NYを拠点に活動するコンテンポラリーアーティスト、トム・サックスさんのポップアップストアを
旗艦店「ビームス 原宿」内にて開催しました。
トム・サックスさんと、彼の良き理解者でもあり友人でもあるクリエイター野村訓市さんを招き、
BEAMSとのコラボレーションや、東京オペラシティ アートギャラリーで
開催中の個展『トム・サックス ティーセレモニー』についてお話を聞きました。
Edit : Momoko Ikeda
野村訓市さん(以下、K.N)
そもそも、いつからアートを作るようになったの?
トム・サックスさん(以下、T.S)
僕は(幼少期から)欲しいけど自分で作る以外手段がないものを自作してたと思う。例えば昔、オヤジは欲しいカメラがあってもそれが高くて買えないと代わりに手頃なものを買っていた。でも僕は欲しいカメラのモデルを粘土で作っていた。8歳くらいの時の話だけどね。これって今の僕のストラテジーをある意味予期させるようなことだったと思う。<HERMES>のケリーバッグをベニヤ板で作った作品があるんだけど、それは今や$600,000くらいするダイアモンドが散りばめられたアルビノのクロコダイルで作られた本家のバッグよりも高い値段が付いているんだよ。そしてこの考えは表層的なファッションアイテムの話にとどまらなくて、宇宙までも巻き込む話なんだ。僕はいつも宇宙旅行に興味があって、個人的な宇宙計画を作りたかった。だから自分流の『SPACE PROGRAM』というアートを作ったりもした。実はそこに茶道も少し関係があるんだけどね。
今、僕らが東京オペラシティで開催している個展『トム・サックス ティーセレモニー』のためにここ東京に来れたのは、本当に名誉なことだと思っている。でもその一方で、茶道というのはとてもスノッブで最もエリート意識の高い儀式で、僕が決して立ち入ることのできないものだ。そもそもそれをアメリカ人がやるということ自体がとても気取っているように感じるし、習得するのにとても時間もかかる。もちろん茶道を学ぶたびに、いつもそれがあらゆる芸術要素を含む総合芸術であることに感服してる。でも、それなりに来客に対して振る舞えるようになるには15年ほど時間がかかるんだ。そして、僕はアメリカ人的気質で「欲しいものは今すぐ欲しい」って思ってしまうんだよ。
K.N
いいね、それ。
T.S
君はわかってくれると思ってたよ。だから僕たちは友達なんだよな(笑)そんなわけで、こういう自分の態度や気質が僕のアートを生み出す動機になるんだ。僕にとって大事なのは“モノ”であり“物質”。すべての物質の背景には、それが茶碗であろうと君の車であろうと、カルチャーや歴史がある。君の持ってるヴィンテージのフォードがアメリカが豊かになってきた時代のものでそのストーリーを背負った車は最高に美しい。そして君はそのストーリーを理解している。僕の『ティーセレモニー』も、今回BEAMSのポップアップストアに置いた商品も、同じように僕のリソースでできることを反映させたモノなんだ。
そういえばこの間、能登半島に行ってきたんだけど、そこで見たモノたちは人間がそのモノ作りに関わっていることがよく分かるものばかりだった。すべてにおいて手仕事を感じさせるものが多くてさ。何世代にも渡って伝統的な工芸を手がける職人たちに会ったりもして。こんなにモダンな手法がある中で彼らやその家族が古風なやり方を貫いていることに感動したよ。それは手作業による仕事ぶりをはっきり示すだけでなく、身近でローカルの素材を使っていてサステナブルでもある。iPhoneみたいな機械が生み出すテレパシー的なつながりは個性を失わせてしまう。例えば美しいカプチーノの写真を撮ったとしても、無数の同じようなきれいなカプチーノの写真がインスタグラム上にあるわけだから、そこで真の個性を見出すのは難しい。でも僕が作った茶碗には、いつも僕の指紋が刻まれている。磁器を使ってるのも、虫眼鏡で見れば僕の指紋を見ることができるからなんだ。文字通り僕のサインがここにはあるってわけ。機械が作ったものはそうはいかない。
K.N
でも僕らはそういた伝統工芸を失いつつあるよね。例えば今の息子は継ぐかもしれないけれど、その次の世代も継ぐかはわからない。僕らは今まさに時代の最後を生きている。
T.S
この変化は日本だけでなく世界中で起きてる。もしそういった工芸がもうちょっとだけでも守られたら、僕らの短い人生の中で少し長めにこういった手作業を楽しむことができるんだけどね。僕がモノ作りをする時は、長持ちすることを目的にしている。彫刻を作る時も、価値が物理的にもイデオロギー的にも長く続くモノを作るというのがゴールなんだ。
K.N
君はその点とても上手くやれていると思うよ。
T.S
だといいな。時が経てばわかるね。
K.N
トムが作るモノにおいて素晴らしい点は、さっき言っていたようにトムが作った<HERMES>のバッグがいまや本物よりも高価になっているという点。それと同時に君はいつも僕らが手に入れられるようなDIYなモノも作っていて、面白いと思う。トランプを作ったり、ジンも作ったり、<NIKE>とコラボしたり。そして今世界で最も尊敬されるアーティストの1人だ。
