スタッフ「柳 寛」の記事

Culture meets rock.

ブライアン・ジョーンズがシタールにのめり込み、ビートルズメンバーがインドへと旅立ち、ヒッピーがラブ&ピースを掲げた時代。ある日本人ロックバンドはお経を流しながらファズ・ギターを弾いた。恍惚と『Voodoo Chile』のソロを弾いたジミヘンのように。

と、なんとなくかっこよく語ってみました。そのある日本人ロックバンドとは、日本最古のガレージパンクと評価されている1960年代結成のバンド、アウトキャストのメンバー水谷公生と穂口雄右によって結成されていた、People。本作は1971年にリリースされたものですが、近年国内クラブシーンを中心にじわじわと再人気となり、2018年にリプレスされるもあっという間に完売してしまった一枚でした。

リズムパートとして木魚を叩く音。他にも下駄の音であったりとフィールドレコーディングを入れている点も当時では珍しく、彼らのユーモアが伺われます。


【日本語帯付きLP】People / Ceremony Buddha Meet Rock〈テイチクエンタテインメント〉
価格:¥4,950(税込)
商品番号:29-67-1043-500

周知の通りですが、当時欧米では上述のように、インドの文化にヒントを得たアーティストが多く現れました。その一つとしてサイケデリック・ロックは生まれ、そんな欧米のムーブメントを日本人はさらに取り入れようとしました。彼らがどこまでの構想で行っていたのかはわかりませんが、仏教の要素を取り入れようとしたこの試みは面白いですよね。

考えてみるとお釈迦様はインドの人であるし、ここで唱えられる言葉「南無妙法蓮華経」はインドで使われていた古代語、サンスクリット語に起源を持っているそうです。もちろん仏教は日本独自でも発展してきたものですが、このフィルターを通すことで、欧米とは違うルートでインドの文化や思想にアクセス出来るということにもなりますよね。つまり、日本人は自分達の先祖から継いだ思想の一部を辿っていくことで、ヒッピーの理想を追い求めることが出来たのかもしれない。そう考えるとなんだか感慨深い気持ちになってきます。(そもそもヒッピー達にとって特に日本、中国などの東洋思想は同じように重宝されていたので、大したことを述べていない気もしますが。)

音楽の世界で仏教、特に禅に影響を受けたアーティストとしては、現代音楽の巨匠ジョン・ケージがすぐに浮かんできます。哲学者の鈴木大拙を通して影響を強く受けたそうです。中国の『易経』の影響もあるようですが、偶発性や一回性、沈黙に重きを置いた彼の姿勢からは納得できる点が多々あります。ちなみにそれ以前にはインドの音楽、思想を深く研究していたそうです。

同じジョンという名前で、まさにサイケデリックな作品を作っていたジョン・レノンも、後に禅や俳句に影響を受けて『アクロス・ザ・ユニバース』『ビコーズ』といった、簡潔な構成へと変化します。インドから日本へと関心を移していった彼らと、サイケをそのまま仏教と結び付けたpeopleとは、それぞれの国の文化の根底的な部分での違いを感じますよね。

さて、話に落ちがあるのかないのかよくわからないので、最後にジョン・ケージが多用していたという言葉で締め括ることにします。

「私には言うべきことが何もない、と言いながらそう言っている」

冷頭暖足

こんにちは。2年間店舗を離れ、つい先日から復帰しました柳と申します。

離れていた2年間は基本的に音楽制作や楽器の練習を、1.2帖の狭いコックピットのような防音ルームでひたすら行っておりました。エアコン設備を導入出来なかった上に機材を詰め込んでいるので、夏は灼熱。冬は極寒。春はなんとなく暑い。秋もなんとなく暑い。とにかく暑かった思い出でしかありません。

そんな地獄の思い出を忘れさせてくれる涼しく気持ちの良い音源をご紹介します。


【LP】Colouring / Love To You, Mate〈Bella Union〉
価格:¥5,940(税込)
商品番号:29-67-1026-512

Colouring / Love To You, Mate〈Bella Union〉
価格:¥2,860(税込)
商品番号:29-68-0387-512

ノッティンガムを拠点に活動するSSW、ジャック・ケンワージーによるプロジェクト、Colouringのアルバム第二作目。スフィアン・スティーブンスを想わせる繊細な歌声。ジェイムス・ブレイクやレディオヘッドを想わせるエレクトロニックなリズム。コールドプレイのような0年代的な雰囲気。そして、それらの要素が脱力された中で積み上げられている、といった印象でサラッと全曲聴けてしまう軽さがあります。しかし、どの楽曲も優しさに溢れていて聴いた後に温かさが残る感覚も同時にあります。というのも、本作はご病気になってしまった義理の弟さんに向けたものであったそうで、彼への愛が詰まっていたということなのでしょう。当事者同士でなくともそういった感覚を共有できてしまうのが音楽の素晴らしいところですよね。



Jamila Woods / Water Made Us〈Jagjaguwar〉
価格:¥2200(税込)
商品番号:29-68-0341-512

続いてシカゴのシーンをけん引する一人となった、Jamila Woods(ジャミーラ・ウッズ)による新作アルバム。最もパーソナルで傷つきやすい作品と本人が語るように、本作ではより無垢な繊細さが際立った印象があります。生演奏とエレクトロニクスを巧みに混交させた音作りや、R&Bの跳ねたグルーヴがまた心を軽くしてくれるかのようです。アルバムタイトルにあるようにまさに瑞々しさが気持ち良い一枚だと思います。

タイトルは、アフリカ系アメリカ人による文学の祖として知られるトニ・モリソンの「All water has a perfect memory and is forever trying to get back to where it was(すべての水は完璧な記憶を持っていて、絶えず元の場所に戻ろうとしている)」から取ったそう。この言葉は確かに我々を刺激するものがありますよね。

水が記憶を持つという話は有名で、研究者江本勝氏による世界的に知られる著書「水からの伝言」によれば、水に文字や写真を見せたり、音楽を流したりすると、水の結晶の姿が変わるそうです。その姿というのも、文字では「ありがとう」「ば◯◯ろう」というように、ポジティブなものかネガティブなものかで大きく分けてみると、ポジティブなものほど綺麗な結晶になるそうです。厳密な真偽のほどは私にはわかりませんが、風が吹いたときなどに水面に現れる波紋のように、水の特性の一つが、目には見えない事象を可視化してくれるもの。ということにはなりそうだなと思いました。(Eマークが付いている楽曲やハーシュノイズを聴かせたらどんな姿なのだろうか、、、)



【2LP】V.A. / Medium Ambient Collection 2022 White〈Astrollage / Medium〉
価格:¥5,500(税込)
商品番号:29-67-0969-526

そして、アンビエントといえば水や海の音が多用されます。エリック・サティによる家具としての音楽という言葉にあるように、所謂音楽というものの枠の外から音楽を捉える。その過程で自然のものを音として取り入れるようになったというのはジャンルの特性としては当然の流れではあります。しかし、どうしてそういった水や波の音が我々を癒すのでしょうか。

続きは、私個人がやっているnoteに書いていますので、よかったら見てみてください。

虚実の世界③

また厳しい暑さが戻りましたが、湿気は少し和らぎ夜は涼しかったりと、次の季節の到来を予感させます。しかし、当店では熱い作品の入荷が続いています! そのひとつは、奇才マシュー・ハーバートの名作『Bodily Functions』の復刻盤です。ハーバートといえば、食べる音や寝る音、洗う音など身体から出る音のみで構築した前作アルバムも記憶に新しく、ライブ時にはグローバリズムへの反発としてそれを象徴するアイテムを破壊する音をサンプリングしてビートを組むなど、エキセントリックでポリティカルなパフォーマンスも有名ですね。

本作はハウス、テクノなどのダンスミュージックとジャズが軸になった官能的で美しいサウンドが特徴で、彼の作品の中でも最も美しいアルバムとして知られています。しかし、ミュージックコンクレートなどの手法を駆使して彼らしいメッセージも詰め込んでおり、気持ち良いグルーヴに加えて時折りゾクッともさせられるバランスがなんとも言えません。


【3LP】Herbert / Bodily Functions (2021 Re-Issue) <Accidental>
価格:¥5,060(税込)
商品番号:29-74-0289-526

(②はこちらからどうぞ)

さて、前回までで書いた進歩史観についてですが、これを助長させるものとしてテクノロジーの進歩があることは容易に想像がつきます。そして、本題である虚と実の話にも繋がっていく部分があると思っています。

我々は部品コストの低下や製造方法の効率化などのおかげで、たとえばテレビなどの電化製品が、2年前のものと同サイズ同スペックでも当時より安く買えるというようなことを体験し続けてきました。これはムーアの法則と呼ばれ、およそ50年に渡って続いてきましたが、集積回路をベースにしたものは、2025年までには限界を迎えると指摘されています。しかし、一つの発明が他の発明と結びつくことでイノベーションが加速するという収穫加速の法則というものもあり、こちらは今後も続く可能性が高いと言われています。

