前回の続きでコミュニケーションのお話になりますが、今回は、指導者としての目線でお話ししたいと思います。当たり前ですが、何かを伝える際には自分の言葉を持つことがとても大事になります。これはクラブや代表時代に指導していただいた監督の方たちから感じました。選手は、自分が結果を残しているかどうかに尽きます。例えばですが、自分のことしか考えておらず、パフォーマンスも低いプレーヤーの言葉は耳に入らないですよね。逆にチームのことを考えチームのために全力でプレーする背中を見せる先輩の話は胸に響きます。人にものを伝えるには、立場に応じた信頼関係が大事だと思います。
その中でもやはり監督のオシムさんのインパクトは絶大でした。あの頃は、2006年のワールドカップで日本代表がグループステージで敗退し、新しい選手を探す立ち上げの時期だったので、今の代表とは背景も雰囲気もまるで違いました。立ち上げの時期だったからこそ、上手くなりたい・生き残りたいという気持ちは僕も強かったです。代表は完成された選手たちの集まりで、自分を曲げない、頑固な人が多いイメージをもたれがちですが、外的な要因を刺激にして、成長しようとする意欲の高い選手ばかりでした。自分の軸を大事にすること以上に「変わること」や「吸収すること」を厭わない、貪欲な選手ばかりでした。常に自分にとってプラスになることを探しているような集団だったので足を引っ張るような選手は見たことがなかったし、本当に刺激的な日々でした。とくに今の日本代表は、海外でプレーしている選手が多いです。日本からは「挑戦者」として捉えられやすいですが、海外では日本選手は「助っ人外国籍選手」として結果を求められる立場に変わります。だから国内でプレーするのとでは、立ち位置がまるで違うし、めちゃくちゃシビアな環境だということは、僕自身は経験したことはないですが、容易に想像できます。
そういった成長に貪欲な選手たちの集まりである日本代表の中でも、オシムさんが1番貪欲だったように思います。サッカーの潮流をキャッチすること・学ぶために、深夜にヨーロッパのサッカーを見て学び深めていました。またコミュニケーションの取り方も独特で、会話は通訳の方を介してでしたが、ボディランゲージを含めて感情がとても伝わってくる。なぜそのプレーが良いのか、良くないのか。オシムさんの提示もその理由も明確だったので、みんな同じ方向に向いて走り出しました。
選手からすれば、監督がどういうサッカーを描いているかがわかりやすいほどプレーはしやすいし、良いプレーが増えれば躍動します。その基準が明確でした。当時の僕は緊張してばかりで気づかなかったけど、思い返せばチームマネージメントにも緊張と緩和があって、お茶目な一面もありました。監督としてだけではなく、人としてとっても魅力的な方でした。代表の招集期間は長くても10日ほどしかないし、3ヶ月に一度くらいのペース。その限られた時間でも毎回行くのが楽しみでしたし、積み上がっていく感覚を得ることができました。
明確さが大事というのは、サッカーに限ったことではなく、企業でも当てはまると思います。上司と部下はそのまま監督と選手の関係ですよね。基準をしっかりもっていない、または基準に達していない人が多くいる組織は当然ですがよくなりません。監督も基準を満たさない選手は起用しないと言ってるのに、達してない選手を使えば、他の選手は不満を持ちます。チームが勝っている時はそれが表面化しませんが、負けた時にその不満が爆発して、チームは下降していきます。良い上司というのは、みんなを納得させる明確な基準を持ち、その基準に達していない人は起用しないという公平さも持ち合わせていると思います。
2025年シーズン。川崎フロンターレのFRO(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)として指導する風景。©KAWASAKI FRONTALE
フロンターレ時代の監督・鬼木さんがそうでした。基準も明確で、その基準に達しない選手は起用しなかった。見極めるために練習場で最後まで選手を見ていました。だからこそ選手はその基準に達するために努力しました。
僕は引退してからの5年間、育成年代(主に大学やフロンターレU18)に携わってきましたが、どの世代でもできることとできないことがある。それをどう伝えるか。自分の立ち位置を理解した上で、選手とコミュニケーションを図ってきました。サッカー選手は、コミュニケーション力に長けた人が多いと思われそうですが、プロでも寡黙な選手はたくさんいます。だからこそ、聞き上手になることも大事です。いまは取材をしていただいているので、たくさん話したり書いていますけど、相手によっては僕は「うんうん」と聞き役に回ることも多いんですよ(笑)。 自分の意見を押し通すのではなく、いつだって聞いた上で答えるスタンスです。
