彼らは照明が消え足音が聞こえなくなると大きな伸びをして、長時間、縮こまっていた関節をいつものように思い切り伸ばす。
短い雄叫びのあと、ゆっくり伸ばした四肢を舐めながら、周りの仲間たちの様子を確認する。
壁に飾られた名画の主人公たちもそれぞれのアクビを楽しみ、額縁からはみ出るのも気にせず伸びた両腕を上にあげて大きく深呼吸した。
版画の植物たちはするすると伸びて、蔦を絡ませながらあっという間に壁面を覆っていく。
獣たちの息遣い、ドレスの衣摺れの音、むせ返るようなジャングルの匂い。
野性の輪舞曲。
今日は彼女を誘って夜の美術館を楽しんだ後、軽くシャンパンを飲みながら東京の夜景を楽しむ予定だ。
昼間の喧騒は消え、ひっそりとした館内に私たちの笑い声だけが響いている。
大空の雲を眺めることもなく、川のせせらぎも聞こえない都会の休息。
でも、ほんの少しの、美しい泡のような非日常感さえあれば、私たちは大丈夫。
たわいもない噂話をして笑い合い、仕事のトラブルと成果を語り合い、
渋谷駅の変貌に驚き、人気のテレビを熱く語り、オリンピックの是非で意見を戦わせ、
そんな風にしていつもの金曜の夜は過ぎていくはず。
今日の彼女は落ち着いた煉瓦色のパンツにキリッとした紺ブレ。
スカーフはヒョウ柄ではなくジオメトリック模様。
獣たちを刺激する要素は何もない、大丈夫だ。
ふと、私は背後に動く気配を感じた。
ゆっくり振り向くと、1枚の絵画の中でテナガザルの子どもがほんの少し体を揺らしている。
彼女がつけている大きなフープイヤリングが揺れているのにリズムを合わせて。
ゆらゆら、ゆらゆら。
すっと、テナガザルの子どもがこちらに手を伸ばしてきた。
「そろそろ行こっか」
私は慌てて彼女の背中を押して、展示室を出た。
美術館の外で見上げると、煌々と夜を照らす満月がすべてを見透かすかのように、
謎めいた光を放っていた。