この恩恵に授かる我々人間側は、一度味わった喜びや快適さをいつの間にか当たり前に思ってしまいますが、実はそれだけでなくもう少し違う感覚というのも味わっているようです。今、AIに頼っている部分が生活の中で日に日に増えているなかで、AIがある課題を達成すると我々はすでにそれを知能とみなさなくなり、AIでないと認識してしまうところがあるそうです。これは「AI効果」と呼ばれています。

果たしてテクノロジーの進歩はどこに向かっていくのでしょうか。いつか映画『マトリックス』や『ターミネーター』のような世界が来てしまうのでしょうか? 2009年にスイス連邦工科大学の知能システムに所属する研究者たちがある実験を行いました。定められた枠内で、複数の小型の車輪付きロボットに「食べ物」を見つけるように指示をし、見つけたら備え付けのライトを点滅させ、他のロボットにも一緒に回収に向かわせるように設計。見事回収できたロボットには得点を与え、フェイクとして一緒に並べた「毒物」を回収してしまった場合は得点を失うというルールだったそうです。そして、実験を終えるたびに、最も成功したロボットの人工ニューラルネットワークを他のロボットにも複製し進化させました。これを15代に渡って繰り返すと、一部のロボットはプログラム内容を無視して、「食べ物」を見つけてもライトを点滅することを止めました。さらに、「毒物」を見つけたらわざとライトを点滅し、他のロボットを「毒物」に誘導するロボットも現れます。ロボットの改良が数百代まで続くと、ついにはすべてのロボットが点滅を止めたそうです。

この実験から考察出来ることは色々とあるわけですが、我々の生活でAIに支えてもらう部分が増え続け、そのこともAIの成長にも気づかないうちに、いつの間にか彼らが我々の知能を超え、自身のために嘘をつくことを覚えたとき、それを管理するはずの人類にとってどんな未来が待ち受けているのでしょうか? 収穫加速の法則を考慮するとその「いつか」というのも想像以上に早いのでしょうか。


ダークな雰囲気と、電子音と人力ドラムの錯綜がかっこ良い、モーリッツ・ヴォン・オズワルド・トリオの最新作は、こんなディストピアなもしも話のサントラとしてもハマってしまいそうです。惜しくもトニー・アレンが他界してしまったこともあり、新たなドラマーにベテラン、ハインリッヒ・クーベリングを、そして現行テクノシーンの代表格ローレル・ヘイローも迎えた渾身の一枚です。

Moritz Von Osward / Dissent <Modern Recordings>
価格:¥2,750(税込)
商品番号:29-08-0371-494

【LP】Moritz Von Osward / Dissent <Modern Recordings>
価格:¥4,180(税込)
商品番号:29-08-0372-494

この話や、以前ので書いた虚実皮膜論やキツネに化かされた話などを踏まえると、嘘というのは良い意味でも悪い意味でも人らしさが詰まっている大きな要素なのではないでしょうか(動物の擬態にも似たところはありますが)。また、虚が「空っぽ」や「外形」を表すというところからか、「虚無」という言葉はあらゆるものに価値や意味を求められない、放心状態のようなネガティブな気持ちを表す意味を同時に含んでいるところも良いなと思ってしまいます。そういうところにこそ、人の深い部分があると思うからです。哲学者のニーチェはまさにそこに希望を見出そうとしていますね。

(④に続きます。ついにラストです!)

虚実の世界②

(①はこちらからどうぞ)

進歩史観についてもう少し綴っていきます。日本の経済官僚であり思想家でもある中野剛志曰く、哲学の世界ではいまだに古代ギリシャのアリストテレスをナンバーワンの哲学者として必死に研究している学者が多くいるそうです。その理由というのは、そもそも哲学もしくは社会科学というのは個人の経験に基づいて理解を深めていくものであるので、彼の言説を理解するにはそれだけの力が必要である。だから広まらないし、後世に伝わらないとのことでした。確かにこれまでにも幾多の哲学者たちが彼に続きましたが、どれほどの精度でバトンタッチが出来ていたのかと考えると確証はありません。かつてのパンクロッカーのスピリットを表したD.I.Y.という言葉が、いつの間にか日曜大工のような意味合いでしか使われなくなってしまったことにも通じるものがありそうです。


旧譜もしくはクラシックなスタイルというのは、時代が違うからこそ音楽の根源的な魅力などなにか大事なことを思い出させてくれるような力がありますね。ロンドンを拠点にする両バンドはまさに直球なパンクを感じさせてくれます! 左側のスクイッドSquid)はテレヴィジョン、右側のドライ・クリーニング(Dry Cleaning)はソニック・ユースといった具合にニューヨーク・パンクの影響も強く感じさせます。かつてマルコム・マクラーレンがニューヨーク・パンクのスタイルを自国に持ち帰ったように、UKとUSで刺激し合った音楽史も思い出したりしてしまいます。

【限定グリーンヴァイナル仕様LP】Squid / Bright Green Field <Warp Records>
価格:¥3,960(税込)
商品番号:29-24-0444-813

【通常盤LP】Dry Cleaning / New Long Leg <4AD>
価格:¥2,750(税込)
商品番号:29-24-0460-813

Dry Cleaning / New Long Leg <4AD> 2090
価格:¥2,090(税込)
商品番号:29-24-0466-813

【CASSETTE】Dry Cleaning / New Long Leg <4AD>
価格:¥2,090(税込)
商品番号:29-24-0436-813

今話題になっている、スマホが我々の脳にどんな影響を及ぼしているのかを記した、精神科医のアンデシュ・ハンセンの著書『スマホ脳』を読んでみても、似たようなことを感じてしまいます。その中では、およそ700万年前から続く人類史の中で、スマホを使用してからの歴史というのは米粒にも満たないほんの僅かな時間であり、野生での生存のために長年かけて進化を果たしてきた人類の脳が、スマホを前に突然対応しきれるはずはなく、むしろその脳の働きを利用されることで、多くの人が中毒に陥ってしまっていることを強調しています。そして今や、集中力の低下やうつ病の急激な増加が世界各国で報告されており、さらに恐ろしいと感じたのが、基本的に同書で掲載されている調査報告は大体4年ほどの期間を経て発表されているそうなので、少なくとも4年前の話をしているということでした。

また、情報に溢れているだけでなく、驚いてしまうニュースが続いている昨今、我々はそれら一つ一つに追いつくことがやっとです。しかしそれぞれを意識的にみんなで考察していかないと進歩があるわけはなく、むしろその機会を今はますます奪われているような気がしています。「終わりよければすべてよし」「水に流す」。これらの日本人らしい言葉が粋な意味でのみ使われるようにしたいものです。

(③に続きます)

虚実の世界①

OPNやローレル・ヘイローとのコラボでも知られるNYの鬼才ドラマー、イーライ・ケスラーの最新アルバム『icons』がオススメです!


【限定クリア・ヴァイナル仕様LP】Eli Keszler / Icons <LuckyMe>
価格:¥3,960(税込)
商品番号:29-24-0495-813

シンセと環境音と彼の繊細なドラムを組み合わせて作られており、ミニマルテクノからアンビエント、ブレイクビーツ、フリージャズが渾然一体となった秀逸な1枚です。今回はアメリカの抽象主義や同国の1920年代ジャズエイジが舞台のフィルム・ノワール、帝国の衰退といった事柄から着想を得たそうで、本人が世界各地で録りためていたという環境音も聞こえてきます。彼の頭の中のイメージの断片がシャッフルされたような景色が浮かんでくる、それも明確なストーリーがなく漂っているというような感覚です。そこになんとか骨格を与えているのが彼のドラム。全体的に音数を抑え、さらに疾走感のあるパートでも音量はあえて小さくしている点が巧みです。音色も独特で、テクノのような無機質さと人力ならではの有機的な質感が両立しています。それら全体の要素が効果的に働くことで、彼の思い描いている繊細で微妙な世界が浮かび上がってきます。

さて、そんな彼の音楽を聴いていると、以前に書いた“わかりやすさ”と“わかりにくさ”のようなことを考えてしまいます。今回もやはり結論は同じなのですが、また違った視点から綴っていきます。ずばり、虚と実という言葉から。

この2つの言葉はそれぞれ反対の意味がくっついたもので、虚というのは仏教では虚空と呼ばれ、古代インド哲学ではアーカーシャと呼ばれる長い歴史を持つ言葉です。意味としては、思い切って簡略して言ってしまえば空っぽということ。実というのはその反対で中身のあることや、中身そのものを意味します。たとえば油断して隙をつかれることを「虚を衝かれる」と言います。この使い方のルーツは武術と思われますが一般的にもよく言われますね。東洋医学では病気に対する抵抗力が少ない状態を虚、病気に対する抵抗力がある状態を実として考えます。

非常に興味深いのは、江戸時代の浄瑠璃及び歌舞伎の作者、近松門左衛門による『虚実皮膜論』という論考です。芸の真実は、芸術的虚構(=嘘)と事実との間の微妙なところにある。虚構があることによって芸の真実味が増すということを述べています。

ここでご紹介したい本があります。内山節『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』です。狐に騙される、化かされる、つままれるという言い方を一昔前の日本人はよく使っていたのに、いつ頃からか使わなくなってしまった。それはいつからだったのか、そしてそのことは何を意味しているのかを追った内容です。端的に言うと、1965年頃、高度経済成長期からそれまでの日本人の生活が一変し、科学を重視する世の中になった、人間と自然との関わり方が変わってしまったことなどが挙げられています。

