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濱田庄司の窯を継承し、未来へつなぐ。『かさましこ登り窯プロジェクト』が紡ぐ物語

濱田庄司の窯を継承し、未来へつなぐ。『かさましこ登り窯プロジェクト』が紡ぐ物語

栃木県益子町。 近代陶芸の巨匠・濱田庄司が作陶の拠点としたこの地には、いまも彼が築いた登り窯が残されています。1931年に築かれ、実際に使われ続けてきたその窯を、現代の作家たちが再び焚く。それが『かさましこ登り窯プロジェクト』です。

この取り組みは単なる復活でも、記念事業でもありません。 受け継がれてきた窯を未来へどうつないでいくのか。〈fennica〉ディレクター菊地優里とバイヤー藤田佳大が、笠間・益子の作家が窯出しを行う「濱田庄司記念益子参考館」を訪れました。

『かさましこ登り窯プロジェクト』について

日本遺産“かさましこ”認定5周年を機に始動した本プロジェクトでは、総勢100名以上の作家が参加。窯詰めから火入れ、三日三晩にわたる窯焚き、そして窯出しへと続く一連の工程を通して、歴史ある窯を再び動かす試みが始まりました。
2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた登り窯は、2年の年月をかけて修復。2015年、濱田庄司の生誕120年を記念して再び火が灯り、2018年に2度目の窯焚き、今回で3度目の取り組みとなります。
守るだけではなく、動かし続けること。その意志の延長線上に、『かさましこ登り窯プロジェクト』はあります。

濱田窯を引き継ぐ濱田友緒さんは『かさましこ登り窯プロジェクト』を支えるひとり。

斜面に築かれた連房式の登り窯は長さ約16メートル、横幅は約5メートルと迫力ある大きさ。

火との距離が近い「大口」から上部に向けて窯内の温度が変わっていくため、作品の大きさや釉薬の使用量によってそれぞれ窯の位置が異なる。

登り窯を支える、笠間と益子の人々

益子は土味を生かした素朴で力強い表情が魅力の産地。一方、笠間は自由度が高く、多様な作風が生まれる土地として知られています。

参加したのは総勢100名以上の作家たち。焼き上がった作品は約5500点。窯出しの日、器は1点ずつリレーのように手渡され、長い板の上へと並べられていきます。作家それぞれの個性がにじむ作品が同じ窯を経てひとつの風景をつくり出していく様子は、このプロジェクトならではの光景です。

窯出しされた陶器を、人の手でひとつずつ受け渡していく。

窯の中でそれぞれに表情を宿した器たちが、静かに、しかし確かな存在感をもって姿を現す。そこには、産地の違いを超えたひとつの時間が流れていました。

窯の位置ごとにずらりと並べられた陶器たち。湯呑みや小皿から造形的なオブジェまでさまざま。

開催地である「濱田庄司記念益子参考館」。

〈fennica〉は『かさましこ登り窯プロジェクト』にどう向き合うか

これまで〈fennica〉は、日本各地の手仕事と向き合いながら、その背景にある文化や思想を伝えてきました。ただ買い付けをし販売をするのではなく、その土地の時間や価値観をお客様に繋ぐことが大切だという考えが、レーベルの根底にあります。

「濱田庄司が愛用した登り窯は、“かさましこを構成する文化財のひとつ”でもあります。 その登り窯がまた復活する。そのお知らせを聞いた際は、登り窯が続いてほしいと願う身としてはとても嬉しい気持ちになりました。
実際に窯出しにお邪魔すると、作り手のみなさまの熱気に圧倒されました。窯から出されたものは多種多様。それぞれの作家さまが、思うようにいかなかった点や偶然うまくいった点などを和気あいあいと、しかし真剣に話されていて、登り窯ならではの会話が繰り広げられていました。
今回〈fennica〉でご紹介できる作り手の方々のうつわも、登り窯ならではの力強さを感じさせるものばかりです。手仕事であればもちろん1点ものですが、登り窯で焚くことでさらなる変化が生まれることがあります。その偶然の1点をぜひ店頭で感じてもらえたらわたしとしても大変うれしい限りです(菊地)」

