いしいしんじ その場小説『花』 ④(最終回)
(前回のお話③は、こちら)
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遠い草原で、ちょうどいいサイズの麦わら帽子をかぶった女の子が、不意に、青空をみ
あげる。いまなにか、きこえた。動物の、遠吠えのような。青空のむこうで響く、雷みた
いな。
暖かい空気をゆっくりと鼻で吸う。
家のまわりを、桜の木が取り巻いている。4月8日。女の子の誕生日。桜の花は、いまが
満開だ。
誰かが玄関のほうで、女の子の名前を呼ぶ。
「ちょっと待って!」
女の子は叫び、庭のまんなかに生えた一本の桜に歩み寄る。はじめは、蝶がとまってい
るのかとおもった。近づき、背伸びして、顔を近づけてみる。
「うわあ」
おもわず、声が出た。何万個とふくらんだ桜の花弁のうち、目の前のただひとつだけが、
真っ青。宇宙の底を溶かしたような青色をしていたのである。
おわり
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