カルチャーは現象。誰かと何かが出合って、
気づいたらいつもそこにあった。
世界各地で生まれる新たな息吹を、
BEAMS的な視点で捉えて、育みたい。
きっと、そこにまた新たなカルチャーが
生まれるから。

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豊田弘治とサーフアートの30年。

モダン・サーフアートを牽引するアーティストの豊田弘治さんが、活動30周年の節目を迎え、巡回展『Unplugged』を開催。去る6月3日から6月26日まで行われた「B GALLERY」での展示を皮切りに、福岡・大阪・京都・横浜・ハワイを回ります。注目すべきは、初期に描いた作品のセルフカバーや、多数のアーティストとのコラボレーション作。サーフィンを原点にしながら進化し続ける豊田さんの表現は必見です。コラボレーションに参加した、息子でありアーティストの豊田弘大さんを迎え、30年前から本展についてまでお話いただきました。

profile

左:豊田弘治(アーティスト)

1962年生まれ、大阪府出身。サーフィンからインスパイアされた気持ちやメッセージをアートで表現する。1997年にカリフォルニアにある「インターナショナル サーフィン ミュージアム」で初めて展覧会を開催。それ以来、国内外でエキシビションを開いている。〈ザ・サーフショップ(THE SURF SHOP)〉のアートエキシビジョンのディレクターも務める。
Official Site

右:豊田弘大(アーティスト)

1991年大阪生まれ。15歳から作家活動を始める。2017年にニューヨークの「ネペンテス ニューヨーク」で初の海外個展『Home At ast』を開催。今年の春からは、巡回展『STAR CHILDREN』を大阪からスタート。星や宇宙の絵をメインに表現し、セレクトショップや雑誌にアートワークの提供も行っている。
Instagram:@kota_toyoda

サーフアートが確立していない30年前。

活動30周年を振り返ってみて、いかがですか?

豊田弘治(以下、弘治) あまり先を考えずに毎日を一生懸命生きてきて、それが積み重なっただけっていう感覚で。30年の実感はないですね。

30歳の誕生日に、弘治さんのアイコンとも言える『Enjoy SURF』をデザインされたそうですね。それからの活動はどのように展開していったのですか?

弘治 友達とカリフォルニアに行って、サーフィンをしながら展示できる会場を探しました。当時はいまみたいなギャラリーはなくて、ファインアートを展示するような画廊ばかりだったんですよ。作品を観てもらうためにサーフショップとかも回って、最初に決まったのは「インターナショナル サーフィン ミュージアム」という場所。1997年の展覧会でデビューしました。

『Enjoy SURF』の誕生から5年後ですね。

弘治 その時、ギャラリーの担当者に「豊田弘治じゃ分からないから、名前を付けろ」と言われたんですよ。バンド名みたいに。なににしようかなって考えて、屋号をパームグラフィックス(Palm Graphics)に決めました。パームの語源は“手のひら”なんです。ぼくの作品は手描きだから、ぴったりだなと思って。

そうだったんですね。そこから、どのようにして日本で活動することになったんですか?

弘治 その翌年も「インターナショナル サーフィン ミュージアム」で展覧会を開催したら、たまたまBEAMSの窪(浩志)さんが来てくれて。その出会いがきっかけで、ローンチされたばかりの〈ビームス ボーイ(BEAMS BOY)〉から、『Enjoy SURF』や『PALM PINE SUNSET』などをプリントしたTシャツをリリースさせてもらいました。〈ビームス ボーイ〉の勢いも手伝って、反響が大きかったことを覚えています。

デビューして間もない頃に自分の作品が世間から評価されて、いかがでしたか?

弘治 ぼくの作品がこんなに受け入れられるとは思っていなくて、自分でも驚きましたよ。そして2000年に、「ビームス ジャパン(BEAMS JAPAN)」で展示をやらせてもらいました。それもあって、今回の巡回展も「ビームス ジャパン」にある「Bギャラリー」からやらせてもらうことに。

その当時、サーフアートのシーンはどんな状況だったんですか?

