スタッフ「岸 卓司」の記事

晴耕雨読

こんばんは、



岸でございます。



いつもブログをご覧いただき



誠にありがとうございます。



先日も来店されたお客様から『ブログ見てます。』


いただきました。



励みになります。



昔から褒められて伸びるタイプだと思っております。



さて、


今回は前回の投稿に関連した書籍をご紹介。




〈BESPOKE STYLE〉

長谷川喜美 著


メンズファッションに関する記事を数多く執筆している著者。



私も何冊か所有しております。



コチラは過去、雑誌などに掲載した記事に追加取材や加筆修正をし一冊にまとめたもの。



たしか4〜5年前に発行されたものだったかと記憶しております。



英国のビスポーク文化を継承してきた新旧の名店14店が紹介されているコチラ。



写真も多く読みやすい内容となってますので、



前回のブログで



先ず〝ビスポーク〟とは何か?



に興味を持たれた方には



比較的入りやすい一冊かと思います。



梅雨のこの時期、



晴れた日に鍬を持つ方も持たない方も



雨のお供に如何でしょうか。




では、


また次回。





取扱商品やスタッフのリアルな着こなしを毎日更新、当店のインスタグラムもお願いします。

ダルクオーレと伊藤、時々岸 完結編その弍

こんばんは、


岸でございます。


気が付けば前回の投稿からはや3週間。

毎度ながら投稿が遅れましてあいすみません。


では、


前置きなく早速参ります。


【前回からの続き】

ー例えばどんなリクエストしたんですか?


伊藤

えーっとね、例えばこうゴージラインの返り位置を高くしてVゾーンを狭くしたりとか、あとは今の流行りみたいに、その当時は余りなかったんだけど股上をすごく深くしてみたりとかをね、言ってみたら『いいんじゃないか。』って言って貰えたんですよねぇ。あとは、カバードコート作ってみたり、Pコート作ってみたりもしましたしね。


ー伊藤さんコート着ないじゃないですか!笑


そうなんだけどねー 笑

カバードコートはね、ダルクオーレさんにねオーダーのイメージが伝わらなかったので、写真を撮っておいてオーダー会の時に見せて作って貰ったんです。ステッチはこうでフェルトをここに張ってとかね。


ーそのコートってMR  BEAMSで手に持ってたアレですか?


あっ、そうそうアレ。アレを作ったの。


ーじゃあ、そのコートも含めて今までダルクオーレでオーダーした中で一番印象に残っているのは何ですか?


何だろう?なんか、オーダー会はもうね、一年に一回だからクリスマスみたいな感じでもうワクワクしながら、もうすぐだ。みたいなねぇ、そんな感じなのでどれがっていうのは難しいですねぇ。でも、ダルクオーレさんってとてもサービス精神が旺盛な方でね、夏のオーダー会に次のオーダー会で秋冬のこういった生地でオーダーしたいっていうと、ちゃーんと探して持ってきてくれるんですよね。その時にあのー、どこの生地かは忘れちゃったけど、何とも言えない色の緑のツイードの生地、アレは700gぐらいあったのかなぁ、それで作ったのが印象的ではありましたねぇ。


ー700gってコート生地レベルですね。ジャケットを作ったんですか?


えーっとね、スリーピース。


ー700でスリーピース!?


はい。そういうのをね、リクエストしておくと探してきてくれるんですよぉ。


ーそのぐらいの目付だと英国生地ですかね。


そーですね。何処のかは分からないけどイギリス。あとはね、大体勧めてくるのはイタリアの柔らかい生地よりかはイギリスの生地が多かったですね。多かったっていうよりそれしか勧められなかったっていうね。笑 ロンドンハウスっていうぐらいだから英国に対して敬意を払うというかねぇ。それでね、その勧められる生地の中から知らないメーカーの物とかもあって、あー、こういう生地もあるんだぁ。とか、それで知って勉強にもなってましたねぇ。


ーなるほど。ダルクオーレさんはサービス精神が旺盛って話が出ましたけど、他にもエピソードって何かありますか?


