
ブランドの名の通り、ウェアやギアのディテールのみならず、着心地や使い勝手、経年変化までも調べつくすという、小林氏のプロダクト作り。それを裏付けるかのように、場内にはこれまでに手がけてきた製品の数々が、使い込まれた状態で置かれているのを目にします。製品のテストフィールドとしても活用しているというこの場所には、作品以外にも、主にリサーチ目的で集められた、山暮らしのためのアイテムがズラリ。小林氏のライフスタイルにおいて、この場所はどのような役割を果たしているのでしょうか。まずは、この地を手に入れたキッカケについて、うかがいました。
小林ここを作ろうと思ったのは2000年頃。きっかけは、当時アメリカで行われていた「フィッシュ」のオールキャンプインのライブに行ったことです。メーン州の山奥にある会場まで、ボストンから車で8時間くらいかけてたどり着く、参加するだけでも大変なイベントなんですが、そこに居た人々との出会いがとにかく衝撃的で。彼らは“デッドヘッズ”とか“フィッシュヘッズ”と呼ばれるような、タイダイ染めのTシャツを着たお金持ちで、会場にゴージャスなマイ・バスで来ていたんです。ラゲッジスペースにはセグウェイとかが積んであって(笑)。桁違いにリッチなタイダイ染めTの人たちのカジュアルな雰囲気とか、自由に楽しんでいる様子を見て、驚くのと同時に、なんてカッコイイんだろうって。帰国してからもしばらくは、彼らのようにデカい音で自分の好きな音楽を聴きながら、のんびり過ごすようなキャンプについて考えていました。そのときに、作家の田渕義雄さんの本と出会って、そのなかで「日本のヨセミテ」と呼ばれる場所があるということを知り、そこに自分の場所を作ることを決めました。それが、田渕さんもお住いのこの地域です。
区画もなされていなかったこの地を手に入れた小林氏だが、当初はまったく見通しがきかないほど、密に白樺が自生していた過密林。しかし、自由なレイアウトにこだわるゆえ、おのずとゼロからの開拓に
小林人が来ないような場所で、かつ分譲地じゃない場所っていうのが山探しの課題でした。そういった場所でなければ自由にできないし、分譲地だと東京の暮らしが持ち込まれるだけだと思って。完成後のイメージもなく、自分のキャンプスタイルありきで、いろんな配置を建築家の知人と考えながら作っていきました。例えば、薪は一輪車で運ぶから、地面はスロープじゃなきゃいけないとか。そんなことをしながら、今の形状が決まっていったんです。デッキの大きさは、「2メータードーム(小林氏の愛用するTHE NORTH FACEの大型テント)」をふた張りできるサイズにしています。完成してから約7年ほどになりますが、まだ、自分もここでの生活や環境に慣れている最中。しばらくテントで暮らしてみてからレイアウトを決めたこともあって、小さな修正はあるものの、満足はしています。いまのところ結果オーライですね。
タイダイ染めを着た(ご本人曰くの)"変な"キャンパーたちに衝撃を受け、わずか数年。まさに“自らの手”で理想の地を手にした小林氏にとって、山での生活は図らずとも、製品開発へのヒント探しや、テストにも一役買っているそう。
小林ここでの生活は、とにかく不便なことばかり。お湯も薪から沸かさないといけないし。何気ない生活のなかで必要とされる労力が全然違います。でも、その不便はある意味、求めていた生活の基盤となるもの。ここに来ると、道具や衣服のデザイン云々よりも、“暮らす”ということの原点に立ち返る経験をさせてもらえる。それに、山暮らしの先輩である田渕さんが近所に住んでいるので、道具やこの地域での生活の知恵を与えてもらえるというのも大きいですね。そういった風に、都会での生活を引きずらずに暮らしの実験ができるので、どういった生活が真の意味で楽しいのかを考えることができる。そして、それらは製品作りにも大きな影響を与えてくれます。屈んだときにパンツの腰が突っ張るとか、ポケットの位置とか、街での生活では拾えない気付きがたくさん得られる。過去に野良作業を意識したアイテムを手がけたこともありましたが、実際に現場で使うのとでは全然違いました。製品に対してダメだなと感じた部分は修正して、製品にフィードバックできるようになったのは大きいですよ。自分の過去のアーカイブをアップデートできるので、とてもよかったと思っています。
山での生活の魅力についてうかがうと、“無駄”であるとの意外な答えが。しかし、その無駄な行為や時間は、現在の小林氏の活動を支える骨子となっている。都市生活では役に立たないその無駄こそが、アウトドアの醍醐味だと語る。
小林フィッシュのライブでの経験は、僕にもうひとつの気付きをもたらしてくれました。五万人もの大人たちが好きなようにテントを張って、それぞれがバカなことを言い合いながら、ひとつのライブを観る。その様子を客観的に見たときに、「オルタナティブってこういうことなんだよな」と感じたんです。それはつまり、遊んだ場所で“責任を持つ”ということ。例えキャンプ場でも、サイトを借りている間は自分たちに責任が生じますよね。危険なことをしないとか、火の始末をしっかりするとか。遊ばせてもらう代償として、責任が生じるのは当たり前のこと。だから、僕みたいにアンリミテッドに音を出して騒ぎたいのならば、自分の場所を見つけるしかない。自分なりのオルタナティブな時間を過ごすために、最大限の努力をする。そうやって遊べばいいと思うんです。その過程で薪割りをしたり、火おこしをしたりする訳で。そういった行為は例えどんなに上手くなっても、都市での生活においては何にも帰さないんですけどね。いわば無駄。でも、本当に素晴らしい、偉大なる行為だと考えています。だからキャンプは楽しいのでしょうね。“無駄な時間を〜”って歌うフィッシュの「Waste」という歌にあるように。例えば、キャンプファイヤーをするために女の子を誘って、まったくなににもならないダラダラとした時間を過ごすことは最高に楽しいに決まっているでしょう。その瞬間だけモテるために、“コソ練”をしてみたりするのもいいかもしれませんね(笑)。すべては、山でいい時間を過ごすための下ごしらえ。本当に何にもならないかもしれないけれど、そのことを前提に楽しめば、自然のなかで過ごす時間に対して、新しい目線を持てると思います。
profile
小林節正 こばやしせつまさ 「.....RESEARCH」代表。手がける製品は、入念なリサーチを下地に既存のアイテムを再構築するという、独自の手法が特徴。山暮らしに向けた「マウンテン リサーチ」や、歩くためのギアコレクション「アナルコ パックス」などを展開。 https://www.sett.co.jp/ http://www.anarchomountaineers.org