2年に一度、陸上競技のトップアスリートが集まり“世界一”を競う『世界陸上』。今年はなんと34年ぶりとなる東京での開催。日本中が今熱く盛り上がっています。そこで、1991年東京大会で男子マラソン唯一の金メダルを獲得した谷口浩美さんにインタビュー! 日本中を熱狂させたあのレースについて語ってもらいました。
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谷口浩美
HIROMI TANIGUCHI
1960年宮崎県生まれ。日本体育大学卒業後、旭化成に入社。9
1 年世界選手権東京大会で日本男子初の金メダルを獲得し、92年のバルセロナ五輪では転倒しながらも8位入賞。レース後の「コケちゃいました!」のひと言で、一躍国民の人気者に。現在は講師やゲストランナーとして活動している。
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― まず、1991年当時の東京世界陸上について教えてください。
1980年のモスクワオリンピックでは、前年にソ連がアフガニスタンへ侵攻し、それに抗議したアメリカをはじめ日本を含む50カ国以上がボイコットしました。これをきっかけに、本当の世界一を決める陸上だけの世界大会を開催しようと動き出したのが、始まりだったと思います。1983年にスタートし、3回目となった東京大会は、日本人に金メダル候補が少なく、オリンピックを最高峰と考える人が多かったため、地味に幕を開けるだろうと見られていました。ところが、女子マラソンで山下佐知子さんが銀メダル、有森裕子さんが4位入賞。男子100mではカール・ルイスが世界新記録を樹立し、一気に陸上競技への熱が高まり、それからのチケットが即完売となったんです。
©︎aflo
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― 残暑厳しい東京での過酷なレースに、リタイアする選手が続出した男子マラソン。代表に選ばれた背景とは?
暑さも寒さも苦手だと思っていた僕が、真夏に行われた1989年、北海道マラソンを2時間13分で走り抜けて優勝したんですよ。そのとき新聞や雑誌で「暑さに強い谷口」と書かれたのを見て「自分は強いんだ!」と思い込んだんです(笑)
実は1991年2月の東京マラソンでは思うような結果が出せず、「代表には選ばれないだろうな」と諦めていたところ、声がかかりました。そこから過去13回のマラソン大会の記録をすべて分析して資料作りを開始。すると僕は、気温が10度以下では一度も優勝したことがなくて、10度以上だと7勝していたんです。そのデータをもとに世界選手権の作戦を立てました。優勝後のインタビューで何を答えるかまで(笑)、台本の準備をしていました。
まさに、“日本のマラソン史を変えた”金メダル
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― 大会を振り返って、どのあたりで金メダルを確信していましたか。
金メダルを獲りたい!というよりは「優勝すれば金メダルがついてくる」という感覚に近かったです。日本の暑さは単に気温だけでなく、湿度も高い。海外選手の多くはそこまで準備をしていませんでした。僕はレース中の給水補給がどれほど重要かを知っていたので、現場でどう対応できるか常に意識をしていました。ずっと中山竹通さん(1980〜90年代前半まで日本マラソン界をリード)が前を走っていたので、給水所の僕のボトルは倒れていたり落ちていたりする状況も想定して走る。レースは生き物なので、こうした準備と対応力が勝敗に大きく影響したと思います。
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― 映像を見ると、比較的長い距離を集団で走っている印象を受けました。
最近の大会では、30km地点まではペースメーカーがつくので、残りの12.195kmで勝負が始まることが多い。でも、当時はその存在もなく、スタートと同時に駆け引きが始まるので、「ペーサーになりたくないけど、記録は狙わなきゃ」と考えながら前に出たり下がったりして、ペースを崩す選手が多かったと思います。
レース中に考えることは、エネルギーの消耗にもつながります。そこで、僕は意図的に駆け引きを仕掛けて、相手を揺さぶりながら、常に自分以外のランナーの頭を働かせる状況をつくるような走り方をしていました。
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レース前に作成されたノート(台本)
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― 谷口さんってレース中にいつも何を考えているんですか?
優勝者インタビューを受ける選手って、「本当に42.195kmも走ったの?」ってくらいハキハキと答えますよね。それはエネルギーが余っているからだと思うんです。だから僕自身は、レース中になるべく温存できるように、脳のスイッチのオンとオフを切り替えながら「考える場面」と「考えない場面」をつくることを意識しています。
マラソンに向かうときは、食事や睡眠時間を記録して、さらにスタートからゴールまでの心理状態もすべてピックアップしています。そのうえで反省文を書いて資料化しています。現実に起こったことをどう分析し、次にどう対応するか。その過程を通じて、自分の学習能力を試したいと思っているんです。
©︎aflo
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― 今回開催される東京大会の見どころや注目選手は?
自国開催の強みは、声援がダイレクトに届くこと。応援する時はぜひ下の名前で呼んであげてください。現地でもテレビでも、地図を見ながら「どこで勝負が決まりそうか」「どこで駆け引きがありそうか」を事前にチェックしておくと、より観戦が楽しめると思います。なぜなら世界選手権はペースメーカーがいない。スタートからガチンコ勝負なので、作戦の立て方が大きな見どころなんです。その中でも男子マラソンでいえば、吉田祐也選手はいい走りを期待しています。
僕の予想では、ケニアなどアフリカ勢は最初から飛ばさないと思います。あまりにも遅い展開だと日本選手も飲み込まれてしまう可能性が高い。だからこそ、前半はなるべく早い流れをつくり、みんなが乗ってきたら後ろに下がる、そんなレース展開が理想じゃないでしょうか。本番が楽しみですね!
Edit & Text : MANUSKRIPT