うーんとねぇ、凄く寡黙な方でしたねぇ。寡黙なんだけど、その人に合うスタイリングを提案するのが上手でしたね。後はイタリア人特有のいい加減さが無いというかね。真面目でしたね。



伊藤ビスポークのダルクオーレジャケット



ーいい加減さという話が出ましたけど、ビスポークしたら注文した色と違うのが上がってきたとか色々聞きましたけど伊藤さんもあったんですか?


ありましたね。笑 それはもうねぇ、つきものというかね。最初にオーダーしたアットリーニの時もサイドベントでオーダーした筈がセンターベントで上がってきたり、Pコートがサイドベントで上がってきたりね、笑 なんでそうなっちゃうんだろって思いましたけど。


ーあるあるなんですね。笑




靴もねぇ、ブラウンで頼んだらブラックで上がってきて。まぁ、そういうのがありましたかねぇ。まぁ、ダルクオーレさんでもそういったことがなくはなかったけど、サイズバランスに関しては間違いはなかったですね。


ー性格なんですかね。


なんでしょうね。笑 最近は余り聞かなくなりましたけどねぇ。性格というか、ダルクオーレさんは聞いたらね、『俺も洋服が好きでお客様が仮縫いをしてイメージ通りカッコよく仕上がった時は嬉しいんだ。』って言ってましたね。


ーでは、色々とビスポークしてきた中で得たことって何ですか?


得たことは、色々とあるんだけど、先ず自分の体型を知れたこと。自分の弱点を洋服で克服できるようになったこと、首が長くてその為に台襟を高くして見え方を工夫してみたいとか、そういうことを積み重ねていくうちに自分という物を知って、自分のスタイルっていうのを築けた。ってとこかなぁ。自分スタイルっていうかね。確立されたのかなって気はしますね。




ーそーですね、伊藤さんのスタイルは誰が見ても分かるくらい確立されてますけど、それは昨日今日出来たんじゃなくてお金と時間を使って出来上がったものなんですね。


あとはね、ビスポークを20年くらいやってると同じブランドでもその時その時で少しずつ違いがあってね、この頃の方が良かったなぁとかねそういうのもありますね。アットリーニだと最初の頃の方が良かったなぁ。とかね、車だとケンメリとかハコスカもいいけど今のスカイラインもいいよね。みたいなね。

でね、若いスタッフにもいうんですけどね、例えば服で年間70万使う。と、そうしたらね、ビスポークをね一着でも作って後はシャツとかは古着とかで間に合わせちゃってね。あっ、そんなこというとシャツが売れなくなって怒られちゃいそうだけど。笑 


ー怒られますね。笑


それを続けていくとね、そうすると10年後には長〜く着れる物だけが残ってそれだけで着回せちゃうようになるからって。そのいう話をするんですよ。

そうすると楽しみも増えますでしょ。歳取るとトキメキみたいなのって段々なくなってくるけど、小さい時にお祭りでおじいちゃんから千円貰って何買おうかってワクワクした感じでね、今年もダルクオーレ来るぞ、何作ろう。って楽しみがあるんですよ。人と共有する楽しみではなくて自分だけの楽しみ、なんていうか自分へのご褒美みたいなね。それが自分にとっては価値があるものだし、コレクションだし。だから今だに20年前の初期に作ったものも着てますしねぇ。色褪せないですからね。色々な意味でセンスを磨ける場所ですよ。



まさかの同じ生地の色違い!


あとはね、そのビスポークの巨匠たちからも色々と教えて貰いましたね。パニコさんからはね、通訳さんを通して話してくれたのは、『俺たちも英国を見ているんだ。ブリタリアンスタイルなんだよ。ロンドンハウスも出ているしね。だから君もイタリアを経由するんじゃなくてイギリスを見た方がいい。』って言われましたねぇ。あとは当時としては珍しかったんですけどぉ、ラルフ ローレンとかを見てインスパイアされたのをナポリスタイルで作るっていうのも教えて貰ったんですよ。今でこそブームですけどずっと昔にね。そういった感じで、パニコさんは色々知ってましたねトラッドのこととかも色々。


ーただ仕立て屋として優れていただけじゃなくてセンスも優れてたんですね。


そうですね、パニコさんは絵画とか美術館とかも好きでしたしね。そういった意味ではパニコさんは一番凄かったですかねぇ。


ー口髭生やして怖い感じでしたよね、何回か丸の内【ビームス ハウス 丸の内】でお見掛けしましたけど。


そうですね、実際でも怖い感じでした。笑

ビスポークやってた最後の方はパニコさんはもう結構なお年でしたけどやっぱりカッコ良かったですよね。


ーすみません、また話を少し前に戻しますけど、そのそれぞれのハウススタイル、アットリーニでもダルクオーレでもそれぞれのスタイルが有ると思いますが着ると伊藤さんのスタイルに見えてしまうのは何かあるんですか?


