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vol.03
03

Atami and Eatable

写真:山本雄生/文:行方 淳/編集:小澤匡行

熱海を拠点にご夫婦で活動される、
とてもユニークで素敵なブランドです。
ベルギーのアントワープで研鑽(けんさん)を
積んだふたりが、感性を共有しながら、
熱海に腰を据えて創作活動をはじめてから
10年が過ぎ、
その魅力は世界中に届き始めています。
エタブルというブランドを知っていますか?

熱海とエタブル
part.

Part 1

エタブル、
つまり食べられる

エタブルを手がけるご夫婦、新居幸治さんと洋子さんの出会いは、ベルギーのアントワープでした。もともと、日本の美大で建築を専攻していた幸治さんは、建築が身体的なものに強く関係していることに関心を持ち、洋服を学ぶために卒業後に世界的なデザイナーを数多く輩出している名門、アントワープ王立芸術アカデミーに入学。そこで、アメリカの美大を卒業し、アントワープのベルンハルト・ウィルヘルムのアトリエで働いていた洋子さんと出会います。

同じ環境に身を置き、感性を共有しあった二人がブランドを立ち上げるきっかけとなったのは、洋子さんも手伝って完成させた幸治さんの卒業制作。『最後の晩餐』をテーマに衣・食・住のすべてをつなげた作品を制作していた幸治さんは、あることに着目します。それは、昔ながらの手法で作られるものは、結果的にすべて“食べられる”ということ。そこで“EATABLE”というコンセプトにたどり着くのです。

日本に戻った二人は、幸治さんに縁のあった熱海に拠点を構え、2007年にそのコンセプトをもとにしたブランドEATABLE(エタブル)を立ち上げます。展開したのは、鞄を中心とした革製品と洋服。素材に徹底的にこだわるのはもちろん、鞄は幸治さん自らが木型を削って作るというこだわりよう。発想からデザイン、製法にまでその独創力がくまなく発揮されています。

その後、エタブルオブメニーオーダーズと名前を変えましたが、現在は鞄を中心とした革製品を展開するEATABLE(エタブル)と、素材の探究から見いだす「衣」と「食」の繋がりを軸に衣服を考えるEatable of Many Orders(エタブルオブメニーオーダーズ)の二つに分けて展開。そして熱海にEOMO store(イーオーエムオーストア)というアトリエ兼ショップを作り、さらにその世界観を深めています。

EATABLEという言葉の響きだけをとればエコロジカルな要素の強いブランドに思えるかもしれません。このブランドにはもちろんその要素も含まれていますが、決してそれありきではない。そこにはアートに通じる鋭さがあり、ファッションとしての豊かさがある。フェニカが着目するのはそのクリエーションなのです。

Part 2

夫婦の
役割分担について

鞄や洋服を作りながら、美術館でインスタレーションもする。明確なコンセプトをもとにいろいろな角度でクリエーションを展開するエタブルは、ファッションブランドという単純な枠には収まりません。当のお二人は自分たちのブランドをどう捉えているのでしょう? コンセプトの成り立ちから改めて聞いてみました。

幸治さん
「チャップリンの映画『黄金狂時代』の名シーンのひとつに、お腹をすかせた主人公が靴を茹でて食べるシーンがあるんです。それを見て『確かに食べられないことはないな』と思いました。昔のものってほとんどが天然素材ですから。そういったものが自分の中で何か引っかかっていて、ふと“eatable”というワードが頭に浮かびあがりました」。

洋子さん
「名前のせいかエシカルな哲学に基づいたブランドだと思われがちなのですが、“eatable”はあくまでクリエーションのコンセプト。もちろんそれが結果としてエコロジカルなものに繋がるのはいいことだと思うけれど、それありきではないんです」。

幸治さん
「ただ、根底には衣食住を繋げて考えるということがあります。例えばコットン。衣服の素材や家具の生地として使えるのはもちろん、コットンシードオイルは料理にも使えます。ウールも同じように、衣服にもインテリアにもなり、羊は食べることもできる。なんにしても昔から、獲れたものは無駄なく全て使い切るという考え方があったんです。我々も同じような発想で、物作りと向き合っています」。

具体的にこれまでどんなコレクションを展開してきたのですか?