キツネに化かされたということ以外にも、主に秩父地方で伝わるオオサキという架空の動物の話が印象的で、どのようなことをする動物であるのかは割愛しますが、この本を読むと、これらの存在が村の中の人間関係に起こるギスギスしたものを解きほぐしてくれていたことがわかります。つまり科学的思考では嘘となる話が日常に溶け込んでいることで、実は社会の秩序が生まれていたということです。世界各地で伝わる神話にも教義として機能しているものは多くあり、例えば西洋建築物で見られるガーゴイルのように、雨樋の機能だけでなくこの姿が建築物と同居していることで、実は教育の役割を果たしているという話を哲学者の國分功一郎も語っていました。親子で散歩しているときに子供が親に、あれは何かと尋ねる様子を思い浮かべるとわかりやすいですね。

また、我々が何気なく考える歴史というものも、改めて見つめ直す視点を持つことの大切さも述べています。一般的に歴史というのは、原因→結果から組み立てていくので、過去から未来に向かうに従って発展、進化しているという前提で考えられてしまっているということです。これを進歩史観と言います。たとえば、我々は20年前には存在しなかったスマートフォンを軽々と使いこなしていることは科学技術の視点で言えば進化ですが、使っている全ての人が原理を分かっていて使っているわけではないので、果たして人類としての進化になるかといえばどうなのかということですね。この進歩史観でつい物事を考えてしまい、我々は歴史から学ぶことを軽視する方向に向かっているところはないか。思い当たることはあちこちで起きている気がします。

(②に続きます。)

誰の音楽であるのか

前回の話に続いて、もう少しインターネットに関連したことを書いていきます。

『誰が音楽をタダにしたのか』という著書はご存知でしょうか。MP3の開発者、ナップスターやRNSといった違法音楽アップロードサイトの運営者たち、超大手レーベルで活躍した実業家らが、インターネット黎明期(1990年代)から現在(2010年代)にかけて辿ってきた遍歴を著者のスティーヴン・ウィットが濃密な取材を基に構成したものです。それぞれの人物の欲に突き動かされた行動が、間接的に複雑に絡み合っていく様子は圧巻で、全編を通してまるで伝記映画を見ているかのような感慨を私は抱いてしまいました。

なかでも研究者カールハインツ・ブランデンブルクが、MP3を開発し世に発表してから10年近く経ても音楽業界から見向きもされなかったものの、違法アップロード者がその技術に目をつけ利用(≒悪用)したことで、結果的に世界中に広まったという予期せぬ展開。そして、そのことによって当時利益を上げ続けていたCDを主戦場にした音楽産業のパワーが崩れ、莫大な富がブランデンブルクの方に移ったという皮肉。違法アップロードを行って有罪になった人物と無罪になった人物の根拠の違いの曖昧さなど、善悪の価値観が環境もしくは時代によって変わってしまうことのあっけなさというか、難しさは特に考えさせられます。

思えば現在の我々の生活に密着したものでもこれと似たようなことが多くあります。例えばYouTubeには今、日本ではテレビよりも広告費が支払われているという現状がありますが、これについてその存在の是非が問われ話題になり始めた2000年代前半には多くの人が予期していなかったはずです。また、Winnyなどの違法アップロードサイトで使われ始めたP2Pの技術はその後のビットコインなどに使用され、日本はこれらを厳格に取り締まったためにかえって技術面で海外に比べて出遅れてしまった経験があるそうです。

また上述の違法サイトのように、インターネットを通して反体制的な姿勢を取ったアイデンティティは、後のアノニマスやIS集団につながり、EU諸国を中心に現在12ヵ国で公式に政党として認められている海賊党などにも繋がっているようです。最近では専門家の間でハクティビストという枠で捉えられ、彼らの活動は度々議論を呼んでいますね。

さらにこの著書で核となる著作権や特許については、本来作り手を守る為のものである事は当然ですが、それを行使する事がどれだけ彼らのためになっているのかを考えると、なかなか一筋縄にもいきませんね。例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画《モナリザ》は1911年にルーヴル美術館から盗まれたことが世間で騒がれたことに加え、アンディ・ウォーホルらがたびたびパロディ元として取り上げたことで今のような認知度となったようです。また、日本においては文豪の夏目漱石がこれほどまでに親しまれているのは権利について厳格に取り締まってこなかったからという説があります。音楽で言えば、ヒップホップのサンプリング・カルチャーは重要です。原曲の一部をループさせてキックやラップを乗せて再構築することで、そのことのオリジナリティだけでなく、元ネタへのリスペクト、ブラックミュージックそのものの歴史の重厚さも感じさせてくれます。これらは作り手の権利の範疇が曖昧になると、受け手から親しまれるようになるという逆説的な側面があるということを物語っていると思います。

マッドリブと、フォー・テットことキエラン・ヘブデンはサンプリングのセンスの観点から見てもいかに素晴らしいアーティストであるのか良くわかります。本作はマッドリブの作ったビートをフォー・テットがアレンジしたもの。R&Bからロック、アフリカの民族音楽から環境音楽などあらゆる素材が複雑に紡がれています。

Madlib / Sound Ancestors (Arranged by Kieran Hebden) <Madlib Invazion>
価格:¥2,640 (税込み)
商品番号:29-05-0187-503

そもそも芸術作品は誰のものなのか、と改めて考えれば考えるほど答えは曖昧であることに気が付きます。多くの人に愛されるほどに作り手から離れてみんなのものになっていく、というのは凡庸な言い方ではありますが、フェスでアーティストと観客が一体になって合唱している景色がそのことを象徴的に表しているように思えます。また古くから伝わる世界各国の民謡は作者不明のものが多いですし、実はルーツは外国の歌だったということもよくあります。作品がオリジナリティに溢れていても馴染みが薄ければ多くの人から受け入れられ辛いということとも通じるところがあると思うのです。

だから著作権なんぞ不要だとか極論を言いたいわけではありませんが、少なくとも我々が当然と思っている物事が実は縛られた価値観のものだったりするという気付きは新たな潮流が生まれるたびに思い知らされます。

SNSが作るうねり②

(①はこちらからどうぞ)

先述のように、SNSが既存の価値観や既得権益を打ち壊す力を持っている反面、分断を進めるなど暴走する恐れもあるというのは多くの専門家が警告を唱えている通りでしょう。昨年からNetflixで配信されている『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』も話題となりましたね。

今から2年前の話ではありますが、R&Bシンガーのリゾがリリースしたアルバム『Cuz I Love You』の米音楽メディア「Pitchfork」による評価が10点中6.5点だったことに対して、本人が不服を述べ、自分で音楽を作らない批評家が雇用されていることがおかしいと糾弾したことがありました。これに彼女のファンも同調し、ついにはPitchfork側が大バッシングを受けることになりました。いつの時代も、ファンが自分の好きなアーティストの作品が低く評価されたり批判された際、批評家に怒りをぶつけるということはあったとは思いますが、SNSによってアーティストとファンとの距離が接近したことで、この件はより過激化してしまったと言われています。また同時に、かつてアーティストとファンの間を繋いでいたメディアや批評家の位置が変わってきてしまっていることを表しているようでもあり、深く考えさせられます。

さて、これを機に改めてSNSがどのような影響を音楽に与えたのかついて考えてみたのですが、「Soundcloud」の変遷を見ていくとそれが端的に表れていることに気が付きました。2007年にスタートしたこのプラットフォームは、Mura MasaやKaytranada、J Louis、Anderson Paak、XXXTentacionといった数多くのアーティストを輩出しただけでなく、トラップ、ムーンバートン、チルウェイブ、グローファイ、クラウドラップなど新たな音楽のスタイルもここから生み出されていきました。無料でどんどんと作品のアップロードが出来るのに加えて、当時では画期的であった、いいね!ボタンやメッセージなどのSNS機能を実装していたことで人気を得ました(MySpaceの方がこれよりも先に登場していましたが、音楽のコンテンツに特化したSoundcloudの方に多くの人がシフトしていったそうです)。これらの機能によって、無名のアーティスト達は互いの作品について意見交換をしたり、異なるジャンルでのコラボも積極的に行われるなど、クリエイティブな空気がそこには充満していきました。前述のアーティスト達のオルタナティブな音楽性や、そこで生まれたスタイルはまさにそのことを良く表しています。

やがてこのプラットフォームは、音楽業界が無視できない存在へと成長していきます。いつしかレーベルやプロモーターは、フォロワー数やいいね!の数を参考に、ここから新たな才能を拾い上げていくようになり、アーティスト側にとっても業界側にとっても、より重要なものに変化していきました。皮肉にも、このことによってピュアな聖域から産業のひとつのように変化していったことはなんとも切ない話です。

そして間もなく、SpotifyやApple Musicなどのサブスクが世間に浸透。また、利用者が膨張し続けたことで運営が困難となり、Soundcloudは消滅の危機に直面します(2016年にSpotifyが買収しようとしたことは大きな話題となりました)。今ではサブスクに近いスタンスに身を置きながら、再生回数ではなく再生時間でアーティストへの収益を計算するシステムを発表するなど、独自のコンテンツ力を模索しているようです。こう見ていくと1つのカルチャー史を語っているようですね。