えーっと、それはねぇ、もうオーダーがというよりは上がってから修理しちゃうからですね。


ーハイ、知ってますが。詳しくいうと?


あの、背中は広くしてウエストは絞るんです

。前と後ろの比率を変えちゃうんですよね。

身幅を詰める時にサイドで詰めずに割腹とかダーツを使って詰めて背中の方の運動量は確保して前はタイトにするみたいなね。

※読んでいる方には分かりづらく伝わりにくいと思いますがご了承ください。


ーそれは色々と修理していく中でそこにたどり着いたんですか?


そーですね、鏡の前で自分でピン打ってみて、あっ、これカッコいいじゃんみたいな。

でも周りからはビスポークしてんのに作った人に失礼じゃないのか。なんて言われたりもしてね。苦笑 それでも納得する迄やっちゃうんですよねぇ。


ーじゃ、修理代だけでも結構な額いっちゃいますね。


そうなんだけど、ここ2年くらいはオーダーしてないですからね。だから次にダルクオーレさんの娘さんのクリスティーナさんが来るのが楽しみなんですよね。仮縫いもありますしね。

その為にお金を貯めて作ってね。手元に残るもの作るとね、あのーいま色々と言われてますけど、やっぱり地球にも優しいと思うんですよ。天然のものを使って修理しながら長く使ってね。クローゼットの中が着ない服でパンパンになるよりはいいと思うんです。その代わりシャツはね、これはオーダー品で無ければコレはもう消耗品と考えてね。


ーまぁ下着ですしね。


そうですね、でもソレも棄てる時は釦を全部外してから棄ててますね。資源ですし、だから家にいっぱいありますよ釦。でもまぁ一年に一枚捨てるか捨てないかぐらいですけど。


ーはい。では、最後となりますが、このブログをご覧になっている方へ改めてビスポークの魅力とは何かをお願いします。


そぉーですねぇー、まぁ色々とあると思うんですがスミズーラとビスポークって同じようでいてだいぶ違うと思うんですよね、ビスポークって直訳すると〈叶える〉とかって意味もあったりして。オーダーする側にもある程度の責任があると思うんですよ。コレはよく私は床屋さんに例えるんだけど、やり取りが上手くいかないと思ったようなカッコイイ髪型になりませんよね。って。なので、提案はしてもらうけどもコチラも提案を聞いて自分の希望を伝えてお互いに言い合ってね。それで仕上がってくる迄の時間も楽しむ。その楽しさですかねぇ。魅力といえば。






ハイ。


と、


以上がインタビュー内容です。


誰かがいってました、


『洋服はお金で買えるがスタイルは買えない』


『情報や知識はネットで手に入るが〝経験〟はネットでは得られない』


などと。


〝スタイル〟〝センス〟〝らしさ〟


って何でしょう?


ひとつ言えるとしたら、それは人から与えられるモノでは無いということでしょうか。

今回伊藤にインタビューして改めて思いました。


勿論、色々な服や物を買って自分の引出しとなるアイテムを増やすのもいいことですし、買って着てみないとスタイルがそもそもの確立出来ないところもあったりしますので、あくまでも伊藤という人物、スタイルが確立される迄の年表としての一つの例として参考にしていただければ幸いです。












長い期間に渡り今回のブログにお付き合いいただいた皆様、誠にありがとうございました。


今回のようなインタビュー形式は思っていた以上に文面に起こすのが面倒なのでもう二度と同じ形式でやることはないかと思いますのでご安心ください。



インタビュー後にそれぞれのダルクオーレビスポークスーツを身に纏っての2ショット姿。




それでは、


また次回。







ダルクオーレと伊藤、時々岸 完結編

こんばんは。


岸でございます。


大変お待たせしました。


前回からかなり間が空いてしまいましたが、一部の方に好評をいただいていると噂に聞いた〝伊藤の人気に乗っかり企画〟の完結編をお届けします。


今回は伊藤にインタビュー形式でオーダー遍歴について根掘り葉掘り聞きましたので、その内容をお届け。



長文となりますので、お時間のある時にでもお読みいただければと思います。


それでは、



岸 

ーでは、早速ですが伊藤さんが最初にビスポークしたのはいつぐらいの何でしたか?