弘治 ほぼゼロと言ってもいいぐらい。カリフォルニアでも、サーフィンを主題にしているアーティストはほぼいなかったと思います。どちらかと言うとマリンアートの時代で、(クリスチャン・)ラッセンとかが有名でしたね。60〜70年代だと、リック・グリフィン、ピーター・マックスみたいなサイケデリックなサーフアートを描いている人は割といたんですけど。

90年代、まだサーフアートは確立されたジャンルじゃなかったと。

弘治 サーフィンとアートとファッションは、各々が独立していた印象です。それぞれ繋がっていなかったけど、ぼくはサーフィンもファッションもアートも、ライフスタイルの一部と捉えていました。その考え方を窪さんが気に入ってくれたんですよね。そもそもぼくの作品は、サーフアートとカテゴライズされていますが、これはメディアに名付けてもらったものなんですよ。

では、弘治さんは自身の作品をサーフアートというジャンルで意識されていたわけじゃなかったんですね。

弘治 カリフォルニアで開催した最初の展覧会のフライヤーに、ぼくの作品をモダン・サーフアートと紹介してくれたのが始まりです。自分では思っていなかったけど、そう呼ばれるようになるのかと、俯瞰して見ていた感覚。分かりやすい呼び方だからいいと思うし、個人的に呼び方はなんでもいいと思っています。

弘大さんは今年で30歳ということで、弘治さんのアーティスト人生を初期から見てきたひとりだと思います。昔を振り返って、思い出深いエピソードはありますか?

豊田弘大(以下、弘大) しょっちゅう海に連れて行かれたことを覚えています。生後3ヶ月の赤子のときから、潮風を浴びて、砂まみれになっていたくらいサーフィンが当たり前の環境でした。何度か父の板を借りてやったことはあるんですけど、ぼくはあまりハマらなかったですね。

弘治 めんどくさいんでしょ。道具が多いし、時間も掛かるし。

弘治 そう(笑)。あと、海に浮かぶ気持ちよさだったり、自然と触れ合うことの魅力は感じられたんですけど、それが地元の山の麓を散歩するときの感覚と同じだなって分かって。サーファーにならなくていいやって思っちゃったんですよ(笑)。

弘大さんは星空をモチーフに描かれていますが、海で自然に触れていたことがその作風に大きく影響しているのかもしれませんね。

弘大 確かに。最初の作品からなぜか星空を描いていて、いまも描き続けています。言われてみると、小さい頃から自然が身近な存在になっていて、いつの間にかぼくの核になっていたのかもしれませんね。

弘治さんから、アーティストとして教えてもらったことはありますか?

弘大 15歳から本格的に作品を製作し始めたんですけど、父をアーティストとして認識し始めたのもその頃。最初に画材の選び方を教えてもらって、あとは自由に描くのがアートだと教えてもらいました。それが本質だと思います。

新たな魅力を感じるコラボとセルフカバー。

巡回展『Unplugged』が順次開催されていますが、活動30周年の節目にやろうと考えていたのですか?

弘治 この巡回展は、キュレーターの池田(誠)さんが考案してくれたんですよ。もともと池田さんは、ぼくとHi-dutchくんや花井(祐介)くん、神山(隆二)くんとかとのグループ展を考えてくれていましたが、タイミングが合わず。コロナ禍にもなっちゃって断念していました。

それが今回のコラボレーション企画に繋がるんですね。

弘治 そうなんです。去年、池田さんに「来年活動30周年ですね」なんて言われて、「嘘やん!?」って自分でも驚きました。カリフォルニアで最初に展示をしてから25年、サーフィン歴は45年、そして今年還暦。普段は誰かに展示をプロデュースしてもらうことはほぼないですけど、節目が重なっているし、池田さんになら任せられると思ってお願いしました。

左から、山瀬まゆみさん、松原光さん、LEE IZUMIDAさんとのコラボ作品。豊田さんのアイコニックな作品の上に、それぞれがデザインを施している。
花井祐介さんとのコラボ作品。
神山隆二さんとのコラボ作品。

弘治さんがコラボレーションされるのは珍しいですが、やってみていかがでしたか?

弘治 一番付き合いが長い花井くんとか、自分と同じ匂いがすると思っていた神山くんとかと一緒に作品をつくれたのは嬉しかった。写真家の横山泰介さんは、42年前に出会っていて、ぼくをモデルに撮影してくれたことがあるんですよ。そういった昔からの縁のある方々から、池田さんに紹介してもらった若手アーティストとも製作できて、おもしろかったです。

弘大さんとのコラボレーションは、大阪でメインの展示になるそうですね。親子での初めての共作ですか?

