着る
あとで読む一覧 📖
街を歩けば、美しく整えられたウィンドウディスプレイが景色の一部として流れていく。しかし、装飾家・原木さんが手掛ける空間は、単なる「見せもの」としての装飾とは一線を画す。
彼が作るのは、そこに置かれるプロダクトや過ごす人々と対峙し、空気を変質させる「能動的な背景」だ。
「装飾とは、主役を決めて他を従わせる行為」。
そう語る彼の根底には、かつての裏原宿で感じたような作り手の気合が染み出した空間へのリスペクトと、「平均点な綺麗さ」よりも「いびつな違和感」に正義を見出す、確信めいた遊び心があった。
単なる空間構成にとどまらず、その場に流れる空気やブランドの意思を視覚化する「装飾家」として活動。
街中の何気ない補修跡や生活の知恵から美を見出す独自の視点を持ち、機能と装飾の境界を鮮やかに彩る。
Instagram|@haraki_kenta
もともとは洋服の世界を目指されていたんですよね。
原木 そうですね。最初は洋服屋になりたかった。当時は漫然とでしたが、洋服に関わる仕事がしたいと思っていて、「杉野服飾大学」で勉強してテキスタイルデザインの仕事に就きました。下着の柄を描いたり、ずっとパソコンの前で作業する日々。
そこから装飾家の今に至る経緯は?
原木 飽きちゃったんですよね(笑)。「もっと直接、自分の手を動かしたい」っていう欲求がどんどん強くなって。
仕事のルーツでいうとここになると思うんですけど、〈NEPENTHES(ネペンテス)〉のコラムを読んでいたら、そこにお店の内装をやっている会社が人を募集していて。「ここだ!」と思って門を叩いたのがスタートですね。もしあのコラムに出会ってなかったら、僕は装飾家になっていないと思います。だからルーツは「洋服」です。いろんなことの価値観を洋服を通して学んできたという思いはあります。
「作る」という工程まで自ら引き受ける今のスタイルは、その時から?
原木 はい。前の会社が設計から製作まで一貫してやるスタイルで、それを引き継いでいます。世の中には設計だけの人も多いですが、僕は圧倒的に手を動かしたい。小学生の頃の「図工の時間の続き」を、たまたま仕事にしているような感覚ですね。
装飾家14年という歳月の中で、ご自身の中で「装飾家とは」という定義に変化はありましたか?
原木 変わってるかなぁ。……でも、求められているものはやっぱり時代で変わっている気はします。インスタグラムの登場は大きいですよね。写真でコミュニケーションを取るようになった。分かりやすく言うと、7〜8年前の「インスタ映え」って言葉が出てきた頃は、もう盛んにそれを言われて……。
逆に今は、現場での「リアルな接点」に価値が戻ってきている感じがします。ネットで買えるのが当たり前になっているからこそ、わざわざ「行く」という体験に、人は意味を見出し始めてるんじゃないかなと。コロナ禍でオンラインショップが商売敵に見えた時期もありましたけど、今はより切実な場所を求められていると感じます。
原木さんの掲げる「装飾とは、主役を決めて他を従わせる行為」という言葉。かなり強いですよね。
原木 あんまり平均点を取れるものは好きじゃないんです。綺麗に調和したものは景色として流れてしまう。意識をギュッと集めるには、六角形のレーダーチャートが少しいびつなぐらいがいい。その「違和感」こそが僕の中での正義。「何を伝えたいんだろうな、何を伝えたい空間なのか」を刻むために、あえて調和を崩すんです。
「違和感」のヒントはどこから得ているのでしょうか。
原木 日常の風景ですね。自転車で走っていて、道路にネギが落ちていたら、スーパーにあるよりはるかに目立つ。場所と組み合わせを変えるだけで、モノの印象は激変するんです。割れた窓ガラスを赤い養生テープで直しているのを見て、「なぜ赤なんだろう?」と気になってしまうような。そういう「狙っていない、そうならざるを得なかった本物の違和感」には勝てない。それを僕は演出として拝借したいんです。
ただ、こうした自分の感覚を明確に言語化できたのは、〈VAINL ARCHIVE(ヴァイナル アーカイブ)〉のデザイナー・大北幸平さんとの出会いが大きかった。もともと違和感を求めたい気持ちは自分の中にありましたが、大北さんの視点に触れることで、それが確信に変わったというか。僕が今、自信を持って「違和感の正義」を語れるのは、彼からの影響が色濃く反映されているからだと思います。
違和感でいうと、今回の『CABINS』では、灰皿のための「小屋」を作りましたね。そもそも、なぜ小屋を?
原木 僕が普段から「小屋」をいっぱい作っているのも影響していますが、小屋は別世界としてアクセスできる場所。人間の心理をパッと切り替えてくれる。
僕が好きな本にも「小屋的なもの」がよく登場するんですが、ニューヨークの工業地帯で生まれたロフト文化のように、機能を持たせるために必要に迫られて生まれたいびつな美しさに惹かれます。
『CABINS』では「日本のテイスト」を意識されたと。
原木 内装のリファレンスで海外の素敵な写真を見せられる機会って多くて、それがずっと悔しくて。日本で流通している「サブロク板」という規格って、日本古来から僕らに染み付いている寸法なんですよ。何を作っても、どこか「日本人っぽく」なる。
それを隠すのではなく、面白がる。
原木 そう。無理に海外の真似をするんじゃなく、その「和」「和風」さえも面白おかしく使い倒しちゃえばいい。当たり障りのないものを作ってもしょうがないんで、どこかに「ふざける余裕」を。それが、自分の役割だと思ってます。
強いていうならの仕事の相棒は?
原木 これ一択、カッターです。鋭角なのがポイントなんです。研ぎ澄まされてるんですよね、めちゃめちゃ。そもそも、作ることって実はそんなに敷居の高いものじゃない。日常を面白くするために、みんながもっと自由に手を動かせばいいのに、って思うんです。
原木さんは、自分自身を「道具」だと言い切る。だが、その道具がひとたび現場に入れば、空間は呼吸を始め、平熱だった日常に心地よい違和感という熱が灯る。
彼が仕掛ける「能動的な背景」に身を置いたとき、私たちは完成された調和よりもずっと豊かな、ものづくりの自由さを思い出すはずだ。
あの子供の頃の自分が、そうであったように。
会期:2026年5月15日(金)〜5月24日(日)
営業時間:11:00-20:00
開催店舗:ビームス カルチャート 高輪
(ニュウマン高輪 North4F)
カルチャーは現象。誰かと何かが出合って、
気づいたらいつもそこにあった。
世界各地で生まれる新たな息吹を、
BEAMS的な視点で捉えて、育みたい。
きっと、そこにまた新たなカルチャーが
生まれるから。