伊藤 

はい、初めてのビスポークは、約20年前に銀座店【ビームス銀座】でアルバイトしてた時に、これはビルポークではないんだけども、スミズーラでCesare Attolini〈チェザーレ アットリーニ〉でジャケットを作ったのが最初ですねぇ。


ーシングルですか?


そう、ネイビーのシングルでパッチポケット。お客様提示額で30万くらいだったかなぁ。これは今でも現役で週に一度か二度は着てますねぇ。


ー今だに現役だったらもう十分に元は取ってますね。


そーですね。笑 気に入って着てますしね。


ーAttoliniはその頃も既製をやってたんですね。


そーなんです。International Gallery  BEAMSの方で展開してましたね。他にもSartorio〈サルトリオ〉やISAIA〈イザイア〉もやってました。私の中ではAttoliniが憧れでしたねぇ。


ー当時は他にもビスポークをやってたブランドはあるんですか?


Fallan&Harvey〈ファーラン&ハービィ〉とGeorge Cleverley〈ジョージ クレバリー〉をセットでやってましたね。その頃は私はまだオーダーしてなかったですけど。


ーその後は何でした?


何だったけな?笑 多分、Costantino〈コスタンティーノ〉かAntonio Panico〈アントニオ パニコ〉だったと思います。それも銀座店でしたね。でね、今でも後悔してるんですけど、その当時Costantinoがイタリアの名門シューメーカーのGATTO〈ガット〉を連れて来ていて、それが一足から作れたんですよぉ。本当は三足からでないと作れないですけどね。その時にGATTOを作っとけば良かったなぁって言うのが唯一の後悔ですね。


ーGATTOも作れたんですね、幾らくらいだったんですか?


GATTOはねぇ、えーっと、値段があってないような感じで、多分時価だったんじゃないかなぁ。


ー時価!鮨屋みたいだなぁ。 笑


笑 そー、でね、その時に一緒にシャツもオーダーが出来て、それがイタリアで最古のシャツブランドと言われるLOMBARDI〈ロンバルディ〉だったんですよ。で、その時にシャツとスーツを作ったのが初めてのビスポークですねぇ。スーツはこれもいまだに現役で着てますけど、ブラウンの麻のスーツを作りました。


ースーツは幾らくらいでしたか?


これもねぇ、多分30万くらいじゃなかったかなぁ。


ーで、そこからは?


そこからはですねぇ、Panicoですかねぇ。


ー来ましたね、Panico。私も丸の内【ビームスハウス丸の内】でアルバイトで働いている時にオーダー会してるのを覚えてます。Panicoは何着くらい作りました?


Panicoは何着くらいだろ?秋、冬、秋、冬って作ってましたからねぇ、えーっと、いち、にぃ、さん、ご着かな。ジャケットスーツ合わせて。秋冬物が多いですけどね。


ー春、夏はないんですね。どういった生地が多いんですか?まぁでも伊藤さんはベーシックな生地が多いからやっぱりベーシックな雰囲気なものでしたか?


そーですねぇ、ベーシックが多いんだけど、

その頃はねぇパニコさんが選んだ生地じゃないと作らせてもらえなかったんですよ。笑

それでもね、6プライのガチガチな英国の生地とかを選んでもらって。ちょうど今トレンドにもなってるようなね。英国の生地で作るのがいいよって初めて勧めてくれたのがパニコさんでしたね。今思うと。


ーなるほど。その頃はまだFallan&Harveyは作ってなかったんですか?


そう、まだ作ってなくて、Fallan&Harvey もGeorge Cleverleyもねぇ、作るのが私結構遅くて。これもねぇ、もっと作っておけば良かったなぁって思います。




ーじゃ、英国物だとGeorge Cleverleyも作ってました?