「特別な登り窯に対して笠間と益子の作り手の方々がお互いに手を取り合って向かい合っている様子にとても心打たれました。ひとつの火によって生まれた作品たちは焼き上がりにそれぞれの表情があり、その特別な仕上がりを目にすると、轟々と燃えていた火がいったいどんな動きを窯の中で見せていたのだろうと、この登り窯だからこその想像が膨らみました。
登り窯だからこそのチャレンジや工夫をされている作り手の方が多く、それぞれのお気持ちや実際に焼きあがっている器たちを紹介出来ることにプレッシャーも感じている半面、とても心待ちにしています。この気持ちは、窯出しに立ち合い、心から喜ばせてもらったあの時間があってこそだと思っています。お客様にはそんな器たちと出会えて嬉しい気持ちを実際にお店で感じてもらえたらと願っています(藤田)」

ふたりが買い付けた器は、2026年3月20日(金)から29日(日)まで新宿の「ビームス ジャパン 5F fennica STUDIO」で行われる『かさましこ登り窯プロジェクト BEAMS JAPAN 5F fennica STUDIO』にてご覧いただけます。

小売の視点から見る、文化の継承と未来。〈fennica〉 × 〈陶庫〉 対談

栃木県益子町に店を構える老舗陶器店〈陶庫〉は、益子を代表する作家から若手まで、幅広い作品を扱うギャラリーとしても知られている。地域に根ざした商いを続けながら、産地の歴史と現在をつなぐ存在です。
そこで今回は、益子の陶芸史や産地の変遷に精通するオーナーの塚本倫行さん、ギャラリー運営と販売の現場を担いながら、現代の流通やWEBとの向き合い方について実務的な視点を持つ塚本慈さん、そして〈fennica〉ディレクター菊地、バイヤー藤田の4人で鼎談を実施。『かさましこ登り窯プロジェクト』を通じて、文化を継承するために小売が果たせる役割とは何か。それぞれの立場から話してもらいました。

登り窯だからこそ、偶然がつくる美しさがある

—〈陶庫〉と〈fennica〉が考える、登り窯ならではの魅力を教えてください。

塚本慈さん:木工など他のものづくりは、手をかければかけるほど磨かれていくプロセスだと思うのですが、焼き物はどれだけ前工程を積み重ねても、最後は火に委ねるしかない。現代ではガス窯や電気窯で、なるべく狙った質感や色味を出しやすい環境が整っています。でも登り窯はその対極にある。もちろん狙いはあるけれど、まったく違うところに行ってしまうこともある。それも含めて楽しみなんです。

菊地:普段は均一な仕上がりを目指している作家さんが、あえて登り窯に挑戦されている姿が印象的でした。「開けてみないと分からない」という緊張感も含めて、作品の一部になっているように感じましたね。

塚本慈さん:再現性がないということは、裏を返せば、二度と同じものが生まれないということ。そこが登り窯の面白さの一つだと思います

親子で〈陶庫〉を運営する、塚本倫行さん(左)と塚本慈さん(右)

—益子と笠間は隣接する産地でありながら、その成り立ちも、ものづくりの空気も少しずつ異なりますよね。

塚本倫行さん:笠間の方が、益子より80年ほど歴史が深いんです。笠間で修行した作家が益子で活動を始めていったので、どちらかというと弟なんですよ。ですが、濱田庄司が1930年に拠点を益子に構えることで、その状況が変わっていった。当時は益子から東京まで繋ぐ電車があり、比較的アクセスがしやすかったこともあり、産地としてより活発化したという経緯があります。

藤田:笠間と益子、作家の在り方にはそれぞれどんな個性があるのでしょうか?

