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vol.02
02
松本と松本民芸家具松本と松本民芸家具

Matsumoto and
Matsumoto Mingei Kagu

写真:和田裕也/編集・文:小澤匡行

第二回の「fennica things」では
松本民芸家具にフィーチャーします。
柳宗悦による民芸運動の影響を強くうけた松本は、
いまやクラフトの街として栄え、
とくに5月は「工芸の五月」とよばれるほど、
賑わいをみせています。
この地で保持されてきた固有の文化を
支えてきたのは
松本民芸家具の発展と、
ものづくりの思想でした。

松本と松本民芸家具
part.

Part 1

松本がものづくりの街
である理由

明治以降にはじまった急速な近代化により、日本の生活様式は大きく変容しました。しかし、その欧米化に問題意識をもち、各地の風土から生まれ、生活に根ざした暮らしの美を提唱したのが民藝運動です。それは第二次世界大戦後、貧しい時代を迎えた日本で再び盛り上がりました。中でも松本は、その影響を強く受けています。

松本民芸家具の前身である、中央構材工業は、東京で建築写真事務所を営んでいた池田三四郎が、その友人2人と昭和19年に創業。松本にあったいくつかの工場を吸収しながら設備を整え、戦争中には軍関係の格納庫などを生産。戦後は木工技術を生かして復興住宅を手がけた建築資材関連の会社でした。

池田三四郎は、民藝運動の先導者であった柳宗悦の講演に感銘を受けたことで、その思想を取り入れることを誓ったそうです。そして昭和23年になり、建築業と並行して家具の製造を始め、新しいスタートを切るになりました。その頃、柳宗悦をはじめとする民藝の運動家たちが松本へ度々訪れては、伝統を活かした新しいものづくりの可能性を切り開いていきました。昭和28年、イギリス家具の製作の手ほどきを受け、今日も代表的なプロダクトとして人気のウィンザーチェアの基礎を築きます。イギリスの古いラッシ編み椅子の修理を請け負うことで技術を重ね、創始者の妻であるキクエ夫人を中心にオリジナリティを確立。ニューヨークのロックフェラーセンターにラッシ編みの椅子を寄贈するなどして話題に。昭和34年には、松本民芸家具に社名を変更しています。

昭和40年代になると、交通網を発達させた国鉄によるキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」のもとに、国内旅行がブームになったことで、より全国各地の産地ものがフィーチャーされるようになりました。素材を大切に使い込むことで味わいを増すプロセスを、生活の歴史に重ね合わすことで、松本民芸家具はものづくりの魅力を今日まで変わらずに伝えています。それこそが、松本の魅力そのもの。毎年、5月の新緑の季節には「クラフトフェアまつもと」が開催され、全国からファンが集まり、盛り上がりをみせています。

Part 2

松本民芸家具の魅力は、
色と素材

松本民芸家具の特徴のひとつが、ミズメザクラの木を使っていること。戦争が終わり、中央機材工業の手元に残ったのは、建築では一般的な松の木材でした。北米ではすでに松材による家具が作られていましたが、日本のそれは材質が異なり強度が足りなかったため、一筋縄ではいかなかったそう。そこで電柱や線路の枕木などで使用されていた、ミズメザクラに着目したのです。建築用材では見向きもされないくらい加工が難しい素材でしたが、強度が高いという利点がありました。高山地帯に生育するため、伐採が大変といわれるミズメザクラ。現在は太くて健康的な木の価値が高まっており、テーブルの天板や大きな座面で作ることはとても貴重なことですが、それでも松本民芸家具は、この素材にこだわっています。

また、もう一つの特徴として色があります。深い光沢のある塗装は、拭漆(ふきうるし)の色であり、そして使い込まれて磨き込まれた民家の黒光りした建具や柱の色をイメージしたもの。初期に使用していた松材は、そもそも脂分が多かったため、色が明るく出てしまいましたが、ミズメザクラに変えたことで色味がより落ち着いて見えるようになりました。しかも未着色のミズメザクラは色の濃淡にバラツキがあったので、濃い色で統一できることでクオリティを安定できるメリットもあったのです。

塗装のほとんどは、昭和20年代から変わらないラッカー仕上げ。現在、世の中で一般的に使われているのは、ポリウレタン樹脂です。これはラッカーに比べて傷がつきにくく、塗りやすいため重宝されていますが、その手軽さゆえに塗装を剥がしにくいとも言われています。つまり塗装がネックになることで、修理や手入れがしにくいということ。それでは素材の良さを生かしきれないと考えた松本民芸家具は、手間のかかるラッカー仕上げにこだわることで、傷を味わいとみなし、使い込みながら修理できる個性を選びました。これが2代、3代と愛され続ける、下地になっています。

その奥深さや美しさは、松本民芸家具を昔から愛用し続けている松本のいくつかのお店で目にすることができます。その中でも2つのスポットを、紹介しましょう。喫茶店でコーヒーをゆっくりと味わい、ホテルでは背筋を伸ばしてフレンチを食したり、のんびりと泊まったり。使い込まれた家具の魅力を味わいながら松本を旅する、そんな目的があっても楽しいのではないでしょうか。

