陸上の柏原竜二さん、水泳の大橋悠依さん、レスリングの鏡優翔さん。彼らは大学在学中から世界を視野に入れて戦ってきた、ほんのひとにぎりのアスリートだ。現役で活躍する、引退して指導者を目指す、スポーツの楽しさを伝える。卒業後、それぞれの人生を歩んでいる3人に、改めて学生時代を振り返ってもらった。東洋だからできたこと、そして大学スポーツへの熱い想いを聞いてみよう!
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大橋悠依
YUI OHASHI
1995年生まれ。元競泳日本代表選手。東洋大学進学後、2017年に日本代表に初選出。2021年の東京五輪では個人メドレー2種目で金メダルを獲得。日本女子初の同一大会2冠を達成。2024年に現役引退。現在は株式会社ナガセに勤務しながら、東洋大学大学院でスポーツ栄養学を学んでいる。
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鏡 優翔
YUUKA KAGAMI
2001年生まれ。レスリング選手。全国少年少女選手権5度優勝し、JOCエリートアカデミーに進学。インターハイ3連覇、全日本選手権(2020)76kg級優勝。世界選手権に初出場で銅メダルを獲得。世界選手権(2023)で初の世界一に輝くと、パリ五輪(2024)では日本女子初となる最重量級での金メダルを獲得。
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柏原竜二
RYUJI KASHIWABARA
1989年生まれ。元陸上選手。箱根駅伝では山登りの5区で4年連続区間賞を獲得。“2代目・山の神”として知られ、東洋大学を3度の総合優勝へ導いた。卒業後、富士通に入社し、2017年に引退。現在は企業スポーツ推進室に所属し、スポーツ支援、解説も行う傍ら、東洋大学大学院で社会心理学を学んでいる。
世界を目指すための環境が
東洋大学には整っている
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―改めて学生時代を振り返って、東洋大学の魅力はなんでしたか?
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柏原
僕がいた時代はこの総合スポーツセンターという施設なんてなかったし、そこまでスポーツに特化している大学だとは思っていませんでした。いまは野球、サッカー、ラグビーが一部に属していますし、水泳もレスリングも相撲も強い。世界で活躍する選手がたくさん出てきたな、という印象を受けています。
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鏡
一般大学でありながら、他の体育大学みたいに専門的な施設があるのはすごく魅力です。勉強も充実できるし、スポーツにも打ち込める。文武両道のバランスがちょうどよかったと思います。
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柏原
鏡さんは入学する前と後で、印象は変わりましたか?
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鏡
入学する前から練習に参加させてもらっていたので、環境が充実していることは知っていました。というかそこに感動して東洋に決めたところが大きいです。
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大橋
私もです。ここ(総合スポーツセンター)とナショトレ(ナショナルトレーニングセンター)がすごく近いので、世界に向けて挑戦していく4年間を、立地の良い学校のキャンパス内でできるのはすごく魅力でした。そしていろいろな競技がここ一か所で練習できるのは、他大学にはなかなかない環境です。だから他の部活の人たちと関わりをもてたり、お互いに応援し合える。とても力になりました。
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―柏原さんはなぜ東洋大学に決めたんですか?
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柏原
高校2年の時にみた箱根駅伝で、大西智也さん(現在は東洋大学陸上部コーチ)が、1区を走られたのですが、当時の学生長距離界を代表する他大学のエースの飛び出しに、一人だけ果敢についていった姿に憧れて。「東洋大学に入れば、この人と1年間だけ一緒に走れる」というモチベーションが決め手でした。その頃は学法石川高校の教員だった、現監督の酒井俊幸先生に「どうしたら東洋に入れますか?」と相談して決まったんです。
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大橋
私もいちばんの理由は、高校2年時に平井先生が東洋大学の水泳部の監督になられたときに声をかけていただいたことです。関西の大学に進学する選択肢もあったのですが、平井先生の指導を受けてダメだったらそれまでだ、と思えるなって。
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柏原
平井先生の指導はすごく厳しいって聞くんですけど、実際はどうなんですか?
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大橋
きついです。でも、世界を目指すならそれくらいやって当たり前だよなって理解できていました。
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柏原
すごい、そこまで僕は意識してなかった。ただ箱根を走りたいって気持ちだけで。
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鏡
でも、箱根駅伝は世間の関心が違いますよ。お正月にみんなで見てるから。レスリングの世界選手権でも、そこまで注目されていないです。
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大橋
駅伝って、世代を問わずに楽しめますよね。ルールも純粋でわかりやすいから、応援もしやすい。
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―みなさんとてもストイックな学生時代を送られてきたと思いますが、多くの人から応援されたい、と意識されることはありましたか?
