出会えた好きを大切に。

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    一番の良き理解者であり、恋人のような 存在である音楽のこと/武居詩織

    「エッセイ:『好き』をおいかけて。」vol.7

    SHIORI TAKESUE
    テキスト:武居詩織 編集:竹中万季

    Mar 12.2021

    我が家は幼い頃から音で溢れていた。
    音大卒でピアノの先生をしていた母のもと、朝からはずっと有線でラジオが流れ、CarpentersThe Beatles、ジャズなどのCDが流れ、その合間に母のピアノの音が混じるような家だった。

    音楽と出会ったというより、物心ついた頃には音楽が日常に染み込んでいたというのが正しいかもしれない。
    ごく自然な流れでピアノとエレクトーンを習い、ラジオで日々音楽を聴き、小学生になる頃にはヒットチャートやアニメの主題歌のCDを買うようになっていた。

    バンドとの出会いは母と一緒に車の中で聴いていたラジオで、なんだか声が耳に残って離れなかったBUMP OF CHICKENの『天体観測』を聴いたことに始まる。
    私の住む街はとても小さく、CDショップはギリギリ存在だけはしていたレベルで、インディーズや洋楽などの取り扱いはほぼなかった。
    パソコンや携帯電話で必死に情報を集め、MDに録音して勉強中に何度も何度も擦り切れるくらいお気に入りの曲を聴いたものだった。

    受験勉強の時には息抜きに音楽を聴くのが至福の時間で、自販機でコーンポタージュを買って寒空の下、手足の感覚がなくなるくらいまで土手で音に溶けながら星空を眺めていた。
    その頃には、それまで日常に当たり前に存在していた音楽というものが、思春期という多感な時期も相まって、より特別感を増してきていたように思う。

    そうしてインディーズバンドにハマり、例に漏れずギターを買い、挫折。
    あの時の私に最初からレスポールはやめておけと言ってあげたい。
    幼少の頃からピアノとエレクトーンは習っていたけれど、練習中に母から怒られた記憶もあるのかはたまたギターを挫折したせいなのか、ここで「音楽が好きすぎて嫌いになりたくないから自分ではやらない」いという選択に至る。
    頭で感じるよりも感覚的に受け入れ、ただいつまでも音楽を楽しみ続ける最高のリスナーでありたいと思うようになった。

    そういう理由で軽音部ではなかったけれど、軽音部の人達と仲良くなり様々な音楽を掘り下げていくことを覚えた高校生活を過ごし、段々と聴く音楽の幅が広がってきた。
    激しければいいみたいな衝動もあり、パンクやメタルなども聴いていたが、なぜか洋楽好きが周りにおらず、18歳の時に初めてきちんと洋楽に触れるようになった。
    最初は英語わからないし……と思ってたけれど、洋楽にどハマりした一番の転機になったのは初めてのフェス経験だった。


    エレクトラグライドでのクリス・カニンガムに新たな世界の目覚めを感じ、フジロックでのAtoms For Peaceに衝撃をうけた。

    まさに雷に打たれて恋に落ちるように、体全体が心の底から、脳の内側から、震えた。全身に鳥肌が立った。
    全てを吹き飛ばすような経験したことのない音圧、空間全てを牛耳って色付けてゆくような、新しい世界が広がった感覚があった。

    初めてのフジロックは衝撃の連続だった。
    ベテランの先輩達に連れられ、夜中に出発し、前夜祭の日の朝一に駐車場に着き、キャンプサイトが開くまで6時間並んで待つ。
    テントを平らで入り口に近い良い場所に立てるにはこれしかないのだ。
    待っている間にも雨が降るので、待機列のロープの間にビニールテープでレジャーシートを止め、伸縮棒を真ん中に突っ張り簡易テントをつくって凌いでいて、出だしから感心したのを覚えている。

    そのフジロックに通う人達の玄人感や、音楽に対するストイックさに、心底惚れてしまったのだ。

     

