだ)。昨年のALA.NIのときは本人がRCAのヴィンテージ・コンデンサーマイクを持参していて、かなり繊細に調整する必要があったが、今回は私が用意したSHUREのマイクを使用したので、比較的すんなり音もまとまった。


 19時をまわる頃には原宿通りに人だかりができ、開場してほどなく用意した椅子が埋まり、立ち見スペースも埋まり、原宿通りからライブを観ようという人も続々増えていった。19時半、デヴェンドラが演奏ポジションへ。流暢な日本語で「元気ですか~?」とMCを入れつつ、ライブが始まった。音が鳴るとやはり会場のムードが変わるのがすごい。柔らかなトーンのエレクトリック・ギターと、どこか飄々としながらもミステリアスな響きがあるボーカルとのコンビネーションは、夜の入り口にぴったりのものだった。途中、リクエスト・コーナー(!)を挟んで20分程度と、決して長くはない演奏時間だったが、内容的には十二分なものといえるのではないだろうか。終演後、「ビームス レコーズ」店内に場所を移してサイン会を開催したが、ファンとのコミュニケーションを楽しんでいたそうで(私は会場の撤収作業中だった)、彼の温かな人柄が音楽とともに多くの人に伝わったのではと思う。翌日のビルボードライブ東京のステージ、私は伺えなかったが最高だったということである。


 普段、なにもないところに音楽をインストールすると、景色や気配が一変する。音楽を聴くべきところで音楽に触れるのももちろん素晴らしいことだが、そうではないところに音楽が作用するのは予測ができない分、喜びも大きい。またこの場所に音楽をもたらすことができたらと思う。なお、今回のインストア・ライブの模様は後日YouTubeのBEAMS公式チャンネルにて公開を予定している。当日来られなかった方はそちらをご覧いただけたらと思う。


 最後になりましたがご協力いただいたビルボードライブ様、ワーナーミュージック・ジャパン様、VACANTの祐介くんにはこの場を借りてお礼申し上げます。