
MR KAMOSHITA Dressing Right 鴨志田康人の 「気分はシティポップ前夜」
MR KAMOSHITA Dressing Right 鴨志田康人の 「気分はシティポップ前夜」
ある時期から「こう着るべし」といった枠組みができあがってしまったメンズのスーツやジャケット。そんな堅苦しさを解き放ち着る人が自由に楽しめる提案を鴨志田康人さんがディレクションしてくれた。
イメージは1970年代前半。
舞台は鴨志田さんが慣れ親しんだ上野。
スーツがおしゃれな遊び着でもあった、あの頃のムードをもう一度

ブレザー羽織って 珈琲一杯。カフェじゃなくて茶店でね

タイド・アップで 気合十分だったのにまぁそんな日もあるか

ちょっと背伸びして 上等な天ぷらをこんな日はスーツ気分

たまには真面目な本を そう思って古書店へささっと重ね着して

どの色とどの色が 相性がいいかを考えるレイヤードの愉しさ


ジャンルに囚われず個性的であれ
クラシックな男服のポテンシャルを存分に引き出す個性を尊重した自由な着こなしのすすめ。
Yasuto KAMOSHITA × Kenichi AONO
レトロな雰囲気の喫茶店で鮮やかなシーグリーンのスーツに身を包みクリームソーダを啜る。あるいはごみ収集のポリバケツが置かれた路地裏を競馬新聞片手に歩く……。『MR BEAMS』のなかでも異彩を放つこのファッション・ページについて、ディレクションを手がけた鴨志田康人さんはこう語る。「メンズ・ドレスを違う視点で見せていけたら、というのがこのページの考え方です。キーワードとしては『マイ・クラシック』と『シティポップ前夜』。自分が生まれ育った東京の東側のなかでもいろいろな要素が混在している上野の70年代の匂い、昭和感のあるロケーションで撮影しました」
なるほど、フィルムで撮影していた頃の日本映画を彷彿させる街の風景にインストールされたスタイリングは、独特の濃さとクスッとしてしまうファニーさ、いい意味での不完全さをあわせ持っている印象だ。そんなスタイリングをよくよく眺めれば、アイテムそれぞれは実にクラシカルでトラディショナルなものであることに気づく。「大学生のときに初めてパリを訪れ、フランス人の自由な着こなしや色づかいに感化されましたね。トラッド・アイテムであっても人と同じ着方をするのはかっこわるい。自分の個性で服を着る。そんなフレンチ・アイビーの姿勢が自分のルーツのひとつ、マイ・クラシックになっています」
オーセンティックなスーツやブレザーが、自由な発想を得ることでより色鮮やかに映る。
上野というロケーションとも相まって、スタイリングも全体的にどこかやんちゃな雰囲気が漂うが「ちょっとやんちゃな、男の子のつっぱったかっこよさってあると思うんですけど、着ているものがクラシックなアイテム中心なのでどうやっても“ 品”が残る。そこがいいと思うんです。それがクラシックの良さであるし、またクラシックなものはどんなものとコーディネートしても合う懐の深さがあります。それこそがクオリティに裏づけられた、完成された服の強さであって、そうした服はたとえ着崩しても“ 崩れず”かっこよく着ることができるんです」
さて、鴨志田さんがキーワードのひとつに挙げた「シティポップ前夜」だが、これは時代でいえば
70年代の前半。「しみったれたフォークとシティポップの萌芽が共存していた時代ですね」。カウンター・カルチャーとスローガンの時代である60年代が終わって、混沌とした宙吊り状態のような雰囲気があった70年代前半は、音楽シーンにおいてはジャンルが細分化してゆく少し前。このようにある意味で何でもありの70年代前半のムードを通奏低音にした本ファッション・ページは、その時代のようにドレス・クロージングを自分の個性で自由に遊ぶ楽しさを伝えてくれるだろう。そして、若者にはちょっとした背伸びを、仕事着としてスーツと付き合ってこられた紳士には、堅苦しさからの解放を
東京、ローカルそしてクラシックを改めて見つめる
上野という街は実に多面的である。繁華街の賑わいがあるかと思えば2025年に創建400年を迎える寛永寺もある。ポルノ映画館がある一方で文化、教育施設も存在する。それらのいずれもが深いので、ひとつの側面に気を取られているとすぐに全貌が見えなくなってしまうのである。本ページは、そんな上野の顔を借りながら、クラシカルなメンズウエアの強度を表現する試みだ。ディレクションを手がけた鴨志田さんは「グローバル化はつまらない」と話していたが、ここでの取り組みは場所と服の個性がぶつかり合って、ほかではなし得ないユニークなものとなった。上野の街とクラシックな服の懐の深さが立ち上るこの企画は、ビームスがもともと「東京ローカル」で、着る人の個性が滲み出る服の着方を提案していたことを改めて思い出させてくれる。そうした着方のできる服 − ここで取り上げたような − がビームスにはまだまだあることを知ってもらえたらと思うのである。
Profile
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鴨志田 康人
鴨志田 康人
1957年生まれ。ビームスを経てユナイテッドアローズの設立に参画。2004年よりクリエイティブディレクター、2020年にはクリエイティブアドバイザーに就任。自身のブランド〈カモシタ ユナイテッドアローズ〉は2013年に「ピッティ・イマジネ・ウォモ大賞」を受賞するなど海外での評価も高い。2019年より〈ポール・スチュアート〉の日本でのディレクターも務めている。
Profile
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青野 賢一
青野 賢一
1968年東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つ の現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。