VOL.

A TOTAL OF 17 STORIES ABOUT WOMEN WHO LIVE THEIR
EVERYDAY LIVES WITH A SENSE OF CURIOSITY AND FRESHNESS,
BROUGHT TO YOU BY THE MODEL MAKIKO TAKIZAWA.

ISSUE

2019.12.05 UPDATE

VOL.14

「アン王女のように」
青野 賢一

味とクリエイティビティ、それに自分の住まうアパルトマンから至近という理由で、ジャン・コクトーが食卓のように使っていたパレ・ロワイヤルのレストラン「ル・グラン・ヴェフール」。ここのオーナーシェフ、レーモン・オリヴェが著した『コクトーの食卓』という本がある(辻邦生訳、講談社刊)。コクトーが好んで食した料理についてをコクトーとの思い出を交えて綴ったもので、挿絵としてコクトーのドローイングが添えられている楽しい一冊だ。

 

「スープ」「前菜」といった具合に、目次がメニュー仕立てになっていて、最後は「カクテル」で締めくくられている。基本的にフレンチなので、これを読んで実際に作ってみようとはならないが(この本にはそれとなくレシピも載っているのだ)、読んでいて気分がいいので、私は結構な頻度でページをめくっている。とりわけ好きなのが「デザート」の章。「葡萄園の桃」「アル・ブラウンの勝利者杯」など、取り上げているデザートそれぞれの見出しを見ただけではどんなものかさっぱりわからないのがいいのだ。

 

さて、先に記した通り、ここに載っている料理は基本的にフレンチなのだが、「デザート」の章の導入部分では冷菓に関する歴史や各国の事情に触れており、これがなかなか興味深い。冷菓とはすなわちアイスクリームやシャーベットの類のこと。曰く「世界最初のデザートは、紀元前四世紀に中国人のあいだで知られていたシャーベットで、これがマルコ・ポーロの手でヴェニスに持ちこまれたというのは、よく知られた話である。それ以来、イタリア人はパスタとアイスクリームのチャンピオンになり、その点は今もって変わらない」。もっとも、調べてみると冷菓のはじまりは諸説あるようで、オリヴェが述べているのはそのうちの一つ。そして、「アイスクリームのチャンピオン」と訳されているが、これはジェラートのことを指していると思って間違いなさそうだ。厳密にいえば、アイスクリームとジェラートは成分が異なるのだが(ジェラートは日本のアイスクリームの種別では「アイスミルク」だそう)、この本の日本語版が出た当時(1985年)においては、ジェラートという言葉は馴染みが薄かったので、あえて「アイスクリームのチャンピオン」と訳したのでは、と想像する。

 

ともあれ、ジェラートといえばイタリアがチャンピオンということに異論はないだろう。1953年の映画『ローマの休日』では、その地位を世界に知らしめた。作中、オードリー・ヘプバーン演じるヨーロッパの某国の王女・アンは、新聞記者のブラッドレー(グレゴリー・ペック)に借りたお金(王女は現金など持ち歩くはずもない)でスペイン広場に出ていた屋台のジェラートを買う。このシーン、ご記憶の方も多いだろう。その際、屋台のおじさんに「ジェラート?」と問いかける。おそらくアンは「これが噂に聞くジェラートというものかしら?」と思って、勇気を出して買ったにちがいない。なにしろ王女。世間の流行りなどとは無縁で、その一挙手一投足が常に誰かの視線に晒されるという息苦しさを感じながら日々を送っている。そんなアンは、初めて自分で買ったジェラートを食べながらスペイン広場の大階段に腰掛けて空を仰ぎ見る。「あぁ、なんて自由なのだろう!」とでもいいたそうな表情で。

 

このシーン、いってしまえば「買い食い」なのだが、取り立ててみっともない印象がないのは、買い食いしているのがオードリー・ヘプバーンだからというだけではない。かつて砂糖が高級品であったのはご存じの通りで、その砂糖を使用したジェラートもまた庶民がおいそれと口にできるものではなかった。要は王族や富んだ貴族向けのデザートだったのである。そんなところからか、ジェラートには不思議と品格がある。その意味では、『ローマの休日』のこのシーンは、今や誰でも気軽に食べられるジェラートの本来の出自––––高級品であり、それを王女が食するという往時の図式––––を我々に意識させるものといえるだろう。さぁ、そうとわかれば話は早い。仕事帰りにジェラート欲が高まったなら、迷わず買って街中でいただいてしまおう。『ローマの休日』のアン王女よろしく自由な空気を感じながら。ジェラートだったら小ぎれいな格好で食べていても絵になるし、またこの季節ならダラダラと溶け出してお気に入りの服やバッグを汚してしまう心配も少ない(ないとはいわない)。

 

PROFILE

MAKIKO TAKIZAWA

VERYの表紙モデルを経て、2020年4月より創刊される「VERY NAVY」を新たな活躍の場に。〝お母さん業〝が大好きと言い切る彼女のライフスタイルは、愛情とセンスでいっぱい。3児の母。特技は貼り絵、飾り巻寿司など多彩!

KENICHI AONO

ビームス創造研究所クリエイティブディレクター、<BEAMS RECORDS>ディレクター。文筆家として『CREA』『ミセス』『音楽ナタリー』などに連載を持つ。DJ歴は今年で32年。

https://www.instagram.com/kenichi_aono/

Model: Makiko Takizawa (NLINE) / Photo: Takanori Okuwaki (UM)

Hair: Koichi Nishimura (angle management office)

Makeup: Kazuko Hayasaka (W) / Styling: Takashi Ikeda

Location: keigoFukuda (A PLUS) / Edit: Kenichi Aono (BEAMS)