弘大 共作は初めてです。ぼくの最初の展示は父と合同で開催したんです。がむしゃらに作品をつくっていたときに、父が「一回展示をやってみたら?」って提案してくれて。それが、ぼくの作品と、父が同じタイトルでつくった作品を並べた「Parents」っていう親子展でした。

弘治 あのときってまだ高校生だったんじゃない?

弘大 高校生でした。同じテーマだったけど、共作ではないですからね。ひとつのキャンバスに描くのは今回が初めての試みです。

この作品は、どちらが先に描いたのですか?

弘治 ぼくがダークネイビーに塗って、『Enjoy SURF』を描いて渡したんです。

弘大 「どうぞ」みたいな感じで、大喜利ですよね(笑)。親子としてではなく、他のアーティストさんと同じように、作家の豊田弘治とのコラボっていうことを意識して、作品をつくらせてもらいました。

代表作の『Enjoy SURF』がお題となりましたが、いかがでしたか?

弘大 ぼくはいま30歳で、『Enjoy SURF』は父が30歳の時に誕生した作品。このタイミングでコラボレーションする巡り合わせもおもしろいと思います。これが父の人生を動かした作品だと思うので、それに応えられるように、キャンバスの上で一体化できるように考えました。ぼくが描き続けている星を『Enjoy SURF』の周りに散りばめて、寄り添うようなイメージの作品になっています。

お二人のアイコンが調和していて、いい作品だと思います。

弘治 さすがやな、と思いましたよ。親子ですけど、テイストが全然違うものがひとつになっているのは、おもしろいですよね。違和感と共存するというか。コラボレーションした他の方もそうですけど、お互いの個性がありつつ調和しているのが魅力だと思います。

そして、弘治さんが初期に描いた作品のセルフカバーも見どころです。

弘治 セルフカバーでは、過去の作品と同じモチーフを使いながら、いま思っていることを落とし込みました。

左がオリジナルの『Enjoy SURF』、右が今回の展示のために製作されたセルフカバー作品。

弘治 たとえば、最初にデザインした『Enjoy SURF』には、サーフィンを楽しむ人生を歩みたいという思いを込めています。これをつくった30歳の誕生日に初めて年齢を噛み締めて、自分のこれまでとこれからを考えました。30歳までずっと変わらずに続けていたのは、サーフィンと自己表現。その2つを足したら、この先もずっと続けられるだろうと思って、形にした作品なんです。

その当時からどんな心境の変化がありましたか?

弘治 いまはサーフィンだけじゃなくて、人生のすべてを楽しんでいるし、今後も楽しんでいきたい。なので、文字を“ENJOY”だけにして、“!”を付け足しています。ちなみに、赤色のトーンも濃くしているんです。色も気持ちを表現する大切な要素だと思っていて。

LOVEがEARTHになったりと、セルフカバーによって作品のテーマの規模が大きくなったように感じます。

弘治 以前は考えていることの90%がサーフィンでしたけど、年齢とキャリアを重ねると純度は変わらないまま、その割合が20%くらいになりました。ほかにも仕事のこととか、サーフィン以外の要素も同じくらいの割合になっていって、余白が生まれたと言うか。余白があると生きるのが楽になるし、落ち着いて前向きに過ごせます。そんないまの心情が作品に現れてるんだと思います。

では最後に、今後の展望を教えてください。

弘治 30年やってきて、一番伝えたいのは、応援してくれる人たちに感謝しているということ。そして今後も変わらず、毎日おもしろいと思うことをやっていきたいです。欲に目がくらんで失敗していく人をたくさん見てきました。でもぼくは、楽しいかどうかで判断しているので、この先も変わらずに楽しんでいきたいです。

弘大 ぼくが言わなくてもやるだろうけど、好きなことを続けてもらいたいですね。そして幸せに長生きしてもらいたいです。ぼくも絵を描くのが好きなので、いち表現者として自分が感じたことを作品に残して、30年後も父のように描き続けていたいです。

INFORMATION

30th Anniversary “Unplugged” Exhibition by Koji Toyoda

カルチャーは現象。誰かと何かが出合って、
気づいたらいつもそこにあった。
世界各地で生まれる新たな息吹を、
BEAMS的な視点で捉えて、育みたい。
きっと、そこにまた新たなカルチャーが
生まれるから。

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