SNSに話を戻すと、最近ではclubhouseがすっかり日本でも浸透したようで、これに似た機能の「spaces」をTwitterでも試験的にリリースしているそうです。会話のみに集中出来るこのコンテンツが注目される理由には、人々のSNS疲れや、視覚から得る情報の多さへの疲れに対する反動、それからリアルな交流に近い部分があったり、など考えていくと色々と分析が出来ます。またこの動きに関連するように、ブログの人気が再燃してきているという報道もあり、スローダウン/スローライフに関心を移している人が多くなってきているという傾向もあるようですね。


Bicepはまさにブロガーからアーティストへと変身した稀有な存在。それでも彼らの敬愛するダンスミュージックを発信しようとしていることには変わりがありません。内容の良さはもちろんですが、その姿勢もまた感動的です。

【LP】Bicep / Isles <Ninja Tune>
価格:¥3,960 (税込み)
商品番号:29-24-0423-813

因みに60秒間という制約が魅力のTikTokでも、60秒間から3分間に引き延ばすテストがされていると昨年末に発表があったようです。動画に当てはめる、専用の音楽のマーケットはすでに定着していたようですが、そうなれば求められる音楽の方向性も変わっていくはずです。以前のブログ『テクノロジーと音楽』の話同様、これらの大きな動きはやはり音楽にもあらゆる形で影響を与えていくのでしょう。

SNSが作るうねり①

今年(第63回)のグラミー賞の受賞授賞式が3月15日に行われましたね。皆様もご覧になりましたか。主要4部門は女性アーティストが占め、ビリー・アイリッシュはレコード賞を2連覇。テイラー・スウィフトはアルバム賞を3度目の受賞。ビヨンセは累計受賞数最多を記録。BTSが最優秀ポップグループ賞にノミネート、ジャズ部門では惜しくも逝去したチック・コリアがアルバム賞と即興賞を受賞。当店でもリリース作品を取り扱い中の、サンダーキャットが最優秀プログレッシブR&Bアルバム部門を受賞。



サンダーキャットと<BEAMS RECORDS>のオフィシャル・コラボレーションとなる刺繍ワッペンの第二弾も販売中! 生産を手掛けた<葵産業>による刺繍の細やかさには頭が下がります。

Thundercat × BEAMS RECORDS 3Cats 刺繍ワッペン
価格:¥4,180 (税込み)
商品番号:29-03-0236-686

受賞作『It is What It Is』の収録曲「Fair Chance (feat.Ty Dolla $ign & Lil B)」をフローティング・ポインツがリミックス! 問答無用の素晴らしさです!

【12"】Thundercat / Fair Chance (feat. Ty Dolla $ign & Lil B) [Floating Points Remix] <Brainfeeder>
価格:¥2,640 (税込み)
商品番号:29-24-0419-813

他にも当店でも販売していた、ハイム、テリー・リー・キャリントン、ベック、ケイトラナダ、ビッグ・シーフがそれぞれノミネートされていたことは個人的にも嬉しいことでした。

一方映画の分野では、アカデミー賞授賞式は延期が検討されているそうですが、同日にノミネート作品が発表され、『マンク』が最多ノミネート、そして『ノマドランド』『シカゴ7裁判』等々が続き、米メディアによれば女性監督が複数名選出されるのは同賞史上初だそうです。

このような権威のある賞で、女性ミュージシャンや監督が主要の受賞を占めるというのは、やはり世の中の変化というものを感じます。そして、年間優秀楽曲賞を受賞したのはH.E.R.の「I can't breathe」というのも、まさに昨年のBLM運動を思い起こす結果となっているでしょう。

しかしグラミー賞に関していうと、ノミネートされていたアラステア・ムック・アンド・フレンズ、ザ・オーキー・ドーキー・ブラザーズ、ドッグ・オン・フリーズの3組は事前に辞退し、性別や人種間の不平等を訴えたり、ウィークエンドが自身の作品が大きな商業的成功を収めたにもかかわらず全くノミネートされないことに対して、永久のボイコットを宣言したことも話題に。また、今回BTSがノミネートだけに留まってしまったことに対しての批判もあるようです(憶測が憶測を呼ぶような話になってしまうのでこのあたりでストップしておきますが)。

上述のBLMや#metooもそうですが、他にもグレタ・トゥンベリさんから世界中に広まった環境問題の取り組みについてのように、SNSを通して、小さなコミュニティから一気に世界中に飛び火し、大きなうねりを作って世の中が変わっていくのをまざまざと感じるこの数年。今回のグラミー受賞もその一つの証左といえそうです。

(②に続きます)

分解の哲学の音楽②

(①はこちらからどうぞ)

その内容はというと、動植物の腐敗とそれを食糧とする土壌生物や発酵についてだけでなく、リサイクル、SF小説、積み木、バタ屋、経済など多角的な視点から分解または循環というものを深く考えてみるという作者自身の試みのようなものでした。そうしたエピソード一つ一つに感心したのはもちろんですが、個人的に特に面白いと思ったのは積み木についてでした。そもそも積み木というのは、フリードリヒ・フレーベルというドイツの教育学者が幼稚園という存在を生み出す際に、同時に考案したものだったそうです。この積み木を使って積み上げたり崩したり(崩れたり)を繰り返す事によって、多角的な視点を持つ力を養ったり、部分と全体という概念を獲得することが出来ることや、最後に遊具箱に積み木を戻すことで秩序を教えるなど、実は幼児期の子どもにとって有意義な経験をたくさんさせているということでした。

また、この「積む」という言葉にスポットを当て、「構成する」「組み立てる」を英語にした"composition"というのは音楽では「作曲」を意味し、動植物による死骸の「分解」を"decomposition"と書く、と述べていたところは、音楽好きとしてはやはり見逃せませんでした。先日、時事性の高いコンテンツで人気を集めている「Choose Life Project」という動画配信プロジェクトで、昨年7月に「ゴミと資本主義」というテーマでゲスト達が議論していたアーカイブを遅まきながら発見したのですが、そこで後藤正文さん(Gotch, Asian Kung-fu Generation)が同書について触れ、まさに上記の2つのワードを引用し見解を述べていました。それは、音楽もコードやメロディを分解・再構築して新しいものが生まれるという循環の中にいるというもので、さらにそれを受けて同じく出演者の篠田ミルさん(Yahyel)も、自身が楽器の演奏を出来ない代わりに、音源のパーツを買ってそれを組み合わせることで曲を作っていることや、ヒップホップのサンプリングのことを照らし合わせて、この発想が作曲の可能性を広げたという趣旨の見解を述べていました。

なるほどと思いながら聴いていたのですが、私はまた違う角度から色々と思い浮かべていました。"composition"と"decomposition"の間、つまり積み木でいえば、積み上げたものが崩れる瞬間の興奮についてです。それはドビュッシーやシェーンベルクが、明るい雰囲気なら長調、暗い雰囲気なら短調という西洋音楽史の中で使い分けられてきた2つの調性の法則を一緒くたにしてしまったことにも言えるでしょう。これが後々のジャズ史へと繋がっていきます。そのジャズのことでいえば、今の商業音楽の基礎ともいえるバークリーメソッドを駆使し、コードの分解をし続けるうちに、コードの機能性を失いノイズへと接近していったフリージャズの危うさにも。難解なプログレを壊したパンクの単純な3コードにも。エレキギターのフィードバックノイズの爆音がバンドのアンサンブルを掻き消した瞬間(シューゲイズ)にも言えるでしょう。


(右)アート・リンゼイとジョン・ルーリー率いるラウンジ・リザーズとの共演は、ノイズミュージック(正確にはノーウェイブ)とフリージャズが渾然一体となった一つの証拠ともいえそうです。そんなアート・リンゼイがプロデュースしたこちらもお聴き逃しなく!(左)バスキアが在籍していたことでも知られる「グレイ」もノーウェイブ・シーンを考える上では欠かせません。曲によってはブラックミュージック由来の洒脱さを見せてくるところがまた憎いです!