T.S
なぜかはわからないよ。
K.N
BEAMSもずっとトムと一緒にモノ作りをしたいと思ったわけだし。それはただトムのアート作品が好きだからというだけでなく、<NIKE>とのコラボアイテムや、今東京で君がやってる“タグ付け”の遊び(ペンチでしか切れないワイヤー付きのタグを出会った人に突然つけていく)も彼らが魅了された点だったりする。トムがやるこういう小さなことも、ファッションやカルチャー好きな人々も君に夢中になり追いかける理由になってると思う。
T.S
BEAMSとのコラボレーションには凄く満足してるんだ。作ったモノに自分との真のつながりを感じるからね。実際、僕自身も自分のアートを買えないくらい作品の値が上がってる。もちろん自分で作ってるから所有できるんだけどね。僕はすべてのモノにアートが存在すると信じている。例えそれが10ドルだとしても重要なアートは存在する。消費者のもつ機会の範囲が違うというだけ。だからBEAMSと作ったような手頃な商品を作ることはとても重要なんだ。誰もがお金持ちなわけでもないし、エリート主義者にはなりたくない。エリート意識を楽しむこともあるし、予算があることで大きめのプロジェクトも実現できたりするけど、お金が好きなわけじゃない。お金はただのイリュージョンだからね。
K.N
BEAMSでは限定のNASAチェアを発売していたよね。あの椅子を初めて見た時、本当に大笑いしちゃってさ。君がなにか作る時、本当にポイントを押さえてるよね。そして僕は毎回笑わされる。今やNASAのロゴをなんにでもつけられるんだと思うけど、君は決して間違いをおかさないよね。
T.S
NASAモノが溢れていて今やファッショントレンドだからね。なんにでもつければいいってもんじゃないんだ。正しくないとね。
K.N
どうやってそれが正しいかわかるの?
T.S
君がこの前言ってたみたいに、「チャーリー・パーカーならどうするか?」ってことだよ(笑)
K.N
(笑)即興で自由にやって一番手になるってことだね。
T.S
そう、即興でやるんだ。でもその前に訓練もする。チャーリー・パーカーは凄まじい即興をするけど、同時に凄まじく練習もしている。とても注意深くね。「準備をして、自分の仕事をする」、これ以外に秘訣はないね。そうすれば、ここ一番の時が来た時にどうしたらいいかわかる。
K.N
「It won’t fail because of me 僕がいれば失敗しないよ」と書かれたコラボレーションTシャツも作ったんだね。このフレーズはNASAのスペースプログラムからきた引用なんだよね?よく知らない人もいると思うから説明してもらえるとうれしいんだけど。
T.S
このフレーズはNASAの内部スローガンなんだ。これはある意味とても日本的というか、日本の文化の中に息づいているもので僕が一番好きな部分でもあるんだ。ちょうどロシアとアメリカが宇宙開発競争をしていた時代、NASAでは3万人もの人が1つのプロジェクトに取り組んでいた。そして多くの失敗要因になりうる問題を孕んでいた。そんな時にでてきたこのスローガンは「例え失敗したとしても自分が担当した部分に間違いがあって失敗することはあり得ない」という意味なんだ。つまり、献身と集中を象徴するスローガンで、こういった姿勢を僕は日本でよく目にする。
K.N
Tシャツに書いてある日本語だけだと、君が今いったことのすべては伝わらないかもしれない。ほとんどの人が、「教科書に書いてあるような可愛い言葉だな」くらいに受け取るというか。
T.S
多くの人と何かを成し遂げることはとても難しい。関わる人が増えれば増えるほど、ややこしくなる。でも、このスローガンの意識を全員が持てば、人類が月に行き、それこそ神がいないなんてことを証明することだってできるというわけだ。そうなるためには、全員がこの意識を持たないといけない。例え1人でもこの信念がなければ失敗してしまうんだ。
K.N
このトランプもいいね。
T.S
この間、君の友達のDJがプレイしていたビートルズの 『Come together』の日本盤7インチレコードについて聞いたら「そんなにレアじゃないよ」と言ってたけど、80年代は特に日本盤のレコードが人気だったんだ。そこにはステッカーが貼っててさ。まるでそれは聖杯のように輝いていて凄くクールだった。僕にとってのシンボルだったわけ。それをこのトランプにもつけてるんだ。タバコのタックススタンプみたいだろ? このグリーンの小さなステッカーがあるだけでかなりクールだ。
K.N
君はいつも日本のものが好きだよね。<MAKITA>とか、<TOYOTA>とかさ。
T.S
(日本のものは)電気機器であっても、小さなものであっても、そこに細やかさを感じるんだ。
K.N
今回は『ティーセレモニー』のために来てるんだよね?
