a fashion odyssey | 鶴田啓の視点
センスの所在
"MR_BEAMS"とは、ファッションをきちんと理解しながらも、
自分の価値観で服を選べる
"スタイルをもった人"のこと。
と同時に、決して独りよがりではなく、
周りのみんなからも「ステキですね」と思われる、
そのスタイルに"ポジティブなマインドがこもった人"のこと。
今回立ち上げたオウンドメディア#MR_BEAMSには、
私たちビームスが考える理想の大人の男性像と、
そんな理想の彼が着ているであろうステキな服、
そしてMR_BEAMSになるために必要な
洋服にまつわるポジティブな情報がギュッと詰め込まれています。
本メディアを通じて、服の魅力に触れていただいた皆様に、
ステキで明るい未来が訪れますように……。
a fashion odyssey | 鶴田啓の視点
ここ数年、クラシックウェアを愛する人々の間で人気再燃しているのが「エスパドリーユ」。この夏は、ビームスでも様々なモデルを取り扱っている。キャンバスなどの布製アッパーにジュートを編み込んだ縄底を縫い付けた簡素な作りの(海辺のイメージが強い)この靴は、そもそもピレネー山脈のふもとに住む農民たちが履いていた作業靴に由来するらしい。
(写真上)ソフトなのスエード素材により、大人っぽい面構えにアップデートされた<Don Quichosse(ドン キーショス)>の別注エスパドリーユ。インソールにもレザーをあしらい、快適な履き心地を実現している。フランス製。
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この原始的な麻縄底サンダルをファッションアイテムに昇華させたのは1970年代のイヴ・サンローランによるコレクションだと言われているが、それよりももっと昔の1930年代にエスパドリーユを履いて写真に納まるココ・シャネルの姿が残っていたりする。マリンシルエットの白いパンツを穿いて首元には伝家の宝刀・パールネックレス重ね付け、頭の上には自作と思われる変形ベレーを被ってビーチに佇むココの姿は、男性の僕から見ても圧倒的にエレガントでカッコいい。ツイードやジャージー、そしてエスパドリーユなど、元々は粗野で原始的だったはずのアイテム(ほとんどは男性用)を女性向けのファッションとして取り込んでしまうココ・シャネルという人の審美のまなざしは、およそ100年後の世界に生きる洋服屋からするとセレクトショップのルーツみたいな観点でモノを見ているようで、ご慧眼恐れ入りますとはこのことだ。
ココ・シャネル以降も、1950~70年代になるとグレース・ケリー、ジャンヌ・モロー、ジェーン・バーキンら、セレブリティの華麗な着こなし(履きこなし)が大衆を刺激し、エスパドリーユが春夏のバカンス的な履き物として定着するのにそう時間はかからなかった。
そして、ハイファッションブランドのコレクションに斬新なエスパドリーユを登場させたのは先述の通り、モードの帝王ことイヴ・サンローランだ。スペイン内戦の際に兵士へ靴の提供を請け負っていたカスタニエール一家と1970年代に出会った彼は、ウェッジソールのエスパドリーユ製作を依頼した。サンローランによって生み出された厚底のエスパドリーユ。本来ならばぺたんこの低重心でなければ機能しない農民・漁民の作業靴が、夏のドレスアップにも適したエレガントなハイヒールサンダルへと変貌を遂げた瞬間であった。
ちなみにクラシックなエスパドリーユには左右の区別が無い。海で着るガンジーセーターに前後ろが無いように、適当にざっくりと作業着を「使う」働く男たちのおおらかさやおおざっぱさ、ある意味での機能性を突き詰めた結果たどり着いたミニマルな形なのだ。これは病院で履くスリッパに左右がないようなものなので、フィッティングも少しユルめを適当に履けば良い。海で濡れてアッパーの布が縮んでしまったら、かかとを踏んで履けば良い。勿論、長時間歩行には向かないが、どう見ても向いてなさそうな顔をしている分だけ、ある意味では誠実なルックスだとも言える。
僕が20歳の頃にアルバイトしていたセレクトショップでは、一組ずつ輪ゴムでテキトーに留めた布製エスパドリーユをまとめて何十足もバケツへ突っ込んで雑に売っていたし、他のショップも大方似たような売り方をしていた。靴箱なんて付いていない。いわば旅先の現地で買って履き潰してしまうようなお土産物感覚のアイテムなのだ。この10年ほどで<Don Quichosse>のように機能面/ルックス面ともに街向けに改良された高級品も出回るようになってきたが、エスパドリーユ自体はそもそも原始的なクラシックアイテムなのである。セレブリティのおしゃれアイテムではなく、漁村の土着的アイテムとしてのエスパドリーユスタイルはアニエス・ヴァルダ監督『ラ・ポワント・クールト』(’55)あたりを観ると、感じ取ることが出来る。
ということで、今回は一旦ここまで。次回はエスパの履きこなし実践編、TPOについて考えてみたいと思う。
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センスの所在
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ロストバケーション②
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その香り、