2016年秋冬、インターナショナルギャラリー ビームスから新型のスーツが登場です。
店舗スタッフの提案から商品化が実現したこのモデル。主に社内向けではありますが一応モデル名があります。その名は「CONTEMPORARY 2B」です。2Bは2つボタンの意。
コンテンポラリーとは「現代の、今日的な」という意味でファッションに限っては現代的な衣服全般を指します。

スーツに「CONTEMPORARY」という言葉を使うときあるいは「コンポラスーツ」を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。
「コンポラスーツ」は1960年代のハリウッド周辺で流行したスタイルだと言われています。
ジャズメンやハリウッドスターが身に着けていた「コンポラ=現代的な」スーツは細身で丸みのある肩線や短い上着丈が特徴で現代社会をリードするアメリカの象徴としてJazzやR&Bとともに英国へ渡り、モッズカルチャーへと飛び火しました。
しかし今回、僕らが作ったスーツは「それ」ではありません。

構築的なショルダーライン。
ヒップがきちんと隠れる着丈の長さ。
シルエットは全体的にスリムなバランスですがノープリーツパンツのひざ下はストレートです。

また、ラペル周りに関してはゴージ位置を低めに設定し更にゴージラインの角度を下向きに振りました。更に、近年は当たり前のディテールになっていたAMFステッチをはずしました。
レギュラーカラーのシャツと好相性の襟周りになっていると思います。
ここまで見た時に
「構築的なショルダーライン」
「低いゴージ位置」
「ヒップが隠れる着丈」
という響きから
「英国調」と連想される方も多いでしょう。

ある意味ではそうですが
ある意味ではそうではありません。
今日的な考え方でファッションを見る時「AMFステッチがないのでモード系」とか「構築的な肩は英国式」といった記号的なジャンル分けはもはや無効になっていることに気づきます。
クラシック、モード、ストリート。
フランス風、イギリス風、イタリア風。
これらの言葉が指し示す事象はますます曖昧になり、その実態はいよいよ分かりづらいものとなってしまいました。
そういうわけで、今回僕らが作ろうと考えたのは「英国風」でも「コンポラスーツ風」でもなく「現代」のスーツなのです。
上着のチェンジポケットやトラウザーズのサイドアジャスターなど直接的に英国の古典を連想させるディテールは敢えてはずしました。
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ここで問題になってくるのは
「じゃあ、現代って何なの?」ということ。
「70年代」や「90年代」がファッションとしてリバイバルしている、と囁かれて以降、モードの世界は混沌としています。
現在トレンドセッターの筆頭とされているのはGUCCIのアレッサンドロ・ミケーレやVETEMENTSのデムナ・ヴァザリアといったところ。
彼らは彼ら自身が若いころに受けた影響や個人的な好みを隠すことなく発信する事で多感な人々の信頼を勝ち取る事に成功しています。

思えば1990年代もそうでした。
それはメインストリームがサブカルに乗っ取られた時代。
パンクオタクのマーク・ジェイコブスがLOUIS VUITTONのディレクターに就任し、GUCCIのトム・フォードは1960~70年代スタイルを究極まで突き詰めていきました。ミウッチャ・プラダは自身の哲学のすべてをPRADAのコレクションに注入し、恐るべき子供、アレキサンダー・マックイーンはGIVENCHYのデザイナーとしてパリの老舗を最高に美しく汚していきました。

巨大ブランドにおいてさえもディレクターのパーソナリティや個人的な好みが反映され始めた時代です。
時代に対して常に鋭角にコミットするラフ・シモンズ。彼がJIL SANDER、Diorを経てCalvin Kleinに至るまで約20年もの間トップを走り続けるのは、この「個人の時代」をある意味象徴しているとも言えます。

同じく1990年代には紳士服の総本山サヴィルロウでも地殻変動が起こっていました。ニューテーラーと呼ばれる若く個性的な新世代デザイナーたちが保守的で封建的な仕立て屋街を席巻していました。
パンク色の強いRichard James、1930年代のギャングスタイルを彷彿させるMark Powell、ミニマルなTimothy Everest、「コンポラスーツ」の世紀末バージョンとも言うべきOzwald Boateng。
「ニューテーラー」という言葉でひとくくりにされていた彼らも実際のハウススタイルはまさに多種多様。スーツというアイテムがいかに個人的なものであるかということを雄弁に語っていたと言えます。
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2016年現在、
Contemporaryであるということは「個人的であることを恐れない」ということ。
「モード」でも「クラシック」でも「ストリート」でもない自分を知ること。
幸か不幸か、雑食に育った自分を認めること。

「CONTEMPORARY 2B」のコンセプトはそこにあり、動機はもちろん「自分(たち)がいま着たいと思えるスーツを企画する」という極個人的なものでした。
インターナショナルギャラリー ビームスではレーベル発足以来Chester BarrieもKilgour French StanburyもCesare AttoliniもAntonio PanicoもFallan&Harveyのビスポークも経験してきました。
今回のスーツはそれらの古典をモチーフにした部分も少なからずありますが、懐古趣味に終わることは避けたかったのでフィッティングやディテールはあくまでも「いま自分たちが着たい」ものにしました。
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メンズのドレスアイテムに関してはピッティ周辺から発信されるトレンドがいまやすっかり市民権を得ていると言えます。
一方で、話題づくりや世代交代を繰り返しながらも脈々と続いていくサヴィルロウ。
ピッティの対義語がサヴィルロウではなくモーダの反対語がクラシコでは「ない」という感覚に気づいたとき、無意味な二者択一はもはや存在しません。

「逆に」選ぶわけでもなく「自然に」それを選び取るようなつもりで、是非インターナショナルギャラリー ビームスのスーツに袖を通してみてください。
ナポリの仕立てのスーツに袖を通し「CONTEMPORARY 2B」を試着してみて、結局RAF SIMONSのセットアップを購入する。
そんなことだって勿論ありえます。
重要なのは「僕らは自分が着る服を
自分で選ぶことができる」ということ。
そんな選択肢の中に「CONTEMPORARY 2B」を入れて頂けると幸いです。
「いま」「僕らが」考える現代のエッセンスを限りなく注入したつもりです。
どうぞショップにてご覧になってみてください。
Tsuruta