T.S
そう。これは僕なりの茶道なんだ。テクノロジーこそが真の伝統の発展だと思う。だから僕なりに作り上げてみた。今回の展示は僕なりの(茶道の)解釈であり、“トム派”ってことかな。伝統を尊重しつつ、ちょっと遊んでみたりしたリミックス。茶道のダブ・バージョンってとこさ。
K.N
その手の茶道バージョンを作った人はいないね。まさにダビーだね。
T.S
本家の茶道家の人たちがどう思うか気になるね。
K.N
本当の茶道家ならそれを高く評価すると思うよ。君がその本質を分かっている限り、そういう本家の人たちも人が即興でアレンジを効かせて新しいものを生み出すことを楽しむはずだと思うね。
T.S
実際、茶道家の人たちに会ったんだけど、まさにその理由から好評いただいたよ。本当の茶道愛好家は評価してくれる。なぜなら、茶の伝統というのは、型にとらわれず自由に思うまま作り上げることだから。千利休は秀吉に質素な格好をすることはクールだと教えたわけだからね。
K.N
侘び寂びだね。
T.S
そうそう。彼は竹を花瓶にしたりね。色々な意味で、既成品を普段と違った場所においてコンテクスト(文脈)を変えた『レディ・メイド』を作ったマルセル・デュシャンの先をいく存在さ。300年以上早い。
K.N
だから茶筅にモーターを入れたってわけだね。
T.S
アメリカンスタイルだよ。
K.N
茶菓子にピーナッツバターとクラッカーとかね。典型的なアメリカンスイーツでとてもオーセンティックだよね。
T.S
そうそう。これをオーセンティックにしているのは僕がアメリカ人だから。実際、ピーナッツバターやリッツクラッカー、モーターなんかは僕の身の回りのもの。自分にとってのオーセンティックしか取り入れていない。だから響くんだと思う。きっと君が僕のカルチャーが好きだから。つまり、真の異文化のマリアージュってことさ。
K.N
君は独自のシステムを作っているけど、結果としてポイントを押さえている。ちゃんとゲストを歓迎し、ホストし、儀式を行っている。
T.S
静穏、もてなし、尊重、調和。この4つが茶道の基本なんだ。それを僕は実践するようにしている。
K.N
『ティーセレモニー』の動画をみて、大笑いしたよ。スライド式のドアは宇宙船のシールドみたいだし、ピーナッツバタークラッカー用のトレイはむちゃくちゃ小さくてかつ完璧なサイズに切り取られている。NYで日本人の裏千家の茶道家の先生にこのデモンストレーションをしたらしいけど、どうだった? 楽しんでた? または笑ってた? いいお茶会だったのかな?
T.S
そうだったと思うよ。チャレンジだったと思うけど、彼は評価してくれてたと思う。トークショーで彼は「通常のお茶会と全然違う」と言っていたけどね。彼自身はこのスタイルの茶道をできないと言っていた。逆に僕が彼のやっている茶道をしようとしたら一生かかるけどね。ケリー・スレーターのサーフィンみたいなもんだよ。すべてを投げ売っても先生のレベルに到達できそうにもない。彼のやっている茶道と僕のやっている茶道は違うってことなんだ。それこそが人間の美しさだと思う。僕らはそれぞれにみんなスペシャリストだってことだ。それぞれに別のことが得意だからこそ友情や家庭が築けたりする。お互いに違うものを持ち寄ってね。それは重要なことだと思う。
K.N
最後に君のスニーカーを欲しがるスニーカーヘッズたちについて話したいな。彼らはもしかしたら君のやるアートについてあまり詳しくないかもしれない。この機会にBEAMSのポップアップストアに来てくれた人たちにも展示を見に行ってもらいたいよね。
T.S
素晴らしい機会だと思う。ずっとアーティストとして活動してきて、現在、僕が作った<NIKE>のMars Yardのスニーカーが他の何より一番注目されているってのは奇妙な感じだよ。僕のインスタグラムのアカウントはスニーカーもので埋め尽くされている。僕はあのスニーカーが大好きだし、彫刻だと思っている。僕の彫刻と同じ価値があると思う。あれは素材がそのままなのがいい。ポリウレタン、ゴム、豚の革…といった感じにね。彫刻も同じような気質を持っている。僕が作ったこのトランプもベニヤ板なのが見て取れるだろ?ベニヤ板の写真だけど。なにで作られているのか分かるのがいいんだ。このスニーカーもそれが実際に作られたものだということを見事に表している。ストーリーを感じさせる。もしMars Yardが好きだったら、それはカルチャーを深く知る道しるべになると思う。そのモノの見方は僕らの周りの世界にも使える。僕のアートに対してだけでなく、他のことにも置き換えて使うことができると思う。他の世界へ続く窓だよ。だからもし(これを読んでいる)君が次のレベルに行きたければ、展示に足を運んで見てほしいな。そしてこの展示はもし君が一生懸命やれば、欲しいものはすべて手に入るということの証明にもなると思うんだよ。