作りました。Fallan&Harveyとセットで。


ーサイドエラスティックですか?


サイドエラスティックも作りましたし、あとはねぇボタンナップブーツも作りましたね。


ー伊藤さん、ケリーグラントみたいなショートブーツも持ってなかったでしたっけ?


ありましたね。それは豚革で作りましたね。


ー戻りますけどボタンナップブーツってすごいですね。笑 履いてるのあまり見たことないですけど。


あまり履いてないですね。あれは履くのに時間が掛かっちゃうんですよね、20分くらい。笑


ー20分!笑 しかし、それを作ろうと思ったきっかけはなんだったんですか?


それは当時、先輩に菊地さんって方がいて、もう辞めちゃったんですけどね、その人が履いてるのを見たのがきっかけですね。カッコイイなぁって。


ーそれはあれですか?サンプルとかがあったんですか?あっ、ビスポークだからサンプルはないのか。サンプルはなくてサイズを測ってボタンはいくつでとかイメージを作りながらって感じなんですか?


そう、そんな感じですねぇ、でその時にねFallan&Harveyのスタッフがね、その靴は自分で履く靴じゃなくて召使いに履かせてもらう靴だけどお前は召使いいるのか?って言われたっていうね。笑 そんな事がありましたねぇ。


ー笑


でね、その時に中島さんがね、【弊社メンズドレス部門ビジュアルマーチャンダイザー統括担当 中島信司】ボタンを引っ掛ける道具もくださいっていったらそれもアンティークのを一緒にくれたんですよ。


ーそんな道具もあるんですねぇ。それは20分掛かりますね。笑


でね、それがね、これは嘘か本当か分からないんだけどぉ、オーダーしてから何年後だったか忘れましたけどビームスのスタッフの人とロンドンに旅行に行ったんですよ。そしてね、クレバリーも覗いたらね、それは私が直接聞いたんじゃなくて一緒に行った人が聞いたんだけど、伊藤ちゃん凄いじゃん!って。何が?って聞いたら、伊藤さんがオーダーしたボタンナップブーツの仮縫いを見たデイビッドベッカムが俺にも一緒のを作ってくれって言ってオーダーしたらしいよ。って。


ーえ!マジすか!凄いじゃないですか伊藤さん!世界のベッカムに影響を与えたんですね!


まぁ、本当かどうかは分からないんですけどねぇ。


ー真偽のほどは分からないと。まぁ当時はインスタとかもないですからね。今だったら直ぐにアッ!俺のと一緒だって分かりますけどね。でも、凄いですね。

はい。では、次なんですが、色々と作ってきた中で伊藤さんの中でのイタリア物と英国物の違いって何ですか?


えーっと、今はそうでもないんですけど、当時は英国物は私にとっては着丈が長く感じたんですよねぇ。ショートジャケットでオーダーも出来たんですけどあまりいい顔されないって聞いたんで。じゃぁ作らない方がいいんじゃないか。って当時担当していた先輩スタッフからも言われちゃったりして。苦笑

後はイタリアに比べると構築的というか、肩まわりとかがね。


ーですよね。鎧みたいだっていう人もいますよね。


中にはね。あとは胸にワタを入れてボリュームを出すイングリッシュドレープっていわれるような感じもね。今だとそっちの方が好きなんだけど、当時はねー、そういった雰囲気の物よりはどっちかというとソフトなナチュラルな物の方が、当時は好きでしたね。




ー時代的な背景もあるんですかね。クラシコイタリアブームとか。


うーん、クラシコイタリアブームはもうちょっと後だったですね。LUIGI BORRELLI〈ルイジ ボレッリ〉やISAIAなんかのクラシコイタリア協会のね。流行りましたもんね。


LUIGI BORRELLIでもオーダーはしてるんですか?


ボレリはねぇ、ウチじゃなくて他社でしましたね。


ー凄い、どこでもオーダーするんですね。


それはね、ビスポークじゃなくてパターンオーダーでしたね。仕上がりまで2年待ちましたけど。


ー2年⁉︎忘れられてたんですかね?


どーだったんだろ。オーダーした店の人がわざわざ謝りに来てもらっちゃって。

で、LOMBARDIはビスポークですね。仮縫い付きのね。


LOMBARDIはどんな型を作ったんですか?