幸治さん
「2018年の春夏は『MIAO BLUE』をテーマにしています。これは中国の貴州省に暮らす少数民族、ミャオ族の人々が、藍染の布に防水のため卵白や豚の血を塗ってピカピカにしてつくる衣服への興味が発端になっています。遡ると2017年の春夏は『spaghetti』。これはその前に展開していた『Bakery』から派生したテーマで、絡まったスパゲッティをあやとりに見立てたデザインを展開していました」。

洋子さん
「エタブルというコンセプトは素材に特化したものだけではなく、色や柄やモチーフといったデザインにも落とし込まれているんです」。

幸治さん
「2015年の春夏は『The Flax(亜麻)』というテーマでした。つまり衣服で言うところのリネンのことですが、僕はそれまで亜麻がどういう植物かも知らずにその素材を使っていたんです。しかし、改めてこのコレクションに向けていろいろと調べてみたら、食用に使われていることを知り、どんな花を咲かせるかも知りました。テーマの普遍的な本質を理解できたことが、そのコレクションの表現に深みと広がりを与えています」。

掘り下げ方と表現の仕方が一般的なファションブランドとは違う印象がありますが…現代アート的なアプローチをされているわけではないですか?

幸治さん
「ブランドと並行して美術館で作品を展示させて頂くこともあるので、チャンネルは分けて考えているつもりですが」。

洋子さん
「幸治さんはバックボーンを考えると、発想の根底にはアート的な目線はあるのかもしれません」。

ところで幸治さんと洋子さんはそれぞれどのような役割分担で?

幸治さん
「基本的には僕がコンセプトを考えてデザイン画を出し、それをもとに妻が具体的な商品へと落とし込むという流れです」。

洋子さん
「幸治さんは物事を深く掘り下げる作業が得意ですが、私はもっとファッション的なことに興味があるんです。彼が作るコンセプトを咀嚼して、私が具体的な商品へと落とし込む。一つのアイデアを展開して、商品としてバリエーションを増やすのも私の役目です」。

幸治さん
「あと僕は木工作業も自分でやり、妻は革の作業もやります」。

Part 3

そもそも、
なぜ熱海に?

帰国後に幸治さんが偶然に縁を得た土地だったとはいえ、海外にも展開するブランドの拠点が熱海にあるというのは、誰しも少しは疑問を抱くはず。そもそもエタブルはなぜこの地を選んだのでしょうか?

幸治さん
「アントワープってまあまあ不便な場所なんです。東京みたいに東急ハンズに行けばなんでも揃っているみたいなことは絶対にない。例えば洋服に貼る芯は、駅の裏にいる髭の生えたおばあちゃんからとか、最初に作る実験用の生地はトルコ人街に行きなさいとか、そういった細かいところまで教授に指示されて買いに行かなければ手に入らないような環境です。でも、それはすごく刺激的な状況だと思いませんか。頭にタオル巻いているちょっと怪しげなお婆さんを訪ねてものを買うんです。そういった経験が残っていて、ちょっと不便なところもいいなって」。

それはクリエイションにも影響を及ぼしていると思いますか?

幸治さん
「ちょっと退屈する時もありますけどね。東京に行ったらやっぱり美術館とかたくさん回りたくなるし」。

洋子さん
「住んでみてわかったのは、熱海にはユニークな方がたくさん暮らしているということ。デザイナーやミュージシャン、映像編集者など、独特な刺激を受けるところではあります。それは作られたおしゃれではなく、自然と面白い人たちが集まっているような」。

幸治さん
「最初の頃は田舎でやっているからダメなんだと、言われた頃もありました」。

洋子さん
「カントリーサイドのクリエーションはハンドクラフトやファミリーといったイメージが先行してしまうから、ソーシャルシーンとしては欠落している印象になりがちなんです。でも私たちは東京がせわしないからとか、田舎がいいからとか、“生活”が先行するのではなく、デザインに対してきちんと向き合える場所にいるということが重要だと思っています」。

洋子さん
「この建物のスケール感は好きです。ここはもともと熱海のコミュニティプラザだったこともあって、とても広々としていて居心地がいい。建築デザイン的にも熱海のバブル期ならではの大胆さがありますし。とても東京ではこんな大きなスペースを借りることはできませんから」。

幸治さん
「アトリエ兼ショップのこのスペースとは別に、木工作業用の小屋も離れたところに借りています。木を切ったり削ったりする作業は音が結構出るので気を使うんですが、そこはここから車で15分程度の離れたところにある山の中にあるので、人の目を気にすることもない。そこはかつて、いろいろなアーティストが集まってコミュニティを形成した場所だったそうです。そういう環境が、熱海には昔からありました」。