塚本倫行さん:笠間は、松井康成さんのような有名な方がいらっしゃることもあり、作家性が強い人が多い印象。対して益子は、濱田庄司が地元の素材を使って作った、というところが象徴的で、今でも地元の素材や釉薬を使う人がたくさんいらっしゃいます。

菊地:益子の作家さんは「今回は濱田窯が普段使用している益子ならではの釉薬を借りて作りました」 という話も多くて。地元で何かを残したい、という気持ちが強いのかなと感じましたね。
藤田:一方で笠間は、"こうじゃなきゃいけない"がない分、間口が広い。陶芸をやってみたい人を受け入れてくれる文化があるんだな、と器を見ていても思いました。ただ、益子はこう、笠間はこうという二項対立ではなく、それぞれの魅力があり、個性に結びついているのがいいところ。
塚本慈さん:素材から創造するのか、作りたいものがあって素材を選ぶのか。どちらが正解という話ではないんですけど、その幅そのものが、焼き物の魅力であるのかなと、個人的に思います。

物語をどう届けるか。現地と都市、それぞれの役割

—続いて、益子で現地の作家さんとのコミュニケーションを取りながら作品を取り扱う〈陶庫〉と、日本の手仕事や民藝をセレクトショップの視点で伝える〈fennica〉。ともに小売業を営む上で、陶器を扱うことに対する考え方をお聞きしたいです。

塚本慈さん:本当は一つひとつ手に取ってもらいたいですね。重さや質感を感じてもらうのが一番ですから。ですが、昨今の潮流を鑑みるとオンライン販売は避けては通れません。

菊地:正直、個体差が大きいので難しいですよね。写真とまったく同じものはありませんし、管理コストも高い。でも遠方の方にとっては迎えられる機会にもなるので、店頭での販売と併せて、大切に向き合っていきたいと思っています。

藤田:お店であれば、窯のことや背景を直接お話できます。でもオンラインでは、それをどう翻訳するかが大事で。今回の『かさましこ登り窯プロジェクト』も、登り窯の様子や、どれだけの時間と労力がかかっているのか。そこまで含めて伝えたいですね。価格だけを見るのではなく、“なぜこの価格なのか”まで届けば、器の見え方は変わるはず。

塚本慈さん:登り窯は、コストだけで見れば決して効率的ではない。でも、そこにある価値をきちんと伝えるのが、ギャラリーや小売の仕事だと思っています。

登り窯を受け継ぎ、未来へつなぐ作家たち

加藤舞 @makatomori

「初めての参加で大変でしたけど、すごく楽しかったです。私は5年前に東京から益子に移住してきたんですが、今回のプロジェクトに参加することで、横のつながりができたのが一番うれしかったですね。普段は一人で制作することが多いので、みんなで窯を囲む時間は刺激になりました。益子は外から来た私にもウェルカムで、困ったら誰かに聞ける空気がある。これからも、この地で作り続けたいと思っています」

「ガス窯だと“ジュワッ”と広がる仕上がりになるんですが、登り窯だと少しパサッとして、粒がきらっと出る。その違いが面白いですね」

「モチーフは、ほとんど草花ですね。江戸時代の見本帳や草花図などを参考にすることもありますが、最初は真似して描いていても、描き続けていくうちに自然と自分の線になっていきました」

「スリップウェアは薪窯でしか挑戦しないので、あまり多くは制作していません。普段のガス窯とは全然表情が違う仕上がりになるんですよ」

馬目隆弘 @manome_studio

「笠間から参加しました。今回が初めての『かさましこ登り窯プロジェクト』です。普段は一人で作業しているので、100人近い作家と一緒に窯を囲めたのは本当に楽しかったですね。釉薬や火のことを直接聞けるのも面白かった。温度計もなく、色見本を見ながら焚く。その感覚的な焼き方も新鮮でした。思い通りにならない部分も含めて、実験のような楽しさがあります」

「最近は鳥や馬などのモチーフを描いています。ノートの隅に落書きするような感覚で、自由に」

「今回は古信楽の土や灰釉、錫白釉など、普段あまり使わない素材にも挑戦しました。薪窯ならではの変化が出るのが面白くて、白がほんのりピンクに揺らいだり、“かいらぎ”が強く出たり。酸化と還元のあいだの、少し曖昧なところにいる感じが登り窯の魅力ですね」

塩幡桃子 @momoko.shiohata

「100人近い作家が集まって一つの窯を焚く機会はほとんどないので、横のつながりができたのがすごく良かったです。他の作家さんの話を聞けるのも刺激になりました。釉薬は、なるべく地元で取れる土や石、灰を調合しています。登り窯では、普段よりも表情が強く出たのが意外でした。白が少し揺らいだり、“かいらぎ”と呼ばれるボコボコした質感が出たり。ガス窯や灯油窯ではなかなか出ない変化なので、窯出しのときは嬉しかったですね」

