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2022.01.19
LITTLE BY LITTLE

網本麻里と、車いすバスケットボール

MARI AMIMOTO AND WHEELCHAIR BASKETBALL

車いすを使った激しい攻防とスマートなプレイが繰り広げられる車いすバスケットボールは、パラスポーツの花形種目。国際舞台で長く活躍し、2021年の夏は共同キャプテンとして活躍したポイントゲッターの網本麻里さんは、ビームスに所属しています。競技のこと、ご自身のこと、これからのことをいろいろ聞いてみました。これを機会に、みんなで注目して、車いすバスケを盛り上げましょう!

大好きなバスケを続けるために始めた
新しいバスケにずっと夢中!
大好きなバスケを続けるために始めた
新しいバスケにずっと夢中!

―まずは車いすバスケとの出会いについて教えてください。

小学校3年生の時、友達に誘われてミニバスを始めました。私、生まれつき右足首の骨が変形する病気だったのですが、親は障がいを持っていても、普通の子と同じように過ごさせたいと思ってくれていたんです。ただ小学校6年生の時点で、もう足が痛くて負担が大きかったんですが、我慢しながら続けていました。

で、中学2年でとうとう大きな手術をすることになったんです。高校では一応、バスケ部に所属したんですが、入学してすぐに縁あって、車いすバスケのオーストラリア遠征に男子の中に混じって連れて行ってもらいました。そこには他の国の女子選手が何人かいて、こういう人たちとやると楽しいなと思ったんです。そうしたら通訳の人に勧められて、本格的に車いすバスケを始めました。

 

―同じバスケでも、違うスポーツ、すぐに順応はできましたか?

まだ普通のバスケがしたかったし、障がいがあっても手術すれば良くなるんじゃないか、嫌なリハビリを頑張れば前みたいにできるんじゃないか、と期待していた自分がいて、ずっと反抗していたんです。医者から「もうバスケができない」って言われてもどこかで「よくある大人の脅し」だと思ってました。でも、手術が決まったとき、大好きなバスケを自分じゃなくて人に諦めさせられた感じが嫌で、毎日泣いてました。それでも運良く(車いすバスケの)代表に選ばれて、2005年の世界選手権に出場したんですが、思っていた以上に何もできなくて。それが悔しくて必死で練習しました。

 

―で、2008年の北京の大会ではチーム得点王!それから10年以上ずっと代表でも中心選手として活躍されています。

やっぱり私は所属させてもらっているチーム、カクテルでの自分が一番大事で、その評価や結果が代表だと思っています。カクテルでやってるバスケの練習は、おそらく日本で一番厳しいと思うんですが、なんといっても私は向上心の塊なので、日々成長したい気持ちや、目標を持ち続けることができています。

 

―一つ一つの言葉の強さにアスリートだなって感じる反面、そうじゃない朗らかさや親しみを感じます。ご自身を性格分析するとどうですか?

うーん、天真爛漫。好奇心旺盛。あとチャンスは絶対逃さない。

 

―試合や練習でモチベーションを高める験担ぎみたいなことはありますか?

特別なことはしてしまうと、それができなくなった時が怖いから、普通に朝起きて、自分がいつも行動している順番で歯を磨いたり、顔洗ったりして朝を過ごしています。聴きたい音楽とかも最近はあえて聞かないようにして、ラジオから流れる曲を聴いているくらい。試合の前に必ず食べているものも特にないです。

 

―でも写真を見るといつもグリーンのソックスを身につけていますよね?

あ、そうです。ちょっと前は髪もグリーンでした(笑) 高校生の頃は明るい色が苦手で、黒とかグレーとか、ネイビーみたいな色を好んでいたんですが、大学に入ってから、可愛いと思ったのは全部グリーンなんです。理由はわからないんですが、小さい頃の写真を見返すと、おばあちゃんが着せてくれた浴衣とか着物がみんなグリーンでした。ちなみにカバンの中身もグリーンばっかり。

 

―グリーンが好きなことも含めて、自然体ですね。では一番リラックスしているのはどんな時ですか?

チームメイトと楽しく遊んだり、おしゃべりして過ごしている時です。あと、今は不用意に外出しないように心がけているんで、家で好きなアニメや映画を見ているときですかね?

 

―話は変わって、車いすバスケの奥の深さはどんな部分ですか?

いろんなタイプの障がいを持つ人が一緒にプレイしているのが魅力ですね。障がいの重い選手や私みたいに普段は歩けるような軽い人を、1点から4.5点まで0.5点刻みでクラス分けされていて、コートに出ている5人の合計を14点以内にしないといけないんです。障がいの重い人はローポインターといって、主にガードの役割。障がいが軽くなるごとにミドルポインターとかハイポインターと呼び(網本さんは4.5点のハイポインター)、つまりボールをとれる、体を倒せる、起こせる範囲が広がるのでフォワードやセンターを任される機会が増えます。もちろん、体型が大きいとインサイドでプレイするには有利ですが、ポジションは障がいのクラスで決められることが多いですね。

 

―メンバーチェンジする度に、点数のことを考えてポジションを変えたりして、なんだか頭を使うスポーツってことですね。

はい、私はガード的なポジションを含めて、全部やります。相手を見て味方を生かすことを考えなら、パスを出したりシュートを打ったり。多分、普通のバスケとは違う頭の使い方かも。自分の足なら縦横斜めに動けるけど、車いすは基本的に前後にしか動けないから、ピックやスクリーンをかける時も、幅を気にしたり、どこから向きの角度を変えるかとか、考えなくてはいけません。あと、ずっと喋り続けないとコミュニケーションミスで簡単にターンオーバー(攻撃側のミスで攻守が入れ替わること)されたり、失点しちゃうので、本当すごく戦術戦だな、と思います。

 

 

―この夏の大躍進で競技がとても注目されました。代表を引っ張る立場として、今後の目標はありますか?

やっぱり競技人口が増えないと裾野が広がらないし、代表のレベルも向上しません。3〜4年くらい前から健常者もプレイできるようになって、人口も少しずつ増えつつあるのですが、代表への参加資格はないから国際大会には出場できないんです。いま、男子は国内でも500人以上いると思うのですが、女子は100人いるかいないか。これは車いすバスケに限らず、パラスポーツ全体の課題ですね。昔は、リハビリの一環で病院の隣にある体育館でスポーツを始めたって人も多かったのですが、今は運動しなくても自分を表現したり、発信できるツールがたくさんあります。車いすバスケが身近になって、始めるハードルは下がった一方、選択肢も増えているので、まずはどうやって多くの人に興味をもってもらえるかが大切。私も所属しているカクテルのHPや自分のSNS、そしてビームスを通じて多くのことを発信していきたいです。<Champion>の代表のユニフォームと応援TシャツをBEAMSがデザインしていますが、今後は練習着などを自分でデザインしてみたい。今日、ちょうどそんな話を社長ともしていました!

PROFILE

網本 麻里 / MARI AMIMOTO

1988年生まれ。大阪府出身。ビームス社員。車いすバスケ女子チーム「カクテル」では皇后杯6連覇中、男子チーム「伊丹スーパーフェニックス」にも所属。2008年の北京で4位、東京で6位。スピード感あふれる車いす操作と高い得点力が持ち味。2021年夏は日本代表の共同キャプテンを務めた。