文・飯塚さき
大相撲九月場所は、実に16年ぶりの横綱同士の決戦となり、大の里関が優勝決定戦で豊昇龍関を破って5回目の優勝を果たし、大歓声のなか幕を閉じました。そんな9月は、涼しい日もちらほらありましたが、力士たちはまだ夏の装いで国技館へ“通勤”。本連載の初っ端から、ファッションには疎いと逃げ腰だった筆者ですが、カッコいい力士たちの姿をお届けするとなったら話は別です。パリコレさながらの場所入りの様子と共に、今回は力士たちの和装について紹介します(腕がなるぜ~)。
染め抜き姿で場所入りする高安関
番付社会の角界
和装にも階級が
5・7・9月場所は、幕内力士だけが“染め抜き”と呼ばれる夏用の着流しで場所入りします。四股名を白く“染め抜く”ことからそう呼ばれるもので、一人ひとりがこだわって作る色とりどりの装いが美しく目を引きます。デザインは、龍や鷲、鯉といった動物、富士山や花火などの景色をあしらった豪華なものから、あえて四股名のみのシンプルなものまでさまざま。力士の入り待ちをしていると、その美しい装いに目が喜びます。ちなみに、帰りは浴衣で帰路につきます。
冬場などは、幕内・十両は羽織、袴、黒足袋、雪駄を着用(公式行事は紋付、羽織、袴、白足袋に雪駄)。幕下からは、博多帯や雨の日の番傘、外套(コート)も許されます。三段目からは袷の着物と羽織に、エナメル製の雪駄。序二段と序ノ口は、“仕着せ”と呼ばれる部屋の名前が入ったお揃いの浴衣に、足下は下駄です。こういった序列がしっかり決まっているのは、厳しい番付社会の角界ならではかもしれません。
真っ赤な染め抜きがまぶしい友風関。四股名は背中に白く染め抜かれることが多い
朝紅龍関は、四股名にも入る龍の絵柄
美しい花火の絵柄が入った錦木関の染め抜き
力士の和装ができるまで
では、お相撲さんたちの美しい和装は、どのように作られているのでしょうか。彼らの和装や反物の制作を手掛ける企業にいくつかお話を聞いてみたのでまとめます。
オーダーメイドで作られる幕内力士の染め抜きは、絵柄も含めてすべて職人の手作業で、できあがるまでに40~50日はかかるそうです。どんな絵を入れたいか、四股名はどこに入れるかなど、本人の希望を聞きながら見本を見せ、デザインを決めます。採寸をもとに着物の型を取り、地色を染め、そのほかの染めの作業をかけたら、絵を描きます。仕上げとして、蒸し・たたき・乾燥といった工程を経て、最後に縫い上げて出来上がり。ひとつひとつ丁寧な手作業だからこそ、「人の手で描けるものなら、できないデザインはない」というから驚きです。こうして、各力士こだわりの染め抜きができ上がります。
一方、各部屋や十両以上の関取が作る“反物”。後援会をはじめ日頃お世話になっている人や、親交のあるほかの部屋の力士たちに配るものでもあるので、大量生産です。相撲部屋では、この反物を使って若い衆らの浴衣を作るので、どの部屋もなるべく名古屋場所前にでき上がるように発注しているのだとか。
発注から納品までは、およそ2ヵ月。イラストレーターでデザインをおこし、プリントの型を取って生地にプリントします。その後生地のチェックをして、1反(12.3メートル)ずつ反物にし、のしをかけて梱包されたものが各部屋に届きます。工程のなかで実は一番気を使うのは、生地のチェックと洗浄。はじめから浴衣にする際は、もしプリントのミスがあればそこだけ切り取って作ることができますが、反物は12.3メートルすべてにミスがないようにしなければなりません。プリントむらがないか、ごみやほこりが飛んでいないかをチェックしながら、通常は1回の洗浄の過程を2回行うそうです。大切なお客様の手に渡るものだからこそ、こちらも丁寧に作られていることがわかります。
ちなみに、筆者も部屋や力士からいただいた反物で、洋服や小物を仕立ててもらうことがあります。なんだか自分も強くなったような、そしてみんなに守られているような気分になれて、心強いアイテムたちです。
お相撲さんならではの装いあれこれ
体の大きなお相撲さんたち。浴衣や着物を作るときの生地の量も多そうですが、同じく気になるのが帯の長さ。聞いてみると、はいはい、やはり期待を裏切りませんでした。
一般の帯は、10~11尺(ウエスト100センチまで)で十分。しかし、力士用には15尺(120センチ)、16尺(120~130センチ)、17尺(130~140センチ)の3パターンを展開しているとのことです。アパレルっぽくいえば、5XL!といった感じでしょうか。
同じく、角界らしさが出て興味深いのは、“縁起”や“ゲン担ぎ”。縁起がいいとされるトンボ(勝ち虫として知られる)や鳥(手をついたら負けの競技なので2本足で立つ)は、しばしば浴衣に取り入れられるモチーフです。逆に、牛や虎など4本脚の動物は、両手がついているのであまり好まれていませんでしたが、最近は気にしない人も増えてきているとか。同様に、昔は「水入り(長時間の取組のときに挟む休憩)にならないように」と、水色の染めは避けるといったこともあったようです。
ほかにも、本来贈り物である反物で仕立てる浴衣は、自分の四股名が入ったものを自ら着るのは粋ではないなど、装いにも相撲界独特の風習があります。気にしない人が増えたり、考え方がうつろいでいったりするのは自然なことですが、個人的には、粋でカッコいい伝統は、後世にも残していってもらいたいものだなと感じています。
力士たちの舞台である土俵。しかし、いざ表舞台を降りても、彼らは常に力士であることを忘れてはいません。主戦場である土俵を一番に見てほしいのはもちろんですが、たまには趣きを変えて、普段から粋な“和”の世界を演出する、彼らの装いにも注目してみてくださいね。