Column

稿

Voices

ピッチ上の大切な
コミュニケーションとは

What is crucial for communication on the pitch?

2026.02.06

Share

こんにちは。第三回は「コミュニケーション」についてお話しします。僕は小学生の頃から、自分の考えやチームに求めることを、ピッチ内で伝えるポジションで務めてきたので、現役時代から指導者になった現在も常に「コミュニケーション」を大事にしてきました。当然ではありますが、引退するとプレーで見せられないので、余計に言葉の大切さを痛感する日々です。この5年は解説者としても活動していましたが、悩みは深かったです。専門用語は使いすぎても視聴者の方たちには伝わりきれないし、特に生放送は瞬間的に言って良い言葉といけない言葉を選択して話さなければならないので、とても頭も気も遣いました。言葉選び、大切です。

 

僕の父はなんでもズバっと物事をいう人で、自分の考え・意見をしっかりと相手に伝えることが当たり前の環境で育ちました。そのような環境下で過ごす中で、相手の目を見て話す、聞くことで相手の感情を読み取る習慣を家庭で養ったと思います。

 

僕がコミュニケーションを取る時に心掛けていることは、「人をよく見ること」です。こちらが相手のことを考えてアドバイスしたとします。でもこちらが伝えたことが、相手から「的外れだな」と思われたら、関係性を築くのは簡単ではありません。なので、僕はとにかくその人を観察した上で、言葉がスッと入る適切なタイミングで、相手が腑に落ちる内容を伝えることを心掛けていました。相手の性格も考慮して距離感を測りながら。相手との認識のズレをなくすことで信頼に繋がり、プレイに反映されることが増えていきました。相手を諭すだけでなく、刺激を与える。どんな言葉を欲しているのか、そしてそれをそのまま言うべきか、違う角度から伝えるか、すごく考えます。解決法・答えをストレートに伝えるのではなく、選手が自ら答えを導き出せるようにヒントを伝えることもとても大切にしています。

小学生の頃に話を戻しますが、当時は思ったことを今以上にそのまま口に出すタイプだったので、未だに友達から「あの頃の憲剛は言い方がきつくてまじで嫌いだった」と言われることもあります(苦笑)。オブラートに包むという発想もありませんでしたし、我慢できないことが多かったです。大学4年になり、最上級生になったことで、自分の発言力と影響力がチームの雰囲気を左右することを改めて学びました。一部昇格を目指さなきゃいけないプレッシャーから口調はかなり強くなり、下級生からも怖がられていたと思います。今の僕だけをみると、ありがたいことに「優しそう」、「人当たり良さそう」と言ってくださる方が多いんですが、いやいや中村憲剛は猛々しい感情を自分の中に飼っているんです(苦笑)。

2015年シーズンのJリーグ。ホームのとどろきスタジアムで勝利を決めた。©KAWASAKI FRONTALE

もちろん僕は、何事もやるからには絶対に勝ちたいという超がつくほどの負けず嫌いですので、それが瞬間的に理性を超えてしまうことが小さな頃から多々ありました。でも、それは飼い慣らしていかなければならないものです。ただ、溢れ出る感情を抑えることは、僕にとってはすごく不健康なことでした。現役時代、2006年から2013年(2011年を除いて)まで、僕と伊藤宏樹さんとで二人三脚でチームキャプテン・ゲームキャプテンをしていた時期がありました。そのあと、2013年に宏樹さんが引退して自分一人になりました。小学校、高校、大学とキャプテンを務めてきましたが、キャプテンに選ばれる理由として、なんでも明け透けに話す性格が良い方向に捉えられたからだと思います。でも、2017年に小林悠選手にキャプテンが代わって、自分が後ろから支える側になったときに、チームの均衡がすごくとれたんですよ。悠に「これからは僕がアクセル全開できついこと言っていくので、サポートしてください!」と言われて、サッカー人生で初めて自分が一歩引いた位置というか、チームの後ろに立って全体を俯瞰してプレーをしたことで、多くの学びがありました。キャプテンである中村憲剛が言う言葉と、チーム最年長の中村憲剛が言う言葉。同じ言葉でも周りの受け取り方が変わったと感じたんです。

 

約34年のサッカー人生でしたが、競争に勝つことがサッカーの楽しさだと思ってやってきました。憲剛をピッチに入れておけば大丈夫、と監督に思ってもらえるためにいろいろ考えて動いていました。監督がやりたい理想のサッカーを実現するために、監督の思考を理解し、自分やチームメイトの何を伸ばすべきかを誰よりも自分が把握しておく。そうすれば監督のやりたいことに近づくし、それができれば、自分はピッチに立てると思っていました。キャプテンという役割もそうだし、中盤のボランチというポジションもそうですし、ピッチに立てない監督の目線になれたら、監督は助かるだろうと。

