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- 八木幣二郎
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(アートディレクター / グラフィックデザイナー)
1999年、東京都生まれ。グラフィックデザインを軸にデザインが本来持っていたはずのグラフィカルな要素を未来からの視線で発掘している。ポスター、ビジュアルなどのグラフィックデザインをはじめ、CDやブックデザインなども手掛けている。 主な展覧会に、個展『誤植』(2022年/The 5th Floor)、『Dynamesh』(22年/T-House New Balance)、『NOHIN : The Innovative Printing Company』(24年/Ginza Graphic Gallery)、グループ展『power/point』(22年/アキバタマビ 21)がある。
Instagram:@heijiroyagi
巨匠たちが信頼する、サンエムカラーの印刷技術。
まずはポスターのお話しに入る前に、前日談として、八木さんと「サンエムカラー」の出会いから教えてください。
八木 「滋賀県立美術館」から、『滋賀の家展』っていう企画展のデザインのお仕事をいただいたことがあって。そのとき、印刷所は関西の会社っていう決まりがあったので、「関西ならサンエムさんでしょ」と思って、「サンエムカラー」にお願いさせてもらいました。
松井 私が担当につかせてもらって、それが八木さんとの初めてのお仕事でしたね。
その前から八木さんは「サンエムカラー」のことをご存知だったんですね。
八木 グラフィックデザイナーがブックデザインを手がけた、巨匠の写真集や画集の奥付などを見て、会社のことは知っていました。凝った印刷しているなと思った本は大体「サンエムカラー」が印刷されていたので。ぼく含め若手のデザイナーにとっては、「サンエムカラー」に印刷をお願いするというのは、ちょっとした夢みたいなものなんです。
八木さんから見て、「サンエムカラー」のどこがすごいんでしょうか?
八木 まず、写真をはじめとした印刷がびっくりするほどうまいです。他の印刷会社だと、最初の印刷は薄めに色が出て、そこからどんどん上げていくんです。でも、ちょっとずつしか上がらないことが多いのと、やっぱり色が薄い状態から上げていくと元々のイメージとの差異が出てしまったりして。でも、「サンエムカラー」は一発目で全体の色がすごく濃くでるんですよね。色の調整もすごく早いですし。
松井 うちは図録やアートブック、写真集、展覧会ポスター、複製画などの美術印刷をメインにやっているんですが、八木さんのおっしゃったパキッと色を出す印刷というのは、創業者(『サンエムカラー』の現会長兼社長、松井勝美さん)が会社をはじめた頃からこだわっているところですね。
色を濃く出すというのは、他であまりやらない印刷なんですか?
松井 印刷においては、当時は主に油性インキを使用していたこともあり、インキは盛れば盛るほど艶が出てきれいと言われていました。一方で、盛ること自体がリスキーで、色のコントロールも難しくなる。それでもとにかく盛って、高濃度かつ高繊細なボリュームのある印刷ができないかということを模索し続けたことが、「サンエムカラー」の印刷のルーツになっています。
八木 普通は色の濃度が上がると細かな表現が無くなってしまうものですけど、そこを両立できているのが「サンエムカラー」のすごさですよね。
それが多くのクリエイターから信頼されている理由のひとつでもあると。
松井 あとは八木さんのような印刷にこだわりのあるクリエイターの方とお仕事をするときは、データが複雑な場合もあるので、印刷する前に版をつくる製版作業が重要になります。その際、色を補正したり切り抜いたり、画像処理をするんですが、うちの画像処理のオペレーターはそうした特別なケースにも慣れているんです。
個人的には、最終的な印刷物のできを決めるのは画像処理だと思っているので、オペレーターの技術の高さ、経験値という部分も評価していただいているのかなと思ってます。
アートピースとして機能するポスター。
そんな「サンエムカラー」で印刷していただいたこちらのポスターは、先日の『TOKYO ART BOOK FAIR 2024』で配布させてもらいました。用意していた分が全てなくなるほどの人気ぶりで。八木さんはどんなイメージでデザインされたんですか?
八木 普段から3DCGという手法を使ってデザインをつくっていて、これもそうです。アイデアとしては、カメラの焦点を結構浅めに設定して、焦点が合う手前の部分だけで作字する、というのがベースになっています。その上で、“BEAMS CULTUART”という文字をデザインしました。
ガラスや水のようなテクスチャーですね。
八木 3DCGでレンダリングするとき、ガラスマテリアルのような透過性の高いものを入れると、 ぼくのつくり方だと光の屈折の計算がすごい複雑になるので、自分が想像していなかった色とかが出てくるんです。そういう風にランダムの変数を入れるのが楽しくて。画像から紙媒体になるときも色や印象が変わるので、今回は2つのランダムを掛け合わせた感じですね。
松井 どうしても元データの画像と、実際の印刷物がまったく同じものになることはないですからね。毎回印刷の仕方が変わるので、刷ってみないとどのような仕上がりになるか分からないものなんです。でも、八木さんは印刷すると紙面でどうなるのかという想像力がスバ抜けていて、驚きましたね。
八木さんのポートフォリオの中で、ポスターまで印刷するというのは珍しいですか?
八木 あまりないですね。クライアントワークで、ポスターを印刷することはすごく少ないです。いまのポスターの立ち位置は、広報物というより、アートピースのようなものになってきている印象があります。 昔と違って、いまではある程度“きれいに”印刷することが当たり前にできるし、ほとんどのひとがきれいなものに目が慣れていると思うんですよ。
だから、今回のポスターは入稿したデータ通りに印刷したものと、もうひとつ、印刷上でノイズをのせて一点一点違いを出したものの2種類をつくりました。
一点一点の違いというのは?