【LP】Tiago Nassif / Mente <Gearbox>
価格:¥3,300+税
商品番号:29-08-0327-494

【グレー・ヴァイナル仕様 / 限定盤LP】Gray / Shades Of...<Ubiquity>
価格:¥9,130+税
商品番号:29-73-0370-491


また、リディア・ランチを敬愛するニコラス・ジャーの作品からも、ノーウェイブが受け継がれていることを感じることができます。

Nicolas Jaar / Cenizas <Other People>
価格:¥2,750+税
商品番号:29-73-0368-491

【LP】Nicolas Jaar / Cenizas <Other People>
価格:¥4,620+税
商品番号:29-73-0369-491

著者も、積み木が崩れる時の息を呑む空気の緊張は新しい世界への兆しと説いているのですが、構築されていた前時代のスタイルが崩れる瞬間というのはそこにしかない大きな感動と意味があるものです。さらに同書では、割れた器を漆で修繕し再び使用できるようにする、「金繕い(金継ぎ)」の独特の美しさについてや、国語学者の大野普の仮説を引用し、昔の日本人の「時」という感覚は、凝固したものが解体された時に生まれるものだったということも紹介していました。これらを合わせると、肉体だけでなく我々の感性というのは、この世の中の原理と密着しているのだと気づかされます。このことをあえて言うこと自体、悲観的にいえば、我々が自然との接点を失ってしまっていることの裏返しかもしれませんが、今これからを生きるヒントは我々の感性がすでに知っていると言えなくもなさそうです。

分解の哲学の音楽①

マイク・ミロシュによるプロジェクト、ライ(Rhye)の新作アルバム『HOME』が入荷しています。ステイホームというワードがすっかり定着した昨今にリンクしそうなタイトルですが、インタビューを読むと彼の恋人(全作品のジャケットに映っている方でいつも彼が撮影しているという)と家庭を持ちたいという私的な意味だったそう。歌詞の内容もそうですが、そんな私的なものだからこそ多くの人の心に響く、普遍的な愛に満ちた彼の柔らかな音楽は今作でも健在。クラシックロックや80年代のディスコを想わせる曲があったりと、アンビエントやポストクラシカルに接近した前作とはまた違った切り口を見せています。ついつい気持ちの沈んでしまいそうなこの状況に、ひとときの安らぎを与えてくれそうです。

Rhye / Home <Loma Vista Recordings>
価格:¥2,310(税込み)
商品番号:29-08-0322-494

【パープル・ヴァイナル仕様LP】Rhye / Home <Loma Vista Recordings>
価格:¥4,290(税込み)
商品番号:29-08-0329-494

さて、最近では新型コロナウイルスのワクチンが話題となっていますね。このコロナ禍を通して菌やウイルスに対して改めて知ろうと思った方は多くいらっしゃると思います。また、特に免疫力が上がることへの期待から発酵食品に手を伸ばした方も多くいるそうですが、まさに私もその一人でした。発酵や菌というのはなかなか面白い世界だということを、コロナをきっかけに知ることができたのは、個人的には嬉しい収穫です。

日本では最古の正史とされる『古事記』や『日本書紀』にも発酵についての記述があるということだったり。醤油や味噌、日本酒といったものに欠かせない麹は、神様へのお供え物である御粮(お米)が濡れてカビが生えてしまったので、それを醸したところお酒が出来たという内容が今からおよそ1300年前の書物である『播磨国風土記』に載っているらしいとか。人間の腸内には何千兆個もの微生物がいるということだとか。人間の目に映らないだけで空気中には無数の微生物が漂っているとか。調べるほど新鮮な事実を知ることが出来たわけですが、同時に発酵食品によって体が快適になるという実感を覚える度についつい色々な考えを巡らせてしまいます。例えば、麹を自分が美味しいと思って食べてしまうことに対して、それは自分が喜んでいるというより、実は体内の微生物の方が喜んでいるのでは? 免疫力がアップしたり消化活動が促進されたりするのは、人間と微生物とがウィンウィンになるためになされていて、それは一つの自然との共生の形になっていたのでは? だとすると人間と微生物ではどちらの方が体を支配していることになるのか? などなど、原子論と近い部分があるかもしれませんが、とにかく菌などの微生物というのは善悪や強弱という二元論を超えた存在として捉えることが出来、自然と人間との関わり方についてなども考えるヒントになるのではないかと思ったのです。

そういえば、最近では植物学者であるマンクーゾの『植物は〈知性〉をもっている』やD.モントゴメリー& A.ビクレーによる『土と内臓』といった書籍など、植物や土壌といった自然物から行き詰まった現代社会に対しての解決策になりそうなヒントを科学的な視点で得ようとする動きがどんどんと活発化しているというのも目にします。どれも興味深いと思うなか、私は人文学者の藤原辰史による『分解の哲学:腐敗と発行を巡る思考』をまず読んでみる事にしました。そのタイトルにある“分解”というワードが特に心に残ったからです。

(②に続きます。)


アーツ&クラフツ&サブスク

あっという間に2020年も終わりですね。多くの物事のあり方を改めて考えさせられることばかりだったこの一年。

【7"】坂本慎太郎 / ツバメの季節に <Zelone Records>
価格:¥1,430(税込み)
商品番号:29-03-0242-499

坂本慎太郎、約1年ぶりとなる書下ろしの新曲。彼らしいユーモアを交えつつ、コロナ禍の現状をストレートに綴った詞と中盤のサックスが心に突き刺さります。オールドスクールなファンクチューンのB面も素晴らしくオススメです!

コロナ禍というだけでなく、環境問題に対してもこれまで以上に真剣に取り組むべき状況にいたっており、これまでの消費行動などを考え直すことが求められている今、私は19世紀終わりに起こった、イギリスの詩人/デザイナー/思想家のウィリアム・モリスが主導した「アーツ・アンド・クラフツ運動」や柳宗悦による「民芸運動」についてよく考えています。アーツ・アンド・クラフツ運動は、当時のイギリスでの産業革命の結果として、大量生産による安価な、しかし粗悪な商品があふれていた状況を批判して、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することを主張したものです。民芸運動もこれに影響を受け、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用しようという日本独自の運動です。この考えは、多くの方々も何年も前から述べていることではありますが、改めてこの時代におけるヒントの1つになるのではないかと思っています。

ご周知のとおり、音楽ではサブスクリプション・サービス(以下サブスク)が多くのシェアを誇っています。私自身ももちろんサブスクを使って音楽を聴くことはあります。いつでも好きな音楽を聴ける便利さや多くの人とプレイリストを共有できる楽しさはこのサービスならではのものだと思います。

とはいえ、現状のサブスクの多くは、音源ソフトなどに比べるとやはり音質が良いとはいえないものばかりです。アーティストが心血を注いで細部にまでこだわりを詰め込んだ原曲の魅力を完全なかたちで味わえないのは悲しいですが事実であり、またその音源を(物理的に)実際に手にしているわけではない、奇妙な物足りなさも感じます。一定の料金を払うことで、制限なく楽しめる喜びとそれによって起こる物足りなさというのは、他にもギガ使い放題、動画見放題など、近年特にサブスク方式を採用している分野が増えている分、多くの方も感じているのではないでしょうか。

やや視点を変え、たとえば食べ物という切り口でいうと、今の時代、我々はあらゆる種類の食べものを低価格で気軽に食べられるようになっています。しかし、実際には食品添加物や品質が良いとはいえない食材を使うことによってコストを抑えているものも多く、果たしてそれは本当に食べたいものを食べられているのか? という疑念を生みます。さらに、それらの多くが結局同じ理由から同じような材料に偏りがちで、それを補う濃い味付けにもなりがちなので、色々と食べられているようで実際には同じようなものばかり食べているということに過ぎないのではないか、とも感じてしまいます。

これらについては、もちろん賛否両論があることでしょう。話を広げようと思えばいくらでも広がっていく、深く難しい問題です。ただ、個人的に特に危惧しているのは、「我々が本物を体験する機会が失われてしまっている度合いがどんどんと深刻になっていないか」ということです。景気の問題もありますし、ソーシャルディスタンスを求められる昨今の状況、仮想空間やAI、さらに自動車の自動運転のようなテクノロジーの進化も、このことにさらに拍車をかけているように思います。

音楽の話で言えば、ライブで味わうというのが本当の体験ともいえそうですが、あえてライブをせず、音源にこそすべてを込めているというアーティストもいれば、ライブの時にアルバムの内容とは異なるアプローチをするアーティストも多くいるというのは面白いところです。

【CD+Tシャツセット】相対性理論 / ライブアルバム 調べる相対性理論 <みらいレコーズ>
価格:¥7,480(税込み)
商品番号:29-03-9413-505

相対性理論のライブアルバム、『調べる相対性理論』の収録曲は、ライブならではのアレンジで原曲とは違った魅力を放つ好例かもしれません。


録音方法や機材、人手の問題など、ライブよりも制約が少なく完璧にパッケージングが出来るのはアルバムならでは。Wilma ArcherやBaal & Mortimerらのアルバムから滲み出た、緻密な展開とダークで耽美な世界観はその特性を活かした一例ではないでしょうか。

Wilma Archer / A western Circular <Domino>
価格:¥2,090(税込み)
商品番号:29-24-0384-813

Baal & Mortimer / Deixis <Bureau B>
価格:¥2,200(税込み)
商品番号:29-73-0349-491

さて、出来るだけ良い環境で音源を聴くことで質の高い音楽鑑賞をする、という観点で話を進めると、オーディオも良いものを求めていけば際限がないですし、CDやレコードも毎度欲しいものすべてを買えるわけではなく、我慢がつきものです。しかし、それゆえに吟味していく楽しさはサブスクでは味わえませんし、その分愛着も湧いてくるものですよね。再びやや話が逸れますが、ジャケ買いで失敗したものも、すべてではないにせよ年数を経て聴いてみると不思議と好きになったりするのは皆さんも経験があると思います。いつでもすぐに自分の欲しい情報が手に入り、アルゴリズムによって関連したものが次々と目の前に迫ってくる現代において、偶然の出会いや、合理性を求めていく中で切り捨てられてしまうものの価値は上がっているはずです。むしろ大事にした方が良いと思っています。