 

そうなるために、チーム内でも1番と言えるほど監督とコミュニケーションはとっていたと思います。とくに練習後かな。その前の試合の結果が勝ちでも負けでも、ドローでも。今これを話すことがチームにとって大事だと思えば、監督が今考えていることとこちらの現状をすり合わせて週末の試合に上手く向かえるように、監督に躊躇なく話しかけていました。お互いが何を考えているか、聞いて擦り合わせる作業は大切です。それは練習中もですし、試合中も。あとクラブハウスのロッカールームは基本的にスタッフは入らないんですよ。来ると選手は警戒するので、ピリッとして穏やかに過ごせなくなるので(苦笑)。

 

当然ですが、プロであっても選ぶ側と選ばれる側には超えられない線があります。決定権のある監督の意向は強いし、影響力はかなりあります。選手はみんな監督を見ますから。だからこそ一番大変です。サッカーは個人成績が、事細かに出にくいスポーツです。だからチームの成績が悪い時に、責任をとってやめるのは選手じゃなくて監督。裏を返せば、責任の重さ・大きさと引き換えにとてつもない裁量を持っているんです。だからこそ自分1人で決めることが本当に多い上に、とても孤独です。

 

フロンターレ時代の鬼木さんは「人を見る」ことを大事にしていて、他愛もない話から深い話までちゃんと聞いてくれる人でした。だからこちらもこの人のために頑張ろうって思える。試合に出してもらえない時は「ふざけんなよ」と思っていたけど(苦笑)、コミュニケーションをとっていたし、良く見られていたからこそなぜ自分が出られないかもちゃんと理解していましたし、出られるように努力しようと思えました。

 

2020年。引退を発表した年に、三笘薫と決めたバースデーゴール。©KAWASAKI FRONTALE

もちろん、そうしたコミュニケーションは、受け入れる側の度量にもよります。選手からしたら、どこまで言って良いものかは常に心配するんです。でも、文句ではなく意見ならどんな監督だって聞きたいはずです。「どうだった?」と聞いて「よかったっす」などのありきたりの返事をするのではなく、ちゃんとフィードバックをくれる選手がいると、改善の質が上がるのでとてもありがたい。代表選手や海外で活躍する選手ほど、それが自然にできる傾向にあると思います。

 

たくさん監督と話してきたとお伝えしましたが、コミュニケーションは量ももちろん大事ですが、時間が限られている以上、質が問われます。海外のチームは基本多国籍の集まりなので、その中で自分を100%理解してもらうことは簡単ではありません。フロンターレでプレーしていた時も、ブラジル人の選手たちは細かな会話は通訳の人無しではできませんでした。だからピッチ上の感情や気迫が大切になってくる。本気で怒る、本気で褒める。そういう感情は言葉が通じなくても伝わるじゃないですか。お互いプロですから、プレーの良し悪しの物差しはわかっているので。ジュニーニョやレアンドロ・ダミアンとはよく本気で言い合ったりしていました。

 

とくに外国籍の選手とは、必要なことを簡潔に伝えることを意識しながらコミュニケーションを大事にしていました。それはピッチ外もそうです。加入してくれた時点で感謝ですよね。「遠い日本でのプレーをフロンターレに決めて来てくれて、ありがとう」と。誰だって、異国で暮らすことは不安でしかない。だからこそ「何かあったら言ってくれ」と受け入れる側の人間から歩み寄る姿勢が大事になると思っていました。自分が逆の立場だったら、といつも考えて行動していたつもりです。そうして心が通い合えば、ピッチでも良いコンビネーションが出るんです。彼らも助っ人として結果を出したいわけだから、そのチームで活躍できるベースは整えてあげたい。それが年長者の役割だと思っていました。

Profile
  • 中村憲剛

    KENGO NAKAMURA

    1980年生まれ。小学一年生でサッカーを始め、東京都立久留米高校、中央大学へと進学し、2003年、川崎フロンターレに加入。以降は川崎フロンターレ一筋でプレーし、2020年に現役を引退。Jリーグ通算546試合出場83得点。J1優勝3回、ベストイレブン8回。2016年には史上最年長でJリーグMVPを受賞。日本代表として、2010年の南アフリカW杯にも出場している。引退後は、川崎フロンターレの「FRO(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)」や、日本サッカー協会ロールモデルコーチとして活動するほか、日本代表戦を中心に解説者としても活躍。自身のアカデミーを主宰し、育成年代への指導も積極的に行う。2026年より、川崎フロンターレ、トップチームのデベロップメントコーチに就任。

Share

Recommend for you