     

    過酷な思いをしたり、ずぶ濡れになっても、それでもそれ以上に音楽が楽しいのだ。
いや、むしろそれだからいいんだよ、くらいの気持ちになってくるから不思議なものである。
    こんなにも皆がそれぞれで楽しそうな場所があるだろうか。
    音楽が好きな人たちに囲まれて、存在しているだけで幸せを感じる空間。笑顔で踊る人たちを見ながら過ごす時間はまさに天国だった。
フェスだから楽しい、アーティストがいいから楽しいだけではなく、フジロックだから楽しい、フジロックだから行きたいと思えるのがフジロックの一番の魅力だと思っている。

ライブ中に感極まって涙が出る経験は多々あれど、音楽が好きすぎてフジロックの最中に熱い想いが溢れて何も観ていないのに号泣した時は、自分でも「いよいよきてるな……」と思った。そのくらい人を熱狂させる何かがそこにはある。

     

     

    こうしてどんどんと生きていく中で音楽が生活に浸透してゆき、私の中での音楽という存在は揺るぎないものになっていった。

    今まで生きてきた思い出の端々に音楽が染み込んでいる。絡まり合ってもう解けないくらいに。
    音楽は私の人生をいつまでも鮮やかに彩ってくれる。
    私にとっての音楽は一番の良き理解者であり、恋人のような感覚なのだと思う。
    楽しい時も、辛い時も、そっと寄り添い支えてくれる。
    そう、今までずっと一緒に生きてきたのだ。それは特別にもなるだろう。

    音楽を聴いていると、体の周りが透明な泡で覆われて別の世界をつくりだしてくれて、いつどこにいてもなんだか守られているような、時に勇気をくれるような気持ちに自然となる。
    通勤電車に揉まれても、心のパーソナルスペースを確保してくれる。

    モデルという仕事において私は感覚を一番大切にしていて、その感覚を養ってくれたものが音楽だと思っている。
    音からインスピレーションを得ることは多分にあり、昔から音楽を聴いて想像力を掻き立てられていたことによって、今の仕事に生きる表現力が培われてきたように思う。
    撮影の現場でも常に音楽は流れている。私は現場の方々の趣味で流されている音楽を聴くのがとても好きだ。普段聴かない音に触れられることを楽しんでいる。
    関係のないように思えるけれど、気づけばモデルの仕事にもすっかり音楽というものが自然と染み込んできているから不思議だ。

     

     

    私は音楽が好きだ。音楽、そのものが。
    あまりにも音楽が日々に染み込んでいるせいで、好きな系統はあれど、その日の気分に合わせて聴くものを変えているような気がする。
    最近はいつどこにいても新しい音楽を掘ることができるようになって、少しでも空いている時間があればスマホで世界の音の海に溺れている。
    国境も言語も関係なく、原始的な衝動に突き動かされるように音を求めてしまう。もはや理屈ではないのだ。

    ライブはなかなか観れなくなってしまったけれど、たまに集まってライブ映像を見たり、レコードを聴いたりしながら音楽好きな友達と語り合う時間が最高に楽しい。
    世界がどうなろうと、心の中で音楽を鳴らすのは止められない。

    ずっと知り尽くせない広がり続ける宇宙のような音楽の魅力にどっぷりと浸かってしまっているのだ。
    両親がつけてくれた名前の通り、こうして音に包まれてこれからも私の人生という詩は織りなされていくだろう。

    PROFILE

    SHIORI TAKESUE武居詩織

    埼玉県出身。透明感のある唯一無二の存在感で、広告・ファッション雑誌等で活躍。 趣味は音楽鑑賞で、FUJI ROCKなど国内のフェスに毎年参加するほどの音楽フリーク。 音楽好きモデルとしてライブのレポートなどで活躍する傍ら、有名アーティストのMVにも続々と起用されている。

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