ただ、これが監督の立場となると話は変わってきます。監督は、チームが「どう勝つか」を選手たちに提示し、それをピッチで表現してもらう立場です。だから本当に大変だな……と同時にとてもやり甲斐のある仕事なんだろうなと思います。今の僕のチームにおける立ち位置は、個人・チームをサポートする役割です。シーズンが進むに連れて試合に出ている選手とそうではない選手が当然出てくるので、張り切る選手ばかりではなく、ネガティブなリアクションをする選手の話を聞くことも大切なコミュニケーションの一つになります。その時に大事なことは、自分の考えを押し付けないこと、選手は話を聞いてくれないとわかるや「この人に何を言っても無駄だ」とシャッターと閉めてしまいますから。会話が続くように、質問の内容を変えていくことは、メディアのお仕事を通して学びましたし、引き出しが増えたのもそのおかげかもしれません。
「人を見る」と同様に「人に興味を持つ」ことも大事だと思います。1から10まで知るとは言わないけど、同じ目的を達成する仲間なら、それぞれの趣味嗜好や感情的な傾向は知って損はないと思います。最初に戻りますが、サッカーに限らず、仕事においてコミュニケーション取るにあたり大事なことは「人を見ること」「タイミングを図ること」「熱量を持つこと」だと思います。
練習の合間、選手たちと言葉を交わす。©KAWASAKI FRONTALE
働いている人みんなが満足できる会社は、そう多くはないと思います。みんな、一人ひとりが何かしらのモヤモヤを抱えながら働いていくものです。でも、そのモヤモヤを1人でも解消して前向きに働けるようにすることが組織が上手く回る秘訣だと思っているので、伝えることや話を聞くこと含めて目標を達成するために妥協なくやるべきことを頑張っていると、そのうち自然と人が集まり支え合って行く集団に変わっていくんです。同じ絵を描ける人たちが増えれば増えるほど、より大きな目標が生まれます。熱量は渦巻きのように人を巻き込めます。少なくとも本気でこのチームを良くしたい、勝たせたいと発信し続けることの大切さは、18年間の現役生活でたくさん学びました。若い時に本気な先輩たちに巻き込まれ行く中でチームがまとまり、その中で成長したことで自分もその熱量を持って後輩たちやファン・サポーターのみなさんを巻き込んでいくことを体感した結果、タイトルを取れましたし多くの方たちを笑顔にすることができたので、熱量はとても大事だと思っています。
指導者にとって大切なコミュニケーションがもう一つ。それは「知らない世界を見せてあげること」かなと考えています。オシムさんや岡田さんに風間さん、そして鬼木さん。みなさんに指導してもらう中で未開の地に足を踏み入れて見れた景色の感動はすごかったです。僕も選手の知らない世界、彼らの日常の基準を変えられる指導者でありたいです。パスのスピードをもっと速く、そのボールを当たり前のようにコントロールする。一番ベースなところをさらに追求することの大切さを教わりました。「もっと上手くなれるよ」と言われたら、みんなモチベーションが高まるし、ワクワクしますよね。
最後に、僕、中村憲剛は、2026年シーズンより川崎フロンターレのトップチーム、デベロップメントコーチに就任しました。技術やメンタル面の育成、チーム全体の戦術的な成長など、選手やチームの将来を見据えたサポートを担当します。現役を引退してから5年が経ちましたが、指導者として育成年代の現場やライセンス取得、解説やメディアでのお仕事など、いろいろなお仕事で、多くのことを学びました。シーズンがまもなく始まるので、このコラムは今回で最後になりますが、ビームスやファッションが好きなみなさんに、これからもサッカーの楽しさを伝えていきたいと思います! ありがとうございました!
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中村憲剛
KENGO NAKAMURA
1980年生まれ。小学一年生でサッカーを始め、東京都立久留米高校、中央大学へと進学し、2003年、川崎フロンターレに加入。以降は川崎フロンターレ一筋でプレーし、2020年に現役を引退。Jリーグ通算546試合出場83得点。J1優勝3回、ベストイレブン8回。2016年には史上最年長でJリーグMVPを受賞。日本代表として、2011年の南アフリカW杯にも出場している。引退後は、川崎フロンターレの「FRO(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)」や、日本サッカー協会ロールモデルコーチとして活動するほか、日本代表戦を中心に解説者としても活躍。自身のアカデミーを主宰し、育成年代への指導も積極的に行う。2026年より、川崎フロンターレ、トップチームのデベロップメントコーチに就任。