サブスクの魅力ももちろんあるので、それは1つの楽しみとして捉え、同時にアーツ・アンド・クラフツ運動や民芸運動のように一流の職人による美しいものに囲まれた生活(≒本物の体験をする)というのは経済的には難しいことですが、可能な範囲で取捨選択し目指していくことは、このご時世だからこそ大切だと思うのです。というのも、音楽にせよ、食べ物にせよ、洋服にせよどんなものでも、自分の感覚で自分の中の本当に好きなものを探し続けることは、感性が育っていくだけでなく、同時にあらゆる文化や社会背景に触れることにも繋がるので、必然的に人間性を深めていくことになると思うからです。さらにいえば、一流といわれているものからは、単に作品の内容に起因する感動だけでなく、クリエイターの創意工夫や誠意、真心なども伝わり、また温もりに包まれていくような感覚もあると思います。これらの感覚に多く触れ続けることこそ、これからの時代の幸せとは何かを知るきっかけを増やしていくことに繋がるのではないでしょうか。

共感覚で聴いてみる

共感覚とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、味や匂いに、色や形を感じたりする(『Wikipedia』より抜粋)。

鬼才ダニエル・ロパティンによるプロジェクトOneohtrix Point Neverの新作『Magic Oneohtrix Point Never』がリリースされました。


彼の作品を聴いていると、たびたび上記の共感覚というものについて考えてしまいます。音だけの情報にも関わらず、まさにその彼の描いた世界が、頭の中に映像として浮かんでくるようで圧倒されてしまうからです。今回は架空のラジオ局がウイルスにかかって変身していく様子をイメージして創ったそう。ラジオのお決まりの文言からニューエイジを思わせる音の断片、ノイズに混ざるノスタルジックなニューウェイヴやトラップといったポップソングが混在していきます。まるで質感まで浮かび上がってくるような強烈さと、穏やかな心地良さを併せ持った内容でした。

また、最近リリースされた作品としては、

Oliver Coatsの『Skins n Slime』


Actressの『Karma & Desire

もそれに当てはまりそうです。物語性があり架空の映画音楽のような趣を感じ、同じように頭の中で映像がぼんやりと浮かんできます。

実際には、何らかの共感覚を持つ人の割合は「2000人にひとり」、「300~700人にひとり」、「200人にひとり」など様々な推計があり、近年は「23人にひとり」という報告もあるそうで、すべての人がその感覚を持ち合わせているわけではないようです。しかしながら、実際に似たような感覚を覚える方は多いのではないでしょうか。身近な例でいえば、ジャケットデザインと音楽との関連性や、“甘い歌声”、“苦い体験”といった言語表現にも通じるところがあると思います。


この言語表現という観点で興味深い話があります。言語学者のロマン・ヤコブソンは、すべての語彙というのは“比喩”の組み合わせによって成り立っていることを説きました。また、これに注目した文化人類学者/哲学者のレヴィ・ストロースや中沢新一は、この“比喩”というのは、人類がネアンデルタール人から新人に進化する段階で身につけたもので、この能力によって創造というものが生まれたと述べています。四季の移ろいと、人生や心の動きを重ねることで繊細な美を表現する俳句や詩、文学などはそれを良く表していると思います。何か新たなものを生み出すときというのは異なる物事が組み合わさることによって生まれるという、よく言われる定説とも結びつきますね。


つまり、創造というものと共感覚というものの間には、深い部分で通じるところがあるのではないかと思うのです。だとすると、我々が音楽を聴いて映像が喚起されるとき、創造力を働かせて感動しているのかと思いを巡らせてしまいます。また、音楽から映像を喚起するというところには、記憶という部分にも深い関係があると思います。音からリスナーそれぞれの記憶に結びつき、またそれに合わせて、その他の感覚(=共感覚)が混ざり映像が紡がれていくのだろうと推測出来ます。そしてそれはそれぞれの体験や感性の違いによって違う映像になっていそうで面白いですね。しかしながら、それらの中で普遍的な共通項があるからこそ共感が生まれ、作品として愛されていくのだろうと思うと、それもまた素敵なことだなと感じてしまいます。

改めてこの共感覚を意識して、皆様も上記の彼らの音楽を聴いてみてはいかがでしょうか。これまでと違った“味わい”を感じられるかもしれません。

“わかりやすさ”と“わかりにくさ”

いきなり私事ですが、今年7月末に刊行された作家/フリーライターの武田砂鉄の著書『わかりやすさの罪』を先日読了しました。『○分でわかる○○』『マンガでわかる○○』といったタイトルで売られる書籍や、“○○さんがわかりやすく解説します”といったテレビ番組での進行など、最近巷でよく見かけるようになったこの“わかりやすさ”ですが、世の中が“わかりやすさ”を求める方向へ傾き過ぎることに対する危うさに警鐘を鳴らした内容です。

私もすぐに理解することが難しい社会問題や専門知識など、概要を理解しておくためにそういった情報を活用することがありますし、誰かに何かを説明するときはわかりやすく伝わるように努めるべきだなとは度々思います。しかしながらその“わかりやすい”には欠点というのもやはりあり、"わかりやすくまとめる"際には切り落とされている多くの事象があるという事実や、そもそも物事や人の考えは非常に複雑であり、言葉で説明しきれるものではないということなど、少し考えれば当たり前ではあるのですが、今の世の中でその認識が薄れてきてしまってはいないか。あるいは、受け手側が答えや結論をすぐに求めようとし過ぎていないか。そしてすぐに受け手側が理解できないことがあった場合に、自分で理解しようと努力するよりも、わかりやすく伝えない方が悪いといった主張になることが増えてはいないか。それは、大きく考えれば自分の納得の出来る事しか認めないということにはならないか。などといった鋭い指摘が綴られており読んでいて頷いてしまうことが多く、あっという間に読み終えてしまいました。

“わかりやすさ”を求める傾向というのは、現代社会において要求される“効率の良さ”とリンクしており、情報とツールに溢れた現在、その傾向は加速度を増しているのかな、などと思いを巡らせていました。と、一見音楽とは関係のない内容のようですが、まさに音楽でも当てはまることがあり興味深いと感じたので書き綴ってみました。


ストリーミング配信による影響


今、ストリーミング配信で音楽を楽しむということが聴き手にとって大きな比重を占めていますが、それにより作り手側もその影響を大きく受けています。配信されている楽曲の全体的な傾向として、イントロの時間、曲単体の平均時間が年々減り続けているという調査結果や、パワーを出すためにコンプレッサーを強くかけて太い音を出そうとすることなどが挙げられています。今や無限大ともいえるアップロードされた楽曲の中から自分達の曲を聴いてもらうため、というのが理由だろうというのはすぐに想像がつきます。音源が最初はストリーミング、それからCDやレコードとしてフィジカル化されることが少なくないのを思うと、そのことの重大さが伝わってきますね。

もし素早くストライクゾーンを突くような“わかりやすい"音楽ばかりがもてはやされ、そのような楽曲を制作するアーティストの方ばかりに収益が傾いてしまうとしたら、それはあまり良いことではないなと思います。

しかしながら、いわゆるトレンドとされる動きと、その中で良いものを創り出そうとする人やそれに抗い新たなものを創ろうとする人達とが交錯、拮抗することは、音楽史の中では普通に起こっていることです(もちろん音楽以外の世界でもそうですが)。そんなふうにして素晴らしい音楽が生まれてきたことを思えば、心配するようなことでもないのかもしれませんが、ストリーミング中心の現在ゆえ、そんなことも考えてしまいますそもそもトレンドなどを気にしていないアーティストの作品が魅力的だったりするところもまた面白いのですが)


“わかりにくい”から気持ち良い


音楽ジャンルごとに“わかりやすい”と“わかりにくい”を考えてみると、ハーモニー(コード)を複雑に分解して、その中でさらに各パートが即興でソロをするといったジャズは、まさに“わかりにくい”ゆえの気持ち良さがありますね。音と音のハーモニーから感じる不安感→安心感の流れを、ジェットコースターのように繰り返すことで生まれる気持ち良さを利用したものが、古くは教会音楽から続く西洋音楽であり、今日のポップミュージックであると考えられています。音のダイナミクスやノイズを利用してこの不安感→安心感を創り出すことも多くあります。

かつて数学者ピタゴラスは振動する弦の長さと音の関係を調べ、整数比という考え方を見出しました。まず1オクターブ、そしてさらにこれを3:2で区切ったものがピタゴラス音律と呼ばれ、現在の音階やハーモニーの基礎になったとされています。ある音とある音が同時に鳴った場合に、互いの振動周波数の比率を複雑にするほど人の耳は不快に感じ反対にこの比率が簡単なものであるほど心地良く感じるという性質を使っています。ジャズはまさにこの動き(ドミナントモーション)を“わかりづらく”させていることが醍醐味といえそうです。たとえば定番曲の場合、その原曲本来のコード進行を複雑に分解、もしくは音を足し、コードの役割をあえて壊していきます。本来は不協和とされてしまうそんな型破りのハーモニーによって起こる居心地の悪さや曲の中でどの程度進行しているのかわからなくなる迷路のような浮遊感は、ジャズ・ミュージシャンたちの卓越したセンスと演奏力でジャジーで気持ち良く感じられるのです。もともとが教会音楽に根ざしていたので、このコード進行の場合にはこの音階を使うべきといったルールがメロディにも存在していたわけですが、モード・ジャズを筆頭にその壁も壊すことでメロディの幅も格段に広がっていきました。そうすると、音痴なように聴こえたりするのですが、その危うさをあえて攻めていくことがジャジーでかっこ良いのです!