Part 3

松本民芸家具に、
松本で触れるなら

1. 喫茶まるも

珈琲まるもは昭和31年に店主の三浦さんの祖父が、親交の深かった池田三四郎のアドバイスを受けて設計、オープンされました。店内には60数年も使い込んだ松本民芸家具が並んでいます。聞けば、とくに大変なメンテナンスはしていないとのこと。自然と味わいが増した椅子に腰かけ、ゆっくりとコーヒーを飲むのが、ぜいたくな時間です。

店内に心地よく響き渡るバイオリンの太い音色が、まるで松本民芸家具の深い色合いを讃えているかのよう。コーヒーは店主の祖父が高価でなかなか口にすることができなかった深みと酸味のあるブルーマウンテンに近づけた味をキーコーヒーに依頼し、ブレンドしてもらったもの。オープンから変わらない素朴なこの味を常連客は求めて通います。モンブランもキーコーヒーからお取り寄せ。食感のしっかりしたレアチーズケーキと卵にこだわったプリン、ブラウニーはオリジナル。コーヒーの濃い味に合うように甘味をおさえて作られており、こちらも人気とか。

隣接した旅館は、慶応4年(1868年)に創業されました。現在の建物は明治21年の松本大火後に建築された蔵造り。朝食付きで1名6,000円、素泊まり5,000円(ともに税別・お風呂は共同)というリーズナブルな価格設定は、外国人観光客の良いオアシスにもなっています。

民芸茶房まるも長野県松本市中央3-3-10
℡0263-32-0115
営業時間8時〜18時 不定休

2. 松本ホテル花月

明治20年に創業した松本ホテル花月は、松本でもっとも老舗のホテル。2016年に「民藝フィロフィ 松本の日常と記憶」をコンセプトにリブランディングされ、エントランスやロビー、そして客室の一部が改装されました。古き良き民芸家具がふんだんと並びながら、館内の全域でWi-Fiを無料で提供したり、宿泊客にスマートフォンを無料で貸し出すなど、伝統とモダンをうまくミックス。オリジナルで作成し、配布される松本の魅力を集めたマップ「民藝めぐり」も一見の価値があります。

ホテルは本館と旧館の二つに分かれており、どちらも洋室のシングルとツインタイプ、そして和室と広いツインルームが用意されています。より歴史を感じる旧館には、50平米を超える広々としたスイートルームがあります。

ホテルのリニューアルを機にオープンしたフレンチレストラン「イカザ」は、旧軽井沢ホテルで総料理長を務めた上野宗士さんの監修による、長野の食材を活かしたテロワール料理が味わえるお店。店内には、地元出身である草間彌生の1970年代の作品がそこかしこに飾られており、格式を感じます。そして松本民芸家具の椅子やテーブルの数の多さに、驚くことでしょう。まだ改装されたばかりの店内はとてもきれいですが、使い込まれた松本民芸家具が落ち着きを与えています。床や柱、真っ白なテーブルクロスと調和し、空間になじんでいるから不思議です。

鮮度の高いコーヒー豆を86度のお湯でネルドリップすることから名付けられた旧館の八十六温館(やとろおんかん)は朝7時から夜8時までこだわりのコーヒー(500円〜)をゆっくりと味わうことができますが、行くならランチタイムで、花月生まれのハッシュドビーフ(980円)と一緒にぜひ。たっぷりと煮込んだお肉と野菜にワインが調和した大人の味のソースと、松本産のコシヒカリが口の中にとろけます。

松本ホテル花月長野県松本市大手4-8-9
℡0263-32-0114http://matsumotohotel-kagetsu.com/

Part 4

ものづくりの
現場をレポート

そしてフェニカでは、松本民芸家具に低座椅子とテーブルを特別オーダーしました。実際に工房へ訪れ、製作の工程の一部をレポート。案内をしてくれたのは、30年以上もの間、松本と松本民芸家具を愛し続けている大ベテランの板坂さんです。

「低座椅子の歴史は浅く、作り始めたのは今から5年以内のことです。床に座ること、立ち上がることが大変なお年を召した方のことを考えて開発されました。脚の長い椅子にしてしまっては、他の家具となじまず部屋を圧迫してしまうので、座椅子と椅子の中間にあたる、低座椅子が好まれるようになりました。民藝がベースにあると、どうしても古いものを作り続けることがよしとされますが、こちらは伝統よりも需要を背景にプロダクトを作った、珍しいお手本です」

一方でテーブルもまた、伝統的なデザインを現代の生活に合わせてデザインされたものだそう。こちらの歴史は古く、原型は昭和20代のものだとか。

「このテーブルのベースをデザインされたのは、木工芸における初の重要無形文化財保持者(人間国宝)となった黒田辰秋さんです。黒田さんは、戦後まもない時代に木工家具を北米に輸出したものの、材が乾燥して割れてしまったり、接合部分が外れてしまったりと、湿度の違いに随分と悩まされたそうです。創始者の池田(三四郎)は建築出身だったこともあり、松本民芸家具はその頃すでに木材乾燥の施設をもっていました。それを知った黒田さんは、工場の一角を自分の仕事場にされ、乾燥機を使われておりました。このテーブルは、その時期に監修いただいた座卓がベースになっています」

