VOL.

A TOTAL OF 17 STORIES ABOUT WOMEN WHO LIVE THEIR
EVERYDAY LIVES WITH A SENSE OF CURIOSITY AND FRESHNESS,
BROUGHT TO YOU BY THE MODEL MAKIKO TAKIZAWA.

ISSUE

2019.12.19 UPDATE

VOL.16

「Eyes Wide Shut」
五所 純子

イルミネーションはいまや倦んだ現代人の点眼薬のようなものだ。コンビニエンスストアの陳列商品のように二十四時間営業で白く青く馴らされた光を浴びる日々に息がきれ、ふいに樹木や船舶や建造物に巻きついた光を眺めにいく。光に目を灼きくたびれながら、それでも光を見ようとする生態とは不思議なものだ。「東京の空はピンク色」と歌手がうたったのは三十年前のことで、「東京には空がない」と女優がつぶやいたのは六十年前だった。いまから七十五年前、祖母は空を見あげてトテモキレイナと思った。そのことは誰にもいわずに眠りについた。朝になると、土は焼けて畑には穴が空いて、親族に怪我人が出ていたりして、あちらこちらと修復するのに駆りだされ、夜襲の閃光について話している人などいなかった。あなた、目が潤んでるわよ、きっと熱が出てるのよ、ゆうべの爆風にやられたのね、横になって休みなさい、と隣人たちは祖母をいたわった。彼女は恋に落ちていた。秘密の恋だ。やがて戦地から夫が帰り、子供を迎え、家庭というものをこしらえて、人々はもう躊躇することなく部屋に灯りをともした。けれども人知れず恋をしていた彼女は夜を求めて空を見あげた。子供たちが流れ星を指さすと、彼女は微笑みを返すだけですぐに何もない空に視線を戻した。町中は街路灯や照明看板や電光掲示板などにあふれ、しだいに夜空が薄れていく。空はもう彼女が待ち望んでいるものを映してくれそうになかった。これが幸福だと誇るように平和だと塗り替えるように光に埋めつくされていく時代を、彼女は瞼を閉じてやりすごした。ふたたび目を開いたのは大地震のときだった。家が揺れ、街は暗がり、贅沢は敵になり、女たちがスカートからズボンに履き替えたのを見て、彼女はアノトキミタイと夜空を見あげた。空はわずかに濃い闇をとり戻していたが、でもやはり、彼女の恋した光が空から舞い降りてくる気配はなかった。たぶん二度となかった。彼女は本格的に目を閉じて、瞼の裏で好きなだけ戦火を見つめた。十二月、カウントダウンするように一つまた一つと電飾が灯されていく。人間はイルミネーションに群がって背景にある闇のほうに慰められているのかもしれない。

 

PROFILE

MAKIKO TAKIZAWA

VERYの表紙モデルを経て、2020年4月より創刊される「VERY NAVY」を新たな活躍の場に。〝お母さん業〝が大好きと言い切る彼女のライフスタイルは、愛情とセンスでいっぱい。3児の母。特技は貼り絵、飾り巻寿司など多彩!

JUNKO GOSHO

文筆家。映画や文芸を中心に、雑誌・書籍・パンフレットなどに寄稿多数。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)など。連載に「ドラッグ・フェミニズム」(「月刊サイゾー」)、「映画の平行線」(i-D JAPAN web)など。

Model: Makiko Takizawa (NLINE) / Photo: Takanori Okuwaki (UM)

Hair: Koichi Nishimura (angle management office)

Makeup: Kazuko Hayasaka (W) / Styling: Takashi Ikeda

Location: keigoFukuda (A PLUS) / Edit: Kenichi Aono (BEAMS)