植田正治 写真展 「印籠カメラ寫眞帖」

植田正治 写真展 「印籠カメラ寫眞帖」

Information

B GALLERYでは初となる写真家、植田正治の展覧会。本展では、月刊誌『アサヒカメラ』に1995年1月から1997年12月の3年間にショートエッセイを添えて連載された『印籠カメラ写真帖』からのカラー写真21点を抜粋。また同時期に撮影され、植田正治の生家に現存する35mmポジフィルムを植田正治事務所が初監修したモダンプリントと併せて展示、販売します。
没後11年。生前、現役最長老を自負していた植田正治の最晩年の作品群にどうぞご期待下さい。

「このカメラが目に入らぬか~!」ベルトに付けたポーチから取り出したコンパクトカメ ラのスライド式蓋をあけながら、80 歳を過ぎた植田正治は茶目っ気たっぷりにそう言い放 ったそうです。当時の日課、散歩の伴に35mm のコンパクトカメラを手に、軽快なスナップ 作品を制作していました。

【植田正治】

1913年 鳥取県西伯郡境町(現境港市)に生まれる。
1925年 鳥取県立米子中学校入学。中学3年生の頃から、写真に夢中になる。
1931年 同校卒業後、米子写友会入会。1932年上京し、オリエンタル写真学校に入学。卒業後、郷里に帰り19歳で営業写真館を開業。同年、日本光画協会会員となる。この頃より、写真雑誌や展覧会に次々と入選し、頭角を表していく。
1937年 中国写真家集団創立同人となる。以後同集団東京展に精力的に作品を発表し、《少女四態》などの群像演出写真が注目される。
1947年 銀龍社に参加。 1949年 この年に発表した「綴方・私の家族」のシリーズをはじめ、砂浜や砂丘を舞台とした作品で高い評価を得る。
1954年 第2回二科賞受賞。
1958年 ニューヨーク近代美術館でのエドワード・スタイケンによる企画展に出品。
1971年 写真集『童暦』刊行。
1974年 この年から12年間にわたり「小さい伝記」が雑誌『カメラ毎日』に掲載される。
1975年 第25回日本写真家協会賞年度賞受賞。九州産業大学教授(待遇)に就任(~1994年)。
1978年 文化庁創設10周年記念功労者表彰を受ける。この年と1987年にフランスのアルル・フォト・フェスティバルに招待される。
1980年 「風景の光景」展を開催。 1982年 西ドイツ「フォトキナ写真展」に選ばれる。
1993年 東京で大規模な個展が開催されるなど国内外で多数の展覧会が開催される。
1995年 鳥取県西伯郡岸本町(現:伯耆町)に植田正治写真美術館開館。
1996年 フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ受章。 1998年 第1回鳥取県県民功績賞受賞。
2000年 7月4日、死去。