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柏原
お二人は施設の中で練習することがほとんどだと思いますが、長距離はロードワークで外に出ることが多いです。すると近隣の住民で走っている10代、20代の若者といえば東洋大学の陸上競技部だよね、って勝手に紐付けされちゃうんですよ。しかも早朝から集団走の足音で目が覚めちゃうとか、朝5時からトラックを使っていると照明が眩しいとか、いろいろ迷惑をかけていると思うんです。地域にストレスをかけず「お兄ちゃんたち頑張ってるね!」と応援してもらうコミュニケーションは必要だと思います。
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大橋
私は大学に入学してから引退するまで、ほとんどこの周辺で過ごしていました。地元のお弁当屋さん、お蕎麦屋さんへ行くことも多かったです。いつもジャージに半袖短パン、自転車のスタイルなので、東洋の学生であることはわかりやすい。お店で声をかけてくださることも多く、励みになりました。自分から地域との接点をもつことは、プラスになると思います。
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鏡
私は中学3年生から実家を離れてナショトレに住んでいるので、もう9年になります。キャンパスの環境が充実していると、外と関わる機会が少なくなることもあるので、外でランニングする時などは、地域住民の方々に積極的に挨拶することを心がけています。「みんないい子ね」と思ってもらえたら、応援もしてもらえるかもしれない。自分を理解していただくための機会を増やす行動は、個人レベルでも大切だと思います。
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柏原
関わりをもたないと自分たちが特別だと勘違いしてしまう学生も増えてしまうのは絶対に良くないと思います。あと、いま発展しているスポーツ、例えばJリーグやBリーグは、地域とのコミュニケーションがとても盛んに行われています。言い換えれば、地域の理解がないとスポーツは発展しないともいえる。だからこそ、大学も同じように考えるべきですよね。
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鏡
トップレベルの人たちだけでなく、部全体でスポーツに関わっている学生すべての意識が高まれば、その機会がどんどん作れると思います。
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大橋
練習を見学できるような、オープンな場をもつことも面白いと思います。トップ選手の日常だけでなく、日々努力する大学生の姿を見てもらうだけでも、印象は変わるんじゃないかな。
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鏡
たしかに寮から出た姿だけでなく、必死で頑張る姿というか、そのギャップも見てもらえたらいいですね。
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柏原
陸上だと運動会とか、水泳だとプール開きとか、レスリングならスポーツテストの筋トレとか。子どもたちの行事に紐づいて接点を作れたら、学校にも喜んでもらえるんじゃないかな。
スポーツの世界以外の現実にも
在学中に触れ合っておくべき
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―みなさんは、社会に出たことで、大学スポーツに対する見方や捉え方の変化を感じたことはありますか?
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柏原
僕がいた時代は、陸上だけやっておけばいい、みたいな雰囲気がありましたが、今は手遅れです。学生のうちから、いろいろな現実を知っておくのは大切。そうでないと、どんなに活躍できても、卒業したら埋もれてしまう。
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大橋
私もそう思います。大学時代に競技を続けるか迷っていたときに、就職の道も考えました。同じタイミングで卒業した同級生との社会経験の差が生まれていくことに焦りもありました。
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鏡
私は現在、サントリーに所属していますが、会社も理解していただき、レスリングをすることを仕事として専念しています。大学院にも通っていますが、その目的は自分に競技がなくなった時に何も残らないようにしたくて。パリで優勝した価値を、これ以上にできるかどうかは自分次第なので。
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大橋
すごくわかります。金メダリストはいっぱいいるし、メダリスト自体の数も回を重ねるごとに増えるわけですし。4年に一度、何百人のオリンピアンがいるんですよね。
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鏡
はい、オリンピックが開催されていく度に、私のパリの価値が薄まらないために、大学院で勉強することを選びました。
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大橋
私も学生時代、平井先生には「学校にはちゃんと行きなさい」と常に言われていました。代表に選ばれると、2~3ヶ月の海外遠征で大学を抜けることが多いんです。だから日本にいる間は授業に出席して、先生とコミュニケーションをとり、競技を、自分を理解してもらわないといけない。また「水泳部以外の人たちと関わりなさい」ともよく言われていたので、部活動に所属していない生徒とかとも話をしたり。北島(康介)さんも荻野(公介)くんも、自分がみてきた先輩は、そうやって人間性を身につけてきたんだと思います。
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柏原
指導者にも先輩にも恵まれた、いい環境ですね。酒井監督も、元々高校の先生だったので「学校でちゃんと学べ」とはよく言われました。まだまだスポーツ第一主義の時代でしたが、親や地域などに、どれだけ支えられているかを知るべきだと教えられたと思います。
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鏡
今はSNSが普及していて、良くも悪くもオリンピックに出なくても、メダリストでなくてもその分野で活躍できるチャンスがあります。逆を言えば、金メダルを持っていても、その活かす道を自分で模索しないと、埋もれてしまう。
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柏原
そのためにも学生の頃から、社会に関わることは絶対に大事です。
学生たちの活躍や大会の情報を
もっと伝える機会を作れるように
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―では、引退して、スポーツの魅力を発信する立場になってからそういう大切さにより気づきましたか?