「俺にとって、ジャズは20世紀初頭に生まれて1960年代後半に終わったものなんだ」と語る、UKストリート・ジャズを先導するカリスマ、ヘンリー・ウーによるカマール・ウィリアムス最新作。自身のスタイル、“ウー・ファンク”はさらに進化を見せています!



今までにない音楽を創り出すことがジャズの定義の一つであるとすれば、トータスのギタリスト、ジェフ・パーカーはそれを気持ち良く体現してくれる一人です!
ソウル、R&B、音響、フリージャズなど奔放にジャンルを越境する展開に終始ドキドキさせられます!



とはいえ、モダン・ジャズの魅力も尽きません。ファンキー・ジャズを代表する、リー・モーガンは当時のストリート感覚に溢れた熱い演奏を聴かせてくれます!



“わかりやすさ”ゆえのストイックさ


反対にプログレなど壮大でコンセプチュアルなロックへの反発として生まれたパンクロックは、“わかりにくさ”へのカウンターともいうべきもの。3つの決まったコード進行とシンプルな演奏ゆえ、先ほどのジェットコースターのたとえでいうならば富士急ハイランドの「ド・ドドンパ」のような強烈なインパクトとスピード感です。背景は異なりますが、フォークもそのシンプルな進行ゆえに“わかりやすい”部類に入ります

また、西洋音楽へのアンチテーゼとして、アフリカや東洋の民族音楽から着想を得た、1フレーズをシステマティックに繰り返すミニマルミュージックや、1つの音のみを一定に流し続けるドローンは、究極的な“わかりやすさ"ゆえにストイックな印象を与えます。しかし、ミニマルミュージックでは、どんなフレーズを反復させるのか、楽器の音色をどうするのか、進行に従って楽器を足していくのかなどで印象はずいぶんと変わります。ドローンなら、暗闇の中で目が少しずつ冴えていくようにその1音の中に含まれている倍音を感じることが出来たりと、強い制約があるからこそ、他のジャンルの音楽では味わえない発見や感動があります



テリー・ライリーやスティーヴ・ライヒ、そしてラ・モンテ・ヤングなどの作品に参加した経験を持つ、ジョン・ギブソンの作品は正にミニマルミュージックといった印象です!



どちらでもない良さ


前回のブログでも書きましたが、そもそも音を全く出さないことで音楽の在り方を問うジョン・ケージ「4分33秒」などの現代音楽の存在もあります。音の塊、渦といった印象のハーシュノイズやスラッシュメタルのようなジャンルは、その塊が出ている時と出ていない時の落差が激しいのですがこれもまたどの楽器のノイズなのかで印象はやはり変わりますし、ノイズでいえば、ある程度パンクやジャズとしての骨格を作ってからそれを壊すような展開にするなど、アプローチが変われば全然違った音楽になりますね。



ノイズといえば、かつてソニック・ユースの来日時にサポートアクトを務めた中原昌也による代表作がリイシューされました!



それぞれの中庸


このように書いていくと、剣豪・宮本武蔵が『五輪の書』で記した「兵法に武具の利を知と云事、武道具の利をわきまゆるに……」(武器の長所短所を知れば、その時の状況に応じてどれも役に立つものであるといったこと)や、川端康成が『新文章読本』の中で「まず読むこと。それぞれの長所をみること。」と綴っていたのを思い出します(唐突で恐縮です……)。どちらかといえば作り手が意識すべきことに近いような文言ではありますが、リスナーにもそれぞれのジャンルの良さを知ろうとすることは、より音楽を楽しむ秘訣になるのではないでしょうか。

どの楽曲をわかりやすいと感じ、気持ちよく感じるのかは人の数だけ存在しますし、そのときの気分によっても変わります。自分としては退屈でも他の人にとっては泣いてしまうほど美しいと感じられることもあるでしょう。冒頭に記したわかりやすさの欠点の話のように、とにかくすぐにこの音楽は苦手などと決めないで、楽しみ方を限定しないようにしたいなと思います。

テクノロジーと音楽

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除により、ライブハウスやクラブの営業を再開することが出来るようになってきていますが、まだまだ気の抜けない状況が続いていますね。音楽に限らず、生で体感するエンタテインメントが苦しい状況にある一方で、「VARP」のようにアバターを介して仮想空間の中で体験を共有出来るシステムを提供するといった動きも注目されていて、それが社会において今後どのような影響を与えていくのかは私にはわかりかねますが、時代の変化というものを感じずにはいられません。

そして、それが音楽においてどのような変化を与えていくのかということを最近よく考えています。音楽はテクノロジーの進化や社会情勢など時代の変化に伴って、生まれ変わり続けていると思うからです。また、たとえば古くはエリック・サティによる「家具としての音楽」という概念や、ジョン・ケージの無音もしくは自然発生音を音楽として捉えるという発想、ブライアン・イーノによる「アンビエント」の提唱など、新たな哲学の発見のように、斬新な視点が生まれることでも変化していくところが音楽の面白さのひとつですね。



直接関係はないのですが、Sean McCannによるこちらは、ブライアン・イーノやハロルド・バッド、フィリップ・グラスらに続く次世代の才能としてアンビエントや現代音楽好きの方にオススメです!


テクノロジーの話でいえば、シンセサイザーは19世紀半ばに登場した発電機や電話を応用した機械「ミュージック・テレグラフ」から発展し、電気信号として楽器音を出力出来るようにした「テルハーモニウム」というものがルーツと言われており、このことはまるで科学、機械文明そのものを語っているようです。それはテクノというジャンルの歴史とも直結していますが、実際にはテクノだけでなくポップス、ロック、ハウス、ヒップホップなど様々なジャンルに深い影響を与えています。

また、かつて音楽は音楽家たちが演奏する場でしか聴く事が出来なかったのが、録音技術の発達により家庭でも自由に楽しめるようになりました。一方の音楽家側も、たとえばグレン・グールドのように、録音テープから必要な部分をつなぎ合わせ、実際の演奏と組み合わせることで、生演奏だけでは表現しきれなかった音楽を実現しようとしました。1970年代終わりには<TASCAM>がカセットテープMTR「144」を発表し、それまでプロのミュージシャンしか扱うことの出来なかったマルチトラック・レコーダーがアマチュアのミュージシャンでも安価に手に入れられるようになったことも大きな変化でした。ロックの世界ではピクシーズのブラック・フランシスがこれを巧みに利用し、それによって同バンド特有のブリッジ→バース間でのダイナミックな展開が生まれ、さらにニルバーナのカート・コバーンがこれを真似したことで、このスタイルは90年代のロックシーンでの主流になっていきました

90年代終わりから2000年代に入ると、コンピューターの発達に伴って登場したDTMによって、音楽制作における可能性がこれまでにないレベルに高まり、エレクトロニカが台頭。2010年代にはインターネットの発達により情報過多となった現代社会さながら、ジャンルがぐちゃぐちゃに混ぜ合わされ、それを塊のように吐き出した音像を創り上げたダニエル・ロバティンによるOneohtrix Point Neverが現れたり。


こちらは初の本人名義ダニエル・ロパティンとしてリリースした一枚。アダム・サンドラー主演、サフディ兄弟監督の話題作 『UNCUT GEMS』のサウンドトラックとして制作されましたが、ここでも彼の才能が爆発しています!



と、ざっと変遷を述べてきたのですが、エレクトロニカといえばAlva Noto(アルヴァ・ノト)ことカールステン・ニコライが新作アルバム『Xerrox Vol.4』をリリースしました。


カールステン・ニコライは池田亮司とともに語られることが多く、前述した00年代のエレクトロニカのムーブメントの中で現れた存在です。両名とも、PCなどの電子機器から鳴る起動音や接触不良で起こるノイズなどを緻密に繋ぎ合わせたスタイル「グリッチ」の中心的人物として知られているわけですが、彼らは音を流しているというよりも、美意識のもとに音を配置し、彫刻のように空間を演出しているようカールステン・ニコライは元々ランドスケープ・デザインを専攻していたのですが、そんな新たな視点(分野)から音楽を創造しているように感じられます。また、ライブではカールステンは映像作品も流し、池田はインスタレーションの形式をとるなど、聴覚以外からの表現も同期して行なっていて、ドナルド・ジャッドのようなミニマルアートとも比較して考えることが出来ます。こうした特質は、彼の新作を聴いても深く頷けるものがあるのではないでしょうか。本作ではSF映画のサウンドトラックのような壮大なサウンドスケープを描いているのですが、彼ならではの美意識が随所に感じられます。



音源ソフトのアートワークも毎度細部まで徹底しており秀逸!

