a fashion odyssey | 鶴田啓の視点
センスの所在
"MR_BEAMS"とは、ファッションをきちんと理解しながらも、
自分の価値観で服を選べる
"スタイルをもった人"のこと。
と同時に、決して独りよがりではなく、
周りのみんなからも「ステキですね」と思われる、
そのスタイルに"ポジティブなマインドがこもった人"のこと。
今回立ち上げたオウンドメディア#MR_BEAMSには、
私たちビームスが考える理想の大人の男性像と、
そんな理想の彼が着ているであろうステキな服、
そしてMR_BEAMSになるために必要な
洋服にまつわるポジティブな情報がギュッと詰め込まれています。
本メディアを通じて、服の魅力に触れていただいた皆様に、
ステキで明るい未来が訪れますように……。
a fashion odyssey | 鶴田啓の視点
日本人は数字に囚われやすい。か、どうかは分からないけれど、ついつい気にしてしまう。逆に言うと、数字に強いのかもしれない。僕なんかはきっと、あまり強くない方なのだろう。(先輩/後輩を問わず)BEAMSスタッフと話していても「細かな数値をよく覚えているなぁ」と感心してしまうことが度々ある。勿論、洋服を専門的に販売しているのだから「知識としての数値」は絶対的に必要な要素である。特にドレスクロージング(重衣料)の世界では。
BEAMSで既製品のスーツを買うときにデフォルトとして必ずお直しするのが「ジャケットの袖丈」と「パンツの裾上げ」である。洋服や体をきれいに見せる為、誰もがセンシティブになる箇所だ。中には(長年の経験から)股下の寸法が決まっている、という方もいるだろう。実際にほとんどの場合はそれで通用するし、「いつもの長さで」という安心感は精神衛生上も良いと言える。これは、いつも同じ形のスーツやパンツを着続けている人の特権でもある。18年ほど前の話だが、先輩の中に「毎回同じパンツ(INCOTEX30番)を同じサイズで買い、股下を決められた長さ(ハーフクッション)で裾上げし、股上を1.0cm詰める」人がいた(※当時の30番は今ほど股上が浅くなかった)。ダブル幅もいつも同じに決まっていた。その人は20代後半で既にスタイルが確立されていて、いい意味で「何を着ても同じ」に見えてカッコ良かったし、一旦気に入ってしまえば(当時としてはかなり高額だった)HENRY MAXWELLのチャッカブーツも黒と茶の2色買いをする「ブレなさ」があった。これは「コロコロと気が変わったり、太ったり痩せたり決してしない」ストイシズムと背中合わせである。注意したいのはそうではない場合。
今まで買った事のない新しいモデルやブランドの洋服を購入するとき。今まで信じてきた数値を一度ゼロに戻さないと、思わぬ失敗を招く場合がある。
パンツの股下の長さ、というのはパンツの穿き位置によって大きく左右される。リラックスして腰に引っ掛け気味で穿く「股上浅めのドローコード付きパンツ」などはスーツパンツに比べると穿き位置が下がる(というか、そんなに頑張ってグイグイ上に引っ張り上げたりしない)ので、結果的に股位置も低くなり、いつものクッション量で裾上げしようと思うと股下の長さは短くなる。同じ理由で、股上が深いミリタリー系のパンツも、よほどハイウエストで穿かない限りスーツパンツよりも股の位置は下がるので、股下は短くなる。気持ち的には「股下74cm」の方が「股下72.5cm」よりカッコいい気もするが、それは採寸時/伝票上だけの話。やはりパンツに応じて、スタッフと意見交換したり目視で確認したりしながらピン打ちするとイメージ通りに仕上がる。股・腰回りのフィッティング以外に裾上げを左右する要素があるとすれば、それは裾幅や素材感だろう。同じ「股下72.5cm」でも裾幅が広ければ裾幅が狭いものよりも短く見えがちだし、ドレープや落ち感のあるウール素材に比べるとハリのあるコットン素材は短く見えがちだ。しかもコットン素材は穿き馴染む過程でパンツ自体が曲がってくるので、新品時よりも短くなっていく。その為「裾幅が広いものは狭いものよりも気持ち長めに」「コットン素材はウール素材よりも気持ち長めに」が正解に近い。素材の違いについてはシューズでも同じことが言える。同じメーカーの同じ木型、モデルだからといって、甘めの確認で同じサイズを購入したスエード靴が、結果として柔らかく伸びてしまい失敗した経験を僕自身も若いころに通過している。また、素材と木型が同じでもスタイルが異なれば要注意。コードヴァン素材のアバディーンラスト同士だとしても、ALDENのモンクストラップとタッセルスリッポンが必ずしも同じフィッティングだとは限らないのだ(結果的に同じサイズになる場合も勿論ある)。
パンツの裾幅と言えば18.5cmや22.0cmなど、現在は狭い/広いの両方が売り場に並んでいるが、この数値もやはり絶対的なものではない。身長180cm、靴のサイズがuk9の人にとって裾幅18.5cmはかなり狭い感じに見えるし、(背が高いゆえに)股下が78cmと長ければ長いほどパンツ本体の縦:横比でなおさら狭く見える。僕自身も13~4年前に初めて英国ビスポークでスーツを作った際「足が大きい(uk9)から、パンツの裾幅は少し広めにしようか」とアドバイスされたが、言われた通りにして本当によかったと今でも思っている。また、僕はかなりのいかり肩なので、ジャケットの四角いショルダーラインと21.0cmの裾幅が釣り合って見えることもあるのだろう。これで裾幅19.0cmにしていたら、男性トイレのマークみたいなフォルムになっていたはずだ。
以前にも書いたとおり(「細部に宿る、服」参照)部分的な数値に囚われ過ぎない方が上手くいくことがあるということだ。
必要なのは全体のバランス感、ということになる。そこには採寸するスタッフとの信頼関係も大いに影響するだろう。お気に入りのショップスタッフを見つけ、繰り返し対応を任せて頂ければ「部分的な数値」以外の「全体的な感じ」でご提案させていただくことも可能だ。体のスペックをデータ化し、絶対値の寸法(いつも同じ股下、同じ袖丈)でお直しされた洋服が届くオンラインショッピングを楽しむことも出来るご時世だが、洋服の有機的な愉しみを求める方にはやはりマン・ツー・マン接客がお勧めである。
先日、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスの店内に職人が常駐するお直し工房がオープンした。ドレス担当のショップスタッフが工房内で受け付け・採寸などを行っているので、是非足を運んでご利用いただきたい。クイックである、ということ以上にダイレクトである点が魅力だと個人的には思う。コロナ禍の世界でオンラインサービスは以前にも増して重要度を高めたが、一方では「顔を合わせなければ伝わらない感覚の共有」の価値も同じくらい上昇したと感じるのは、僕だけではないだろう。パーソナルなスタイルを共有する上で必要な「共通言語」は、いかに優秀なAIであろうとも解析するにはまだまだ時間がかかるはずだ。洋服好きの人間心理は二重三重にツイストしている場合が多いのだから。
人間の趣味は深い。一筋縄ではいかないからこそ、愉(たの)しめるのだと思う。
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センスの所在
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ロストバケーション②
a fashion odyssey | 鶴田啓の視点
ロストバケーション①