洋子さん
「エタブルが掲げるコンセプトの“EATABLE”とは、単純に『食べることができる』という解釈だけではありません。ひとつの素材を知り尽くし、それらが衣・食・住のすべてに関わることを知ること」。

幸治さん
「生きていくことに密接に関わることである以上、テーマは無数にあります。まだまだやりたいことがたくさんあるんです」。

Part 4

熱海で買いたい、
食べたいもの

熱海で暮らし、熱海で仕事をすることで、エタブルの2人には自然と地域との交流と愛着が深まっています。幸治さん、洋子さんが好きな3つの場所とそこにある名物を教えてもらいました。旅の癒しにお土産にと、ぜひリストに加えてみてください。

1.中村屋のこがね餅

もともと熱海の土産物店だったお店を、今のご主人が和菓子屋としてリニューアル。京都の名店で修行を積んだご主人が作る和菓子は、繊細でいながら上品すぎず、しっかりと食べ応えもある。中でも『こがね餅』は洋子さんのおすすめ。「しっとりとした粒餡がぎゅっと詰まっていて、甘さがしつこくない。とても美味しいですよ」。備中産の小豆の濃厚な風味が口に残るよう、皮を柔らかくしているのがこだわり。暑い夏にはくずきりもおいしい。

中村屋静岡県熱海市田原本町5-12
TEL 0557-81-0010
営業時間 9:00~16:30 不定休

2.つばき屋 佐藤油店の椿油

大正8年創業の熱海の老舗。熱海土産といえば椿油であり、椿油といえば佐藤油店というほど、この土地を象徴するランドマーク的なお店のひとつです。「お店の中に機械があって椿の種から油を抽出するのですが、それが食用にもなるしコスメにもなる。エタブルのコンセプトにも通じるものを感じます」(洋子さん)。国内産の椿を原料に用い、未精製によるオリジナルの本つばき油は、環境にもやさしい高級なもの。エタブルはこの佐藤油店の一部をアトリエ兼ショップとして利用しています。すり鉢上に階段があるお店の独特のつくりは、この建物が観光スポットだった名残だそう。

つばき屋 佐藤油店静岡県熱海市銀座町6-6
TEL 0557-81-2575
営業時間 9:00~19:00 不定休

3. 釜鶴ひもの店の干物

江戸時代から続く名店。相模湾、駿河湾のとれたての新鮮な魚を使用し、熱海の日差しと潮風で今も変わらず天日干し。うす塩仕立ての優しい味を求め、全国からお客が来るほど。「熱海のことならなんでも知っている老舗中の老舗。すぐ近くに、和食処「海幸楽膳 釜つる」もあるのですが、そこもとても美味しいです」(洋子さん)。相模湾で獲れた片口イワシを使った、無添加で自家製のフレッシュなアンチョビも、お土産にぴったり。

釜鶴ひもの店静岡県熱海市銀座町10-18
TEL 0120-49-2172
営業時間 8:00~18:30 無休

写真:山本雄生/文:行方 淳/編集:小澤匡行

『Eatable of Many Orders /
EATABLE “MIAO BLUE”』

〜新居幸治&貴州リサーチ
“十人十色 10 Rain coats”〜

ビームス ジャパン 5F「フェニカ スタジオ」と「Bギャラリー」で、ファッションブランド<Eatable of Many Orders(エタブルオブメニーオーダーズ)>とレザーアイテムブランド<EATBLE(エタブル)>のポップアップイベントを共催します。

「フェニカ スタジオ」では、“MIAO BLUE”をテーマに掲げて展開する<Eatable of Many Orders>の2018年の春夏コレクションに、<フェニカ>の別注アイテム5型を加えたラインナップを展示&販売。
「Bギャラリー」ではデザイナーの新居幸治にフォーカス。新作のアートワークの展示に加え、“MIAO BLUE”のコレクションのリサーチのために訪れた貴州やミャオ族のプレゼンテーションを行います。
無類の発想とデザインが融合した服や鞄、そしてさらにユニークな展開をみせる作品群をお楽しみください。

開催期間:2018年6月1日(金) ~ 18日(月)
開催店舗:「BEAMS JAPAN」5階 fennica STUDIO

美しい土地にある、美しいものの魅力や生い立ちを、
フェニカの視点で読み解く。

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