「数年前にフェニカさんから、床に座っても、ソファに座っていても使えるちょうどよい高さのテーブルをリクエストいただきました。脚の長さが通常は32cmのところを、一般的な卓上こたつよりも少し長い40cmに変更して、現代のスタイルに合わせています。低座椅子と同様、昔では想像もしなかった、斬新なバランスだと思います」

松本民芸家具への別注品は、テーブルやソファだけでなく、床の生活という、フェニカが提案する新しいライフスタイルのひとつ。全体的な家具のバランスが低くなると天井が高く感じられるため、同じ部屋でも広く、開放的に見えることも。都会でのマンション暮らしこそ、昔ながらの「低い生活」が、暮らしに豊かさを与える大きなヒントかもしれません。

では、実際に工場へ。入り口には、丸太を割って製材した、板のままの状態が並べられています。ここから車で1時間ほど走った先の木曽の倉庫には、この20倍以上もの木材が積み上げられており、さらに松本市内の別の保管所を経由し、乾燥させてから本社に運ばれています。部位に応じた材木を選び、型を抜く“木取り”と呼ばれる専門職によって、木目の流れなどを読み取った適切な一枚が、職人の元へと渡っていきます。

天井には、大きさも形もそれぞれ異なる曲木のサンプルや木型がびっしりと吊るされています。今日、ここで働く職人の数は10名弱。ここを独立した職人たちが構えた自分の仕事場で、松本民芸家具の製作を請け負っているそう。

椅子の背もたれの部分などのカーブは曲木と呼ばれ、丁寧な加工によって作り上げられていきます。ここはミズメザクラではなく、ナラ材が使われています。一般的な曲木家具には、扱いやすいブナ材が多いそうですが、松本民芸家具では、希少で高級、そして丈夫なナラ材にこだわっています。
水槽にたっぷりと浸して木材の含水率を高めたら圧力釜で蒸し、再び水槽へ戻す。その作業を繰り返すことで、美しい自然なカーブが生まれます。適材適所に合わせた部材を組み替えて一つのプロダクトを完成させるのは、松本民芸家具のルーツともいえる古い英国のウィンザーチェアも同じことです。

椅子やテーブルの脚は、手作業による研磨によるもの。職人それぞれが工具を自作しているため、同じものは二つとありません。いくつものオリジナルの鉋を使い分けながら、少しずつ仕上げていきます。熟練した職人でさえ、扱いやすい部材の脚一本を完成させるだけで1時間はかかるとのこと。ゆえに異なる部材をつなぎ合わせて一つの面に仕上げていく作業は、一朝一夕では成しえません。部材の反りの具合や太さ、角の丸みの角度など、設計図にはもちろん何も記載されていません。職人たちは自分たちの手で導き出した完成への記憶を蓄積させることで、理想の美しさへと近づけているのです。

いよいよ、松本民芸家具の個性が一目でわかる、塗りの作業に入ります。ゆっくりと丁寧に、刷毛を使ってその日その日の気候や湿度と相談しながら、色が透け、つやを増すように塗装を繰り返していきます。

“選ぶ”にはじまり“切る”、“曲げる”、“削る”、“塗る”。このような工程を経て、松本民芸家具にはじめて命が宿り、所有者と生活を共にするようになります。

そして、この命の宿った家具をどう生活に取り入れるか。松本民芸家具の大きな個性である、濃く光る拭き漆は、もともと古い民家の磨き込まれた建具や柱との相性を考えたものでしたが、それを現代の住居やその他のインテリアとの調和、そんなこともフェニカでは提案しています。そして松本民芸家具もまた、そういった時代にあった使い方を望んでいます。

「私たちのところ以外の家具は、確かに明るい色の家具が多くなりました。しかし、今の時代に家具の色を統一する必要はないと思っています。濱田庄司先生がイームズのラウンジチェアを民家に置いていたように、民藝運動の先駆者たちの家でさえ、海外の古い収集品と新しいものが混在して使われていました。北欧の家具やアメリカのものと松本民芸家具、そんなバラバラなものが一つに集まることのよさを大事にして欲しい。むしろそれは、フェニカさんから学んだことでもありますし、一緒にものづくりをする楽しさでもあるんです」

写真:和田裕也/編集・文:小澤匡行

SPECIAL ITEM INFORMATION

松本民芸家具×フェニカ

  • :座卓 ¥203,040(税込) / 
    :低座椅子 ¥146,880(税込)
取り扱い店舗:「International Gallery BEAMS」2階 fennica東京都渋谷区神宮前3-25-15 / TEL.03-3470-3948 /
SHOP INFO. / MAP

美しい土地にある、美しいものの魅力や生い立ちを、
フェニカの視点で読み解く。

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