八木 全てのポスターが一点物として機能するようなものをつくれないか、という話で。大量印刷=きれいな印刷というのが普通ですけど、大量印刷だけど一点一点表情が違うものをつくりたいなと思ったんです。すごく難しい相談に対して、特殊な印刷方法で対応していただきました。
具体的にどのような印刷にされたのでしょうか?
松井 印刷に使う水と油のバランスを変えたり、CMYKのインキ量をそれぞれ上げ下げする形をとりました。4色のうち、イエローだけをガッと多めにすることもあれば、マゼンタを抑えたり。普段なら一定にする要素をあえて崩すことで、ポスター1枚1枚にランダムにノイズが出るようにしたんです。こういう方法で印刷をすればノイズが出るというのは、八木さんもご存知でしたね。
八木 原理的には絶対可能なことだとは思っていたんですけど、対応してくれる印刷会社が少ないんです。
それはどうしてですか?
八木 印刷機の中身が汚れる可能性があるし、そうなると、次の印刷に影響が出てしまうんです。そもそも印刷物というのは、機械の構成上、その前に刷った別の印刷物から色の影響を受けるものなので。そんなイレギュラーな印刷も「サンエムカラー」さんは快く受け入れていただきました。
松井 いまは印刷機やシステムはどの会社もあまり変わらないので、アーティストさんが求めることに対して真摯に向き合うというのは会社として大事にしていますね。
その辺りも柔軟なんですね。それにしても、ポスターのオレンジの枠が効いてますね。
八木 これ、オレンジ色の紙に刷っているんです。オレンジのラインは、印刷機で紙を送り出すときに掴まないといけない部分で、インキを載せることはできないから本来はトンボをつけて断裁処理するんですが、それもデザインの一つとして採り入れてみました。
あとは、オレンジ部分を裁断してしまうと、ただの4色刷りに見えてしまうので、オレンジの紙を使っていますよっていうネタバラシ的な意味合いもあります。裁断をしていない分、今回のポスターは菊判の全紙サイズという特殊なサイズで、市販のフレームには入らないのが難点ですけど(笑)。
印刷のいまとこれから。
八木さんの使う3DCGというメディアは、完全にイメージの世界ですが、ある意味対極であるフィジカルな印刷物にここまで興味を持たれたのは、どうしてなんですか?
八木 紙がそもそも好きだということもあるんですが、グラフィックデザインを始めたときに、初めて自覚を持ってデザインとして触れたのが、特殊装丁や特殊印刷を施したアートブックや写真集だったんです。どうやって印刷しているんだろう、という興味のままに、印刷会社の方に連絡を取って色々と教えていただいたりもしました。
松井 この年齢でここまで印刷に対して造詣が深い方はなかなかいないですね。結構勉強してきたつもりの私でも驚くぐらいなので(笑)。
八木さんの中で印刷したくなるものと、そうでないものの違いはありますか?
八木 そもそもグラフィックデザインは紙媒体について考えてきた仕事だと思っている節があるので、グラフィックデザイナーと名乗る以上、できる限り自分の仕事では印刷をしたいです。実際に、紙ものをつくりましょうとクライアントさんに交渉することもあります。紙質や色を変えたり、何か加工することで、そのアーティストの人となりや作家性を伝えられるのが紙なのかなと。
いまは、みんなパソコンやスマホで画像を見るのが当たり前の時代ですよね。そんな中で、「サンエムカラー」が印刷物をつくり続けていくことに対する覚悟をお伺いしたいです。
松井 「サンエムカラー」では、美術品や文化財の複製などのお仕事もしているんですが、例えば、それがどこのお寺のいつの時代のものかなどは、ネットには情報がないことがほとんどなんです。でも、本にはしっかりと残っているんですよ。となると、本の利用価値は絶対に0にはならない。
段々とニッチな産業にはなっていくだろうけど、技術を培ってきた経験のあるひとたちを大事にしながら、専門的な技術とこだわりを持ち続ければ、一生続けていけると思ってます。
八木 それで言うと、日本の印刷技術は、おそらく世界でトップレベルだと思うんです。海外のデザイナーの方も日本で印刷したがるという話を聞きます。ニッチな細かいところにこだわるというのは日本人の特性かもしれなくて、そうやって培ってきた技術が、いま再評価されているのかなと。
松井 八木さんのように若い世代からも印刷物をつくりたいという方が増えてきている印象もありますね。だから、印刷会社の名前は本の奥付けにしか載らないですけど、最終的には「サンエムカラー」という名前を使わせてほしいと言われるぐらいに印刷会社の価値をあげたいですね。
最後に八木さんからも印刷物に対する想いを聞かせていただけますか?
八木 これだけデジタルなものが溢れていても、いまでもみんなスマートフォンのような板状のものを持っているじゃないですか。ある種の手なぐさみかもしれませんが、結局はそういった物質としてのテクスチャー感や手触りに、人間は依存しながら生きているなと。そこはおそらく変わらないだろうから、均一にきれいに印刷するというよりは、あえてテクスチャーを残したりと変な加工や装丁をする方が、いまは価値があるんじゃないのかなと思っています。
サンエムカラー
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1984年に創業した、京都の美術印刷会社。印刷を通して文化・芸術に貢献することを使命として、文化財のレプリカ、写真集、展覧会図録など、さまざまな印刷を手がける。40年にわたって培われてきた技術と経験は、多くの写真家やデザイナーから信頼を得ている。
Instagram:@sunmcolor