「はい! これで全カット撮影終了しました。みなさん、お疲れ様でしたー‼︎」
編集Aの声がメタリックなスタジオ内に響く。
マキはカメラマンとアシスタント、プレスらにペコリと挨拶をして足早にメイクルームの鏡の前に腰を下ろした。
「おつかれさまー」
出迎えたメイクのKさんから渡された冷たいおしぼりでマキは額の汗を抑え、コートを脱いだ。
「暑かったでしょう」
今日の外気温は35℃。年末にアップされるWEB企画の撮影だ。バックヤードにズラッと並べられた冬服を、端から端まで着たおした。クーラーの効いたスタジオならまだいい。外ロケでは太陽との大勝負をこなしてきた。
「ありがとー。スッキリした!」
マキはクルッと髪を上でまとめ、冬のメイクをサッと拭った。
「不思議だね、服だけじゃ暑いままだけど、メイクで一気に気持ちが寒い場所に来たみたいな感じがしたの」
そう。朝、鏡の前でメイクが完成した瞬間。たしかにマキは冬へタイムスリップしていた。そして今、ようやく夏へ帰ってきたのだ。
「マキちゃん、これからどうするの?」
「うーんと…どうしようかな」
Kさんはメイク道具を仕舞い、タオルを畳みながら台風がまた来るらしいよ、なんて話している。マキも鼻唄まじりに帰り支度を始めた。
「フフフッ」
突然、マキを見てKさんが笑った。
「何? なんか可笑しかった?」
「マキちゃんの鼻唄」
「え?」
「クリスマスソング」
「あ、ああ…フフフ」
しまった、まだ冬気分が抜けていないらしい。だって、真冬が大好きだから。
フレンチタックの白いプルオーバー。籐籠を下げてメイクルームを出ると、スタジオではセットの片付け中。若いアシスタントたちが粉雪をチリトリでかき集め、白樺は端の方で壁に立てかけられている。
「ありがとうございました」
スタッフにもう一度挨拶をして、エレベーターを待った。
冬かあ…。
子どもの頃、大雪が降った。隣の家に住むミヨちゃんと大きな鎌倉を作ったっけ。中でミカンを食べて、ゲームボーイをしたりして。
女子校時代は制服のスカートを思い切り短くしてた。どんなに寒い日でも下にジャージを履くのはオシャレじゃない!って、頑張ってたなあ。太腿が赤くキンキンに冷えて…お母さんが毎日心配していた。
素敵だったのは、3年前の2月の箱根。彼の突然の思いつきで朝から出かけた。地獄谷で黒卵を食べて、雪の富士山を眺めてなんだか老夫婦みたいだねって笑いあって…。彼、元気にしているかな。
…さて、今年は。
鍋でしょ、カニでしょ、チーズフォンデュでしょ。友達とテーブルを囲んで、お笑い番組や映画、古いドラマを一気見したい。お気に入りのセーターを出すあのワクワク、去年のコートが今年も素敵だった時…街が姿を変えるクリスマスシーズン!
「ストレンジャーシングス3」も年末年始の冬籠りに備えてまだ観ていないの。ああ!楽しみで、たまらない…!
エレベーターの扉が空いた。駐車場のムワッと湿気た空気が身体を包んだ。
やっぱり、まだまだ真冬は先かな。
このまま車で南半球まで行けたらいいのに…なんてね。デパ地下でベトナム料理をテイクアウトして、家で「ストレンジャーシングス」1から復習しようかな。冬に備えて。