皆様、おはようこざいます。
ドレス担当、川口でございます。
今回は、ドレスアイテムのご紹介ではなく、私の趣味である旧街道歩き、運動不足の解消、ブログ(仕事)、スタッフ交流の全てを盛り込んだ特別企画に、スタッフ高屋を連れ出して、長崎市内にあります浦上街道を歩いてきました。長崎在住の方ですらあまり知られていない浦上街道は、時津町から西坂町までの全長約12㎞、少し寄り道したので所要時間4時間半、長崎が開港した1571年以降、多くの人々が往来した街道です。詳しい歴史はさておき、二十六聖人が歩いた街道として有名ですね。今回は、二十六聖人と逆走の西坂町スタートです。
とりあえず、仕事を先に済ませます。
私、川口でございます。182㎝80kg。

Marmot × BEAMS / 別注 GORE-TEX®︎ シャワーモッズコート
カラー:ブラック
サイズ:S〜XL(Lサイズ着用)
価格:¥36,000(から30%OFF)+税
商品番号:11-19-1239-408
BEAMS / コーコラン ボーダー クルーネックTシャツ
カラー:グレイ×ホワイト
サイズ:S〜XL(Mサイズ着用)
価格:¥9,000(から40%OFF)+税
商品番号:11-14-1007-803
BEAMS / FINX®︎ ビッグ6ポケット カーゴパンツ
カラー:オリーブ
サイズ:S〜XL(Lサイズ着用)
価格:¥16,000+税
商品番号:11-24-2835-791
若手筆頭、高屋でございます。178㎝59kg。

Abu Garcia × BEAMS / 別注 フィールドジャケット
カラー:オリーブ
サイズ:S〜XL(Lサイズ着用)
価格:¥31,000+税
商品番号:11-18-5633-910
NULL TOKYO × BEAMS / 別注 OUTSIDE 20FW
カラー:ブラック
サイズ:S〜XL(Lサイズ着用)
価格:¥13,800+税
商品番号:11-24-2971-432
本当にこの日の為に、2人とも購入しました。奇跡的にオリーブとブラックの逆転コーディネートです。
現代ではとても考えられない悲しい歴史が刻まれた西坂公園(二十六聖人殉教地)からスタートします。

当時は、道幅が一間(いっけん)ほどと言われています。約180㎝です。長崎人ならピンとくるホテルと稲佐山が見えています。

スタートからゴールまで、このような案内板がひっそりと設置されているので安心なのですが、町並みに馴染みすぎて見逃す可能性があります。

時代は不明ですが、古い石階段が所々に残されています。

スタートして1㎞も歩いていませんが、既にアップダウンを繰り返しています。お疲れの様子の高屋。私より一回り以上若いのに…。

そして、早々に訪れた行き止まり…。嬉しいような悲しいような。時代の変化ですね。

新幹線が浦上街道を横切ります。


迂回します。新幹線が開通した際は、いずれなんらかの形で真っ直ぐな道を作ってくれるそうです。それはそれで楽しみです。

迂回しました。当時の人々が何故、現在の国道を歩く事ができなかったのか…。それは、海だったからです。長崎市の中心街は、もともと海だったのです。その証拠に市内中心を流れる浦上川は、潮の満ち引きに水位が影響する川で、現在のビッグNスタジオ辺りまで海だったとされています。断崖絶壁の岩を削り、無理矢理に道を通したところにその重要度が窺えます。ロマンです。


長崎らしい街並みが続きます。








坂本国際墓地を通過します。横浜や神戸が代表的な国際墓地で綺麗な印象ですが、それよりもっと古く、そのニ都市と違い、お一人で眠っていらっしゃる方が多いのが特徴の哀愁のある国際墓地です。

1945年8月9日11時2分、長崎に原爆が投下された日から時が止まっています。原爆の爆風により片足が吹き飛んだ山王神社の二の鳥居、通称・片足鳥居です。



そして、山王神社へ旅の安全をお参りして、被爆クスノキの偉大な生命力に感動。原爆投下後、幹には亀裂、枝葉は吹き飛び、表皮は熱線で焼かれ、枯死寸前だったクスノキは75年の時を経て、樹勢を盛り返しています。長崎市外生まれの高屋が、幼き頃に学校行事で来た事がある、と思い出にふけっていました。



更に真っ直ぐ歩くと、ここに出ます。長崎大学病院下、浜口町の交差点です。ちなみにこの辺りが浜辺だった事に由来します。戦前は、路面電車の電停がこの辺りにあり、多くの学生が路面電車を利用して現在の長崎大学医学部裏門(元正門)まで歩いていたそうです。正面の道が街道です。

階段を登ってきました。疲れはしますが、現代では休憩するほどではありません。公道に夏みかんがなっています。

階段を登った先は、閑静な住宅街で一本道です。浦上街道が隆盛を極めた頃、茶屋が何軒か立ち並び、私達同様、階段(当時は坂)を登ってきた当時の人々はこの辺りで一服、反対にこれから長崎の中心に入る人々も一服していたでしょうし、先程の浜口町から船が出ていた為、船が出るまでの時間潰しをしていたのかもしれません。現在は一本道ですが、当時は町外れの町外れ、田んぼや畑が広がり、くねくね道でした。


そろそろお昼時となり、高屋が「カレーが食べたいです。」と言い出しました。

平和町商店街に出ます。

更に真っ直ぐ進むと、山里小学校の入り口に出ます。右手は南山学園、左手は大橋です。この辺りは、原爆の影響により街道の面影が全くなく、区画整理された道を通る他ありませんが、この木々の脇の緩やかなカーブが当時の面影を残しています。

こちらも悲しい歴史が刻まれたキリシタンのお墓です。

更に真っ直ぐ進み、本大橋を渡ると長崎人なら誰もがわかるアートの前に出ます。

国道を進み、長崎大学の正門を過ぎたところから曲がります。余談ですが、正面の二棟のマンションは、ゴールデンボウル跡地です。ローラースケートよくやってたな…と思い出にふけって通過しました。

長崎大学を右手にしばらく進むと、登れ、と案内板が出てきます。昼食前の最後の登りです。

複雑に入り組むので、案内板様様です。


坂と階段、まあまあ登りました。良い景色です。有名な丸善団地も見えます。2枚目の右の手前の山、3枚目の丸善団地の左の山、そして私達が到着したこの山には、長崎の開港よりもっと昔、豪族が城(砦)を築いて縄張りを示していました。今は普通に見える山にも歴史があると思うとドキドキします。



キリシタンの方のお墓が多いです。

なんだかんだでチトセピアの駐車場を曲がります。とにかくお腹が空いて、写真も撮り忘れ、住吉町を昼食場所に決めていたので、足早に高屋の希望通り、カレーを食べに行きました。写真を掲載できないのが残念ですが、チーズナンでがっつり頂きました。ご馳走様でした。

街道愛で長くなってしまいましたが、前編終了です。しっかりご覧下さった方、そうでない方も、お付き合いいただき誠にありがとうございました。
後編は明日、高屋のブログを是非ご覧下さいませ。
※歴史の情報に間違いがございましたら、誠に申し訳ございません。温かく見守って下さいますと幸いに存じます。
川口