型はねぇ、周囲は反対したんだけどねドゥエボットーニで作りました。当時はドゥエボットーニはちょっとダサいってイメージで、それで反対されたんだけども、中村さん【弊社ディレクター 中村達也】がね、伊藤は首が長いからいいんじゃないかって。いってくれてね、そこからですねドゥエボットーニを着るようになったのは。で、無地だったりチェックだったり、何枚ぐらいだろ?7枚ぐらいは作ったのかな、今も着てますけどね。後は襟を替えたりしながらメンテナンスして着てます。


ー?エリを替える?


あのー、襟をね、生地が駄目になってくるとね、オックスだったらオックスの生地だけを買ってきてね、付け替えるんですよ。型紙を取っといて。クラシックカーみたいに駄目になったパーツだけ交換するみたいなね。


ーへぇーっ、そんな事出来るんですね。


で、パニコさんの時はAnna Matuzzo〈アンナ マトォッツォ〉を作りましたね。これもねパニコさんとセットでやってましね。Anna Matuzzoはパターンオーダーでした。6万くらいだったかなぁ、コレも直して着てますね、襟が駄目になっちゃったから今はクレリックになってますけど。笑




ー伊藤さんすみません、話しを戻しますけどエリを直すって具体的にどうやるんですか?エリだけ作り直すんですか?他のシャツのエリを移植するんですか?


えーっとね、移植というかね、襟の表の生地だけを替えるんですよね。裾だったりとか生地を取れる所から持ってきたり、無ければ生地だけ買ってきたりして貼り替えるんです。まぁ移植かな。笑


ーへぇーっ、なるほど、そんな事が出来るんですね。サスティナブルですね。


で、最近はね、これは最近知ったんだけどね、このねヨークからも取れるみたいなんですよ。【身振り手振りで説明する伊藤】これはまだやったことないんですけど。


ーあー、ヨークが2枚仕立てになってるシャツから生地を取れると。それにしても色々手出しますねー。Anna Matuzzoはあれですよね、Matuzzo女史ですよね。私も既製で持ってます。




そうそう、でもAnna Matuzzoで作ったのは一回だけですね。


ーなるほど。すみません、本題DALCUOREになりますけど、DALCUOREは順番的には最後ですか?




最後ですね。これはね、丸の内【ビームスハウス丸の内】でしたね。


ー計何着くらい作ったんですか?


何着くらいだろ、これもねぇ秋冬が多いんだけど、うーん、、15着くらいかな?


ー15⁉︎


まぁでも、1年に1着か2着っていうのを10年続けてたらこうなってったっていうねっ。

1番最初にオーダーしたのも気に入って着てますしね。




Cesare Attoliniに始まりDALCUOREと来ましたけど、仕様の違いというか作りの違いっていうのはどうなんですか?なんか伊藤さんが着るとどれも一緒の見え方するんですけど。


あっ、それはねぇ、そのあとに修理しちゃうからかしらねぇ。笑

でね、今までやってきてイタリアの巨匠の中で唯一リクエストを聞いてくれたのが、ダルクオーレさんでしたね。





と、ここですみません。


今回で完結しようと思いましたが、思いのほか長くなってしまったので続きは完結編第二弾として近日中にお届けします。


いったい伊藤はどんなリクエストをしたのか?

では、


また次回。






ダルクオーレと伊藤、時々岸 其の弍

こんばんは。


最近、近くの物がやたらと見えづらくなりました。


老眼デビューを果たした岸です。


さて、


伊藤の人気に乗ってしまおうという魂胆が見え見えな企画の第二弾をお届け。


私の意図を察してか、


伊藤から


「岸ちゃん、今日ダルクオーレ着てきたから。」


とのお言葉。


アザス!


優しさ溢れるパイセンの姿を


カメラにおさめました。


コチラ、




ダブルのブレザースタイル。


ネッカチーフが自然でいいですね。


下手するとやり過ぎ感を出しそうなアイテムをサラリと使うのが伊藤らしさ。


因みにシャツはルイジボレリ、ネッカチーフはバタクとの事。




キリッ!



更に別の日、


またしても伊藤からお声掛けが、


本当にお優しい。




ん、前回と同じじゃ?




