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ビームスが思う理想の男性像

"MR_BEAMS"とは、ファッションをきちんと理解しながらも、
自分の価値観で服を選べる
"スタイルをもった人"のこと。
と同時に、決して独りよがりではなく、
周りのみんなからも「ステキですね」と思われる、
そのスタイルに"ポジティブなマインドがこもった人"のこと。

今回立ち上げたオウンドメディア#MR_BEAMSには、
私たちビームスが考える理想の大人の男性像と、
そんな理想の彼が着ているであろうステキな服、
そしてMR_BEAMSになるために必要な
洋服にまつわるポジティブな情報がギュッと詰め込まれています。

本メディアを通じて、服の魅力に触れていただいた皆様に、
ステキで明るい未来が訪れますように……。

ありえない

a fashion odyssey | 鶴田啓の視点

ありえない

ありえない。

この2020年という年は人類史に残る1年となってしまった。後世の歴史の教科書にも載ることだろう。1年前(2019年末)に「世界中の人々が毎日マスクを着けたまま生活をする時代がやってくる」と、誰が想像しただろうか。つまり、ある瞬間までは「そんなこと、ありえない」と思われていた未来が、いつでも(予告なしに)訪れるということを僕らは今年、身をもって知ったことになる。30年前。BEAMSのドレス部門で働くスタッフがブルージーンズやスニーカーを着用して店に立つことは、ありえなかった。厳密に言うと「ありえなかったらしい」という言葉の方がふさわしい。少なくとも僕が入社した20年前にはブルージーンズやスニーカーを穿いて(履いて)働くスタッフが既にいたからだ。しかし、それはInternational Gallery BEAMSをはじめとする、一部の「異端児スタッフ」に限られたことであって、やはり全体としてはレザーシューズにデニム以外のパンツ、そして上着(といってもブルゾンではなく、ラペルが付いたテーラードジャケット)を着用したスタッフが98%の割合を占めていた。そして、その98%のおかげで異端は異端たりえた、とも言える。僕は最初の所属がデザイナーブランドを中心に扱うフロアだったのでドレスコードの縛りは幾分か緩やかだったが、それでも入社後すぐに僕は先輩からクギを刺されるように「ジーンズとスニーカー姿で売り場に立ってもオッケーになったのなんて、ここ最近の話だからな」と言われた。僕にはそれが「軽いカッコしてきてもいいけど、カッコよくなかったら追い返すからな」に聞こえた。ある日ざっくりとしたタートルネックを着て店に立った僕は先輩から「お前、ニトイチ?」と言われ「なんですか?ニトイチ、って」と聞き返したら「ニット1枚ってことだよ、上着無し」と馬鹿にされた。現在ではコンプライアンスものの圧力だった、という点も今では「ありえない」。しかし、その英才教育(?)の甲斐あってか、僕はやっていい事と悪い事をその後スクスクと覚えたし、その背景にある「このアイテムはそもそもこういうものだから」という歴史的な裏付けも教えて貰うことが出来た。そして教えて貰う度に、スキを見ては「ありえないことをやろう」と逆に考えていた気もする。それはともかく、時代は変わる。流行(トレンド)と言うと、いかにも軽薄な感じに聞こえるが、世の中の情勢やムードが変わると衣服も変わるのだ。今では街で当たり前に見かけるミリタリーファッションも、1960~70年代には(反戦のシンボルとして)主張ある人だけが身に付けるものであった。つまりイデオロギーと洋服が密接に繋がっていたのだ。また、例えば小津映画の登場人物たちのように外出するときは3ピースのスーツに帽子が当たり前だった昭和初期の会社員からすると、Tシャツの上にシャツジャケットを羽織るだけで出社できる現在は、まったく想像もできない未来だろう。しかし、それは当時の彼らが「地球温暖化」のことなど、まったく想像していなかったということでもある。そして、ありえない未来はやってきた。3ピースは半袖のクールビズとなり、車の燃料はガソリンから電気自動へと変わった。戦争や地球温暖化、ウイルスの脅威。日常を脅かす危機に晒されて、衣服は度々その姿を変えていく。つまり、戦争が起こればアーキュエットステッチは省かれて、スーツの裾はダブルからシングルになるのだ。(たとえ、そうせざるを得なかった結果だとしても)これもまた流行(トレンド)のひとつのカタチである。

作られた衣服を着る人は勿論、衣服を作る側にいるデザイナーも一人の人間だ。社会情勢や世の中のムード、同じ空気を吸いながら(同じ社会の一員として)洋服をデザインする。ココ・シャネルもイブ・サンローランもその時々で時代感をキャッチしながら、それに自分なりの態度やメッセージを乗せて、世界に発信していたのである。BEAMSのドレス部門スタッフがスニーカーを履いてはいけなかった時代。シアサッカーのジャケットにトロピカルウールのドレスパンツを穿き、キャンバスのスニーカー(KedsのOxford)を履いた某・店長は、それらにドレッシーなハイゲージの黒いソックスを合わせていたらしい。インナーはオックスフォードのボタンダウンシャツに黒いニットタイだろうか?「スニーカーを履くならば、いかにもスニーカー然として見えないように、むしろ(レザーシューズを履くかの如く)エレガントに」という個人的な指針こそがスタイルの正体である。20年後の今想像するだけでも、このソックスのチョイスにはプリンシプルが薫っている。ルールや状況に応じる、阿(おもね)るだけではなく、その先にある意思。

僕が知るお客様の中に「今さら別に、何を着て(会社に)行ってもいいんだけど、好きだから着けてるんですよ、ネクタイ」と話す方が数人いらっしゃる。「スタイル」という言葉の根本を感じる瞬間である。世界が変わるとき、それに対して自分はどう振る舞うのか。選択が自由になった現在だからこそ、この意思こそが世界を変えていく。ふたたび。

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