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柏原
現役のときは、競技を追求できることが楽しいし、向き合うことで自分の身体がどう変化していくかを実感することが楽しかった。でも引退して、教える、伝える立場になったとき、厳しいことを言いたくなることもありますが、まずは自分が一番そのスポーツを楽しんでいるかが重要だと思うように。昨日も10kmマラソンの大会に呼ばれて参加しましたが、誰よりもこのイベントを楽しむ気持ちをもたないと、みんなに伝わってしまう。子どもたちに教えるときも、自分が一番ハイテンションでいるように心がけています。
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大橋
現役時代は自分がイメージしていることができることが楽しかったのに、競技を辞めてすぐの半年間、全く運動しなくなってしまいました。徐々に体を動かすことを再開したら、健康について意識するようになったし、レベルに関わらず、スポーツは楽しいこと、と考えるようになりました。
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柏原
自分のパフォーマンスを第一に考えないと、応援してくれる人にも届かないし「何やってるんだ!」って言われちゃいますしね。でも今はパフォーマンスを追求するのではなく、関わる人をどう楽しくするか。また指導する立場であれば、関わってくれた人が今後どう伸びていくか、を大切にしないとです。
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―学生時代に「これをしておけばよかった」ことは?
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鏡
もし学生時代に戻れるなら、もっとレスリング部以外の友人との時間を大切にしたいな、と思います。私たちってアスリート脳なので、何事も気合と根性で考えてしまうけど(笑)、きっと一般の方はもっと論理的じゃないですか。アスリートじゃない目線でアスリートをどう見ているのかとか、知ってみたい。スポーツの外の世界で、みんながどうお金を稼ぎ、どう使っているのか、単純にどんな一日を過ごしているのかとか、すごく興味があります。
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柏原
僕は社会心理学科で勉強してみたい。陸上って、ほぼ個人競技じゃないですか。でも部活という枠組みでみると団体になる。するとコミュニケーションが必要になるし、齟齬が生まれるとチームの士気も、自分のパフォーマンスも下がってしまう。その矛盾というか、難しさを解明してみたい。
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大橋
私は食環境科学部で勉強してみたい。もちろん、自分がいた国際観光学部も楽しかったですが、学生時代にもっとスポーツの分野を学んでおけばよかったと思うことも多いし、今の学生にも興味をもって欲しいです。
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―では、大学スポーツの環境という目線で、もっと盛り上がるにはどうしたら良いと思いますか?
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鏡
大学の試合って、テレビとかの放映がないので、注目がどうしても集まりにくい。もっと目につく企画を増やして、応援してくれる人を一人でも増やす活動をしたいです。
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大橋
それは水泳でも同じことが言えると思います。
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鏡
この充実した施設をもっと生かせたらよいですよね。地域の方々を定期的に招いて教室を開いたり、その時にちゃんとふれあい、大会の情報などを宣伝して、見に来ていただけるような関係作りをするとか。小さなことかもしれないですが。
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柏原
東洋大学のスポーツの速報サイトを作るとかどうですか? テレビ放映がなければ、各部活の試合の情報や結果とかをアプリで伝えるとか。野球もサッカーも、みんな試合は見てなくても速報アプリは読み込む人って多いじゃないですか。
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大橋
~~学部の~~さんがこんな記録で優勝しました、とかね! 私たちも箱根駅伝とかは別として、自分の競技以外の大会の日程とか、知ることがほとんどない。重要な選考会とかに、どんな大学の選手が出ているのか、そういうのを多くの人に見てもらえるのはすごくいいと思います。
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柏原
スマートフォンのポップアップで通知されたら「あ、そろそろ試合なんだ」と感じてくれるだけでも違う気がしますね。
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大橋
一緒にスポーツを楽しむ機会は増やせたら良いと思います。今もそうした教室はありますが、年に1~2回ぐらいなので、もっと定期的にやれたら。子どもやお年寄り、いろいろな世代と触れ合うのはやっぱり大切。それだけ応援してもらえれば、アスリートとしての自覚も芽生えるし、結果的に競技に打ち込める環境が作れると思います。常に周囲に「見られている」意識を持つことも大切です。
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―最後にビームスは、東洋大学の新しいシンボルマークをデザインしました。それを身につけることで、アスリートと同じ感覚を少しでも共有しあえたらと思っています。
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柏原
すごく大事なことですし、とくに陸上はその効果があると思います。自分が参加した大会とかのTシャツを着ている人をみたら、つい声をかけてしまいます。その連続がコミュニティにも繋がります。
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鏡
しかもイベントのためのTシャツにとどまらず、普段着でも取り入れたくなるようなウェアだったらいいですよね。
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柏原
たしかに「ザ・イベントTシャツ」だとスポーツ時以外で着られないですしね。
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大橋
その点でいうと、アメリカの大学ってすごいですよね。キャンパス内に大きなショップがあって、そこにたくさんのグッズが並んでいて、不思議と欲しくなる。
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鏡
大学の名前が堂々と書いてある方が着たくなりますし、地域の方々がみんな着ていますよね。そういう光景が日常的にあって欲しいです。
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柏原
おしゃれな大学生も増えていますし、きっかけはたくさんあると良いと思います。入り口はファッションでも、結果的にスポーツに関心を持ってくれたら、楽しそうですよね。
Photo:Yuichi Sugita
Edit & Text : MANUSKRIPT