「形は中世ヨーロッパの古い器を参考にしています。単純なものより、少しゆるっとしてホッとする形が好きなんです。技術的に思う通りに作れるようになっても、やりすぎない。そのゆるみを大切にしています」

「使う人が、少し肩の力を抜けるような器を目指しています」

岩村吉景

「今回で3回目の参加です。私は窯焚き班にも入っていて、5番の部屋を担当しました。一番下は温度が高く還元も強い。5番あたりは、“次の部屋に火をつなぐ役割”がある。それぞれの部屋で性格が違うのが登り窯の特徴ですね」

「釉薬は、益子で採れる原料をなるべく使っています。柿釉の原料をベースに、自分で調合していますね。同じ釉薬でも、薪の灰がかかる場所かどうかで全然表情が変わる。棚の前に置いたものは灰が強く当たって、ざらっとした変化が出ました」

「ろくろは蹴りろくろを使っています。自分の足で回転を調整できるので、ゆっくり回せば柔らかい形になる。あまりカチッとしすぎない、その揺らぎが好きなんです」

木村文子

「私は第一回から参加しているので、今回で三回目です。本格的に動き出すのは窯詰めのときからですが、それまでに素焼きや釉掛けを終えておかないといけない。日程が決まるまでに間に合うように逆算して制作します。皆でやるからこそ、そこはずれられないんです」

「せっかく〈濱田窯〉でやるのだから、流し掛けのブローチは必ず入れようと最初から決めていました。これは〈濱田窯〉に関わる場だけで販売していて、売上の1%は寄付しています」

「益子の土に、益子の伝統的な釉薬をかけることを大切にしています」

濱田友緒 @tomoohamada

「『登り窯プロジェクト』は今年で3回目ですが、回を重ねるごとに経験が生きていると感じます。笠間と益子の作家が一緒に取り組むことで、前よりもまとまりが良くなってきた印象ですね。登り窯は、窯の中でどう火が回るか分からない。黒い釉薬が思いがけず黄色に発色したり、角度によって色味が変わったり。そこは皆と一緒に焼くからこその面白さです」

「今回は赤絵を重ねず、登り窯の焼き上がりで完結する表現にしました」

「底には花菱の家紋も入れています。記念でもあり、この窯で生まれた証でもあります」

益子へ来たらここへ

濱田庄司記念益子参考館

陶芸家の濱田庄司が暮らし、作陶の拠点とした場所。自邸や工房、登り窯を保存公開し、蒐集した世界各地の民藝品とともに、その思想と歩みを今に伝えています。
〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子3388
https://mashiko-sankokan.net

赤羽まんぢう本舗

益子の町歩きで立ち寄りたいのが、老舗和菓子店の赤羽まんぢう本舗。名物は、やさしい甘さのこしあんを黒糖の薄皮で包んだ『茶まんぢう』。濱田庄司のお気に入りで、来客用に100個の注文が入ることもあったのだとか。このまんじゅうのために、まんじゅう皿を制作したことでも知られています。
〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子2910
0285-72-3153

陶庫

1974年に創業した陶器ギャラリー。約40名の作家の作品を扱い、創業当初から続く展覧会はこれまでに1000回以上開催されています。店舗は築約100年の木造建築を曳家で保存した、歴史ある空間も魅力。
〒321-4218 栃木県芳賀郡益子町城内坂2
https://mashiko.com

登り窯で焼かれた一つひとつの器は、偶然と必然が重なり合って生まれたもの。その背景にある人や土地の物語まで届けてこそ、小売の役割は果たされます。〈fennica〉は、売ることを通して文化をつなぐ、その媒介であり続けたいと考え続けています

『かさましこ登り窯プロジェクト BEAMS JAPAN 5F fennica STUDIO』

開催期間
2026年3月20日(金・祝)〜3月29日(日)
開催店舗
「ビームス ジャパン」(新宿)5F「fennica STUDIO」