アーツ&クラフツ&サブスク

yutaka yanagi 2020.12.10

あっという間に2020年も終わりですね。多くの物事のあり方を改めて考えさせられることばかりだったこの一年。

【7"】坂本慎太郎 / ツバメの季節に <Zelone Records>
価格:¥1,430(税込み)
商品番号:29-03-0242-499

坂本慎太郎、約1年ぶりとなる書下ろしの新曲。彼らしいユーモアを交えつつ、コロナ禍の現状をストレートに綴った詞と中盤のサックスが心に突き刺さります。オールドスクールなファンクチューンのB面も素晴らしくオススメです!

コロナ禍というだけでなく、環境問題に対してもこれまで以上に真剣に取り組むべき状況にいたっており、これまでの消費行動などを考え直すことが求められている今、私は19世紀終わりに起こった、イギリスの詩人/デザイナー/思想家のウィリアム・モリスが主導した「アーツ・アンド・クラフツ運動」や柳宗悦による「民芸運動」についてよく考えています。アーツ・アンド・クラフツ運動は、当時のイギリスでの産業革命の結果として、大量生産による安価な、しかし粗悪な商品があふれていた状況を批判して、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することを主張したものです。民芸運動もこれに影響を受け、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用しようという日本独自の運動です。この考えは、多くの方々も何年も前から述べていることではありますが、改めてこの時代におけるヒントの1つになるのではないかと思っています。

ご周知のとおり、音楽ではサブスクリプション・サービス(以下サブスク)が多くのシェアを誇っています。私自身ももちろんサブスクを使って音楽を聴くことはあります。いつでも好きな音楽を聴ける便利さや多くの人とプレイリストを共有できる楽しさはこのサービスならではのものだと思います。

とはいえ、現状のサブスクの多くは、音源ソフトなどに比べるとやはり音質が良いとはいえないものばかりです。アーティストが心血を注いで細部にまでこだわりを詰め込んだ原曲の魅力を完全なかたちで味わえないのは悲しいですが事実であり、またその音源を(物理的に)実際に手にしているわけではない、奇妙な物足りなさも感じます。一定の料金を払うことで、制限なく楽しめる喜びとそれによって起こる物足りなさというのは、他にもギガ使い放題、動画見放題など、近年特にサブスク方式を採用している分野が増えている分、多くの方も感じているのではないでしょうか。

やや視点を変え、たとえば食べ物という切り口でいうと、今の時代、我々はあらゆる種類の食べものを低価格で気軽に食べられるようになっています。しかし、実際には食品添加物や品質が良いとはいえない食材を使うことによってコストを抑えているものも多く、果たしてそれは本当に食べたいものを食べられているのか? という疑念を生みます。さらに、それらの多くが結局同じ理由から同じような材料に偏りがちで、それを補う濃い味付けにもなりがちなので、色々と食べられているようで実際には同じようなものばかり食べているということに過ぎないのではないか、とも感じてしまいます。

これらについては、もちろん賛否両論があることでしょう。話を広げようと思えばいくらでも広がっていく、深く難しい問題です。ただ、個人的に特に危惧しているのは、「我々が本物を体験する機会が失われてしまっている度合いがどんどんと深刻になっていないか」ということです。景気の問題もありますし、ソーシャルディスタンスを求められる昨今の状況、仮想空間やAI、さらに自動車の自動運転のようなテクノロジーの進化も、このことにさらに拍車をかけているように思います。

音楽の話で言えば、ライブで味わうというのが本当の体験ともいえそうですが、あえてライブをせず、音源にこそすべてを込めているというアーティストもいれば、ライブの時にアルバムの内容とは異なるアプローチをするアーティストも多くいるというのは面白いところです。

【CD+Tシャツセット】相対性理論 / ライブアルバム 調べる相対性理論 <みらいレコーズ>
価格:¥7,480(税込み)
商品番号:29-03-9413-505

相対性理論のライブアルバム、『調べる相対性理論』の収録曲は、ライブならではのアレンジで原曲とは違った魅力を放つ好例かもしれません。


録音方法や機材、人手の問題など、ライブよりも制約が少なく完璧にパッケージングが出来るのはアルバムならでは。Wilma ArcherやBaal & Mortimerらのアルバムから滲み出た、緻密な展開とダークで耽美な世界観はその特性を活かした一例ではないでしょうか。

Wilma Archer / A western Circular <Domino>
価格:¥2,090(税込み)
商品番号:29-24-0384-813

Baal & Mortimer / Deixis <Bureau B>
価格:¥2,200(税込み)
商品番号:29-73-0349-491

さて、出来るだけ良い環境で音源を聴くことで質の高い音楽鑑賞をする、という観点で話を進めると、オーディオも良いものを求めていけば際限がないですし、CDやレコードも毎度欲しいものすべてを買えるわけではなく、我慢がつきものです。しかし、それゆえに吟味していく楽しさはサブスクでは味わえませんし、その分愛着も湧いてくるものですよね。再びやや話が逸れますが、ジャケ買いで失敗したものも、すべてではないにせよ年数を経て聴いてみると不思議と好きになったりするのは皆さんも経験があると思います。いつでもすぐに自分の欲しい情報が手に入り、アルゴリズムによって関連したものが次々と目の前に迫ってくる現代において、偶然の出会いや、合理性を求めていく中で切り捨てられてしまうものの価値は上がっているはずです。むしろ大事にした方が良いと思っています。

サブスクの魅力ももちろんあるので、それは1つの楽しみとして捉え、同時にアーツ・アンド・クラフツ運動や民芸運動のように一流の職人による美しいものに囲まれた生活(≒本物の体験をする)というのは経済的には難しいことですが、可能な範囲で取捨選択し目指していくことは、このご時世だからこそ大切だと思うのです。というのも、音楽にせよ、食べ物にせよ、洋服にせよどんなものでも、自分の感覚で自分の中の本当に好きなものを探し続けることは、感性が育っていくだけでなく、同時にあらゆる文化や社会背景に触れることにも繋がるので、必然的に人間性を深めていくことになると思うからです。さらにいえば、一流といわれているものからは、単に作品の内容に起因する感動だけでなく、クリエイターの創意工夫や誠意、真心なども伝わり、また温もりに包まれていくような感覚もあると思います。これらの感覚に多く触れ続けることこそ、これからの時代の幸せとは何かを知るきっかけを増やしていくことに繋がるのではないでしょうか。