アっ、失礼しました。

前回はダブル、今回はシングルのブレザーですね。


勿論、ダルクオーレのオーダー。




ポイントは高くしたラペルの返り位置との事。


「ここねッ、ここ。」




分かりづらい所ですが、


伊藤の拘りが伺えますね。




やっぱりバックショットも撮っときましょ。


相変わらずいい背面具合。


伊藤のコーディネートはシンプルですが、シャツの襟の高さや出し具合、デニムのサイズ感や丈などシンプルだからこそ余計に伊藤らしさが伝わってきますね。


因みにシャツはオーダーかと思いきや古着で、デニムは古着かと思いきや現行品だそうです。


はい、


如何でしょうか。


次回はいよいよこの企画の最終回をお届けします。


では、又。






ダルクオーレと伊藤、時々岸

こんばんは。


岸でございます。


久々の投稿となりました。



少し前の話しになりますが、

当社でも取り扱いのあるダルクオーレの創業者であるルイジ、ダルクオーレ氏が亡くなられました。


既製服は勿論、オーダーでも数多くのお客様やスタッフから好評をいただいていたダルクオーレ。



改めてお悔やみを申し上げます。



ダルクオーレの品、私は既製服では購入しておりませんが、前々からオーダーが気になっており、


一昨年オーダーしました。




そして半年後の仮縫いを経て暫く前に届いたのです。


私のもとへ。


春夏様の生地という事もあり暫く寝かせ熟成。


そして時期到来。


採寸はやはりこの人にお願いしました。




Mr BEAMSのMr伊藤。


全国でも数名しかいないサービスマスターの称号を持つ伊藤。


そんな伊藤がダルクオーレを数多くオーダーしているのは有名な話。




採寸した当日もダルクオーレでオーダーしたスーツを着用してたのでパシャリ。


もう似合うとか似合わないとかとの次元を超え伊藤の〝物〟になってますね。






バックスタイル。




綺麗に収まってます。


服の事をセカンドスキンなどと言ったりしますが、

まさにそんな感じです。



折角なので2人並んでみました。




足の向き!


合わせた訳ではありませんが、

しがちです。


私のスーツ、何故かパンツが既にダブルで仕上がって納品されたのでそのまま履いてみました。


少し長いくらいですが、折角なのでこのままにしておこうと思います。


修理が仕上がりましたら又、スタイリングなどに上げてみたいと思います。




それでは、


また次回。












新宿の屋上事情

こんばんは。


岸でございます。


題名を見てピンと来た方、


通ですね。


そうです。


横浜辺りを始め一部の方に好評?をいただいているシリーズ。


〝屋上事情〟


再びの新宿編をお届け。



昔の人は言いました。


【馬鹿と煙は高いところに行きたがる。】


はい。その点では私は自他共に認める馬鹿。


しかし、


バンジージャンプとかは嫌い。


適度な高さが好きな馬鹿。


で、


当店の目の前丸井の屋上庭園をご紹介。




庭園。


8F迄上がりそこから階段を上がると、




緑、ミドリ、そら。




地上の喧騒が嘘のような世界。




空が広くて高いなぁ。






春、感じます。


 


ラベンダーでしょうか。多分。


花に疎くてすみません。


綺麗に咲いてました。




ソーシャルディスタンスを保ちながら寛ぐ猫たち。


これからの季節は特に気持ちいいと思いますので、新宿でのお買い物の休憩などに使ってみては如何でしょうか?


その際は目の前のビームスにも是非お立ち寄りくださいね。


お待ちしております。




では、


また次回。





あらためまして

こんばんは。


岸でございます。


この度、横浜から新宿へ異動してまいりました。


当店のブログ王吉井の紹介でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、宜しくお願い致します。



【新宿】



新しい宿、


日本橋から発する甲州街道最初の宿場町は高井戸。


日本橋からは約16キロ。


今のように舗装された道などではなく高低差もある道のり。


皆さん思いました。


「高井戸まで遠くね?」


で、高井戸よりも手前に出来た新しい宿が新宿。


と、物の本にあります。




今や歌舞伎町のある新宿、都庁のある新宿。


なんでもあり。



そんな新宿から私なりのブログをお届け出来ればと思っています。


宜しくお願い致します。


では、


また次回。