テクノロジーや時代背景が新たな音楽(=芸術)を創る契機になり、また発想次第で面白い音楽が生まれるという事実。そんなことから、音楽は時代を映す鏡とも称され、時には時代への強烈なアンチテーゼとして、心をえぐるような表現が生まれて私たちに様々なメッセージを訴えかけてきます。と、このように考えれば考えるほど、つくづく音楽は面白いなという結論にたどり着く今日この頃です。

アフリカンルーツのリズムと時間感覚

ヒップホップやR&B、ソウル、ファンク、ブルース、ジャズなど、アフリカ系アメリカ人の方々が生み出してきた音楽の影響力は周知の通り計り知れませんね。そんなブラックミュージックの魅力はこのブログ上では書き尽くせないほどありますが、ほんの一部分でも改めて共有することで、皆様と深められるものがあれば良いなと思っています。


今回は”リズム”という観点から。裏拍の多用や、拍を伸ばして、アクセントの位置を変えていくシンコペーション。ビートを後ろに引っ張ることで独特のゆるさを生むレイドバック。これと似たもので、Questloveが叩いたD’angeloの『Voodoo』やJ Dillaで有名な、”ズレ”をあえて作ることで独特の快感を生むドランクビート。



こちらは、Slum Village による不朽の名作『Fantastic, Vol. 2』のリリースから20年を記念し、現行メンバーであるT3とYoung RJが、ヒップホップのインスト・カバー作で知られるUKのビッグ・バンド、Abstract Orchestraとタッグを組んだスペシャル・プロジェクト!


などなど、彼らが独自に発展させ、生まれたリズムというのは多く存在します。また、リズムが時間の経過の中で成立することを思うと、その時間の概念自体を変容させてしまう点も我々を驚かせてきたと思います。最近ではChris Daveなどが多用する、異なるBPMから同じ音の長さ(時間)になるものを抽出して、耳の錯覚を起こさせるポリリズムの一種、メトリックモデュレーションがその一つと私は捉えています。



Robert Glasperの新作アルバム『Fuck Yo Feelings』は、Chris Dave、Derrick Hodgeを中心に多くのミュージシャンとのセッションを収録しています。


昔の代表例で言うと、James Brown(以降"JB"と表記)にもあります。例えば名曲「Please Please Please」について。メインのコール・アンド・レスポンスが終わると一瞬全体の演奏が止まり、その後JBの声だけ再び歌い出し、再び全体の演奏に戻ります。今となってはあまり驚きませんが、当時はそのタイム感の正確さ、そもそも音が突然全部止まってまた何事もなかったように始まるということ自体に世間が驚いたそうです。また、彼のライブ映像は音楽好きなら一度は観たことがあると思います。彼を筆頭に、バンドメンバーも多くを緻密に繰り返します。それはギターの1フレーズから、曲の展開だけでなく、パフォーマンスも(終盤になると突然膝をつき、マントを掛けられながら退場しようとするも、途中でマントを振り払ってまたマイクスタンドのところに戻る、その動作を何度も繰り返すのは有名ですね)。それを見(聴き)続けていると時間の感覚がだんだんわからなくなってきて、なんともたとえようのない高揚感がやってくるのを感じます。


ここで、彼らのルーツであるアフリカ人による音楽の話になりますが、西アフリカの民族楽器ジャンべは聴いたことがあるでしょうか。複数の人々がジャンべを同時に叩くのですが(違う種類の打楽器のことも多々あります)それぞれが違うリズムを叩いて、その中で共通項が生まれたり(融合したり)、離れたりを複雑に繰り返します。これによって、一種の錯覚を起こしているかのような気持ちよさを感じてきます。ポイントは一瞬でそう感じるわけではないところですね。あくまで時間の経過とともにそのように感じてきます。1人が5連符と3連符が交互に聴こえるように鳴らすことも多々あります。


このようなアフリカ人のリズム感覚については、遡ると19世紀後半には既にイギリス人の探検家がそのことについて綴っている資料が残っているほど、現代に至るまで多くの専門家が研究を続けてきたそうです。その中で、1980年代初頭に研究者のアラン・メリアム、そしてロバート・カウフマンが、アフリカの時間観念が違うからではという見解を示しており、これは先述の例をある種総括しているようです。※あくまで西洋音楽の立場から見ているものなので、厳密にはアジアのルーツ音楽なども、国独自のリズム感覚という意味で同じことが言えます(菊地成孔氏はこれを訛りと表現しています)。JBらがどれだけアフリカ音楽のルーツを知っていて、自覚的にこれをやっていたのかはわかりませんが、素晴らしいところは白人のポップスの中にその要素を組み合わせてきたことです。そしてこれは、冒頭に述べたシンコペーションや、ポリリズム、さらにはグルーヴ、スウィングの話とも繋がる興味深い話だと思います。


私も音楽をやっている身として、彼らのリズムを真似しようとするのですが、それが非常に難しいことを日々痛感します。では彼らがそれを生まれながらに身につけていたかといえば、確かに教会音楽であったゴスペルが現在R&Bやファンクに受け継がれているように、上述のJBやD’angelo、Chris Daveなど、多くのミュージシャン達が教会に通って下地を身につけていたということは周知の事実ですので、そうとも言えるのですが、とはいえ、やはり努力の賜物としか思えません。彼らのような複雑なズレを生み出すには正確なリズム感(≒タイム感)なしには不可能だからです。そして複数のリズムを同時に感じていくスキルも必要です。実際にChris Daveはテクノを再現した、無機質なほど正確で力加減もほとんど変わらないようなドラムを叩いたりもしており、それを交互に組み合わせたりしています。アフリカ系の人々がこれまでにアメリカで受けてきた辛い出来事を思うと、あくまで一個人の意見ですが、私としては彼らにとってリズムというのはアフリカ人としての財産であり、矜恃を示すようなものの一部とも思えてしまい、やはり尊敬の念を感じざるを得ません。

アフロビートと新世代UKジャズを繋ぐもの

こんにちは。


Fela Anikulapo Kuti(通称フェラ・クティ)の片腕として、アフロビートの黎明期を支えた名ドラマー、Tony Allenと、同じく同ジャンルを世に広めるも、惜しくもこの世を去った奇才トランペッター、Hugh Masekelaが2010年に行なったセッションを収録したアルバムが、弊社オンラインショップでも入荷しています。

いわゆる熱いアフロビートというよりも、最後まで両者がクールで洒脱な雰囲気を貫いているところが本作の魅力なのですが、Ezra CollectiveのJoe Armon-JonesやKokorokoのMutale Chashiをゲストに迎えて完成させたという点も意義深いと思います。彼ら新世代UKジャズミュージシャン達は、アシッド・ジャズの流れを汲みながら、ヒップホップやR&Bといったブラックミュージックだけでなく、エレクトロニカやドラムンベース、グライムといったUKならではのカルチャーを積極的に取り入れ、さらにオーセンティックなアフロビートやレゲエ/ダブを展開するところがUS勢とは違った魅力として現れていると思います。




これには、80年代にUKで活躍したバンドThe Jazz WarriorsのメンバーGary Crosbyによって1991年に設立されたアーティスト開発プログラム、Tommorow’s Warriorsの存在が大きく関係しています。このプログラムは、ジャズの音楽教育を通じて芸術活動全体に多様性を促進させることを理念に掲げて、無料で若手ミュージシャンの育成を行っており、Ezra CollectiveやShabaka Hutchings、Moses Boyd、Nubya Garciaなど今UKジャズシーンを牽引している人達を多数輩出しています。

ジャズ演奏における技術の指導はもちろんですが、この教育プログラムがUKのアフリカ系ミュージシャンを育成するところからスタートしていることもあり、アフリカのカルチャーを伝えることにも注力しているそうで、まさに彼らがアフロビートやレゲエ/ダブに傾倒していることにも合点がいきます。


つい最近弊社オンラインショップに入荷しました、アフリカ文化を掘り起こし、そして独自に混ぜ合わせたような内容を披露したShabaka Hutchings率いる、Shabaka & The Ancestorsの新作もまさにそのことを意識させます。

また、グライムやアフロビートだけでなく、サンバのようなリズムがあったり、Radioheadのような音楽性とダークな雰囲気も併せ持ったりと新たな領域へと踏み込んだ傑作をリリースしたMoses Boydについて、今回のお話に合わせて是非見ていただきたいものがあります。


https://youtu.be/zNru-AhcBwo


こちらはBoiler RoomとGuardian Gatewaysの企画で2016年のものですが、Tony Allenが彼にドラムを指導しています。このように巨匠が若手の精鋭に伝授している姿は、先述のTony AllenとHugh Masekelaのアルバムや教育プログラムの話とも重なり私としては感慨深い気持ちになりました。歴史もしくは文化(カルチャー)の継承について、どうして人はこれをしようとするのか、どうしてこれを大切にするべきなのか。新しさとは何か。そもそも文化とは何か、さらには人とは何かなど、哲学的なことをついつい深く掘り下げて考えてしまいます。


単純にかっこいい音楽か、聴いていて気持ち良いかという観点はもちろんですが、こういった背景の部分も考えながら改めて聴いてみても、音楽の面白さが増しますね。