「インターナショナルギャラリービームス」のディレクター、片桐恵利佳が、今気になっているデザイナーと対話する対談連載。第二回は、ルーマニアに拠点を置くファッションブランド〈Les vacances d’Irina (レ ヴァカンス デ イリーナ)〉のイリーナ・モロサヌ。伝統的なものづくりを大切にするウェアは、どれも大らかで開放的。そんな、彼女自身を表現するようなデザインにはどんな想いが込められているのか。今回はリモート形式にて、リーナと片桐の対談が実現しました。

「インターナショナルギャラリービームス」は、2020年SSシーズンから現在に至るまで〈Les vacances d’Irina〉を日本で唯一取り扱っているショップです。ブランドとBEAMSの出会いはいつごろ、どのようなものだったのでしょうか

片桐:イリーナがブランドを始めてまもない頃、偶然SNSで見つけたのがきっかけです。まだカゴバッグのみを作っていた時期だったのですが、ルーマニアのものづくりを重んじている姿勢に興味が湧いたんです。彼女のバッググラウンドは、唯一無二のアイデンティティだと。コンタクトを取ったとき、ちょうどその頃買い付けでパリを訪ねる機会があり、そのスケジュールに合わせて滞在していたホテルにイリーナが自分のコレクションを持って来てくれたのが強く記憶に残っています。

イリーナ:その頃はルーマニアの小さなヴィンテージショップをやっていて、あくまでもオリジナルの一部として制作していたんです。だから突然、遠い日本のバイヤーから連絡が来て驚きました!最初はなぜだろう?って(笑)。パリで会った日のことは私もよく覚えています。今思うと、とてもユニークな出会いですよね。

片桐:ホテルの一室で見せてくれたイリーナのコレクションは、すべて白色でした。リネンのセーラーカラーシャツに、ワンピース、フィッシャーマンニット、そしてタイポグラフィがプリントされたTシャツも。素材を生かした純粋な美しさを生かしつつ、より新しい一面を引き出したく、イリーナにブラックとネイビーで作れますか?とオファーしたのが始まりですね。

イリーナ:その提案は私にとって新鮮で刺激的でした。ルーマニアには伝統的なファブリックが多く、それらの多くは白色です。つまり、染色するという発想があまりないんです。だから私たちにとってそれは大きな挑戦でした。最初は試行錯誤しましたが、ブランドを成長させる大きな取り組みになったと思います。私にとってBEAMSは、学校のようなものなんです。デザインに関してだけではなく、ファッションビジネスの経験がない私を支えてくれたりと、本当にたくさんのことを教えてくれた。感謝の気持ちしかありません。

片桐:イリーナとは何時間もリモート打ち合わせを重ねて、いつもやり取りをしています。もちろんこちらからの要望も伝えますが、大前提として大切にしているのは〈Les vacances d’Irina〉らしさ。ボヘミアンの雰囲気を纏った、イリーナならではのスタイルがあってこそだと思っています。そのために、お互い綿密なコミュニーケーションを心がけています。

最初は別注としての依頼から始まり、2022年SSシーズンからはコラボレーションラインである〈Les vacances d’Irina for Alb(レ ヴァカンス デ イリーナ for アルブ)〉が始動しました

片桐:アルブはルーマニア語で“白”を意味する言葉。ホテルで見せてくれた白で統一されたファーストコレクションを起源に、「真っ白なところから始めよう」という意味で名付けています。

イリーナ:〈Les vacances d’Irina〉のコレクションとマッチングするようなアイテムを制作しています。デッドストックの生地を使ったり、ルーマニアの刺繍を施したりと毎回ユニークなアイデアを盛り込んでいますね。

片桐:ルーマニアで古くから受け継がれている良質なローカルリネンをあえて選ぶことも。素材だけではなく、“ボランジック”シルクに施されているような刺繍や、アトリエメイドの縫製など、ルーマニアの伝統的な要素をウェアに落とし込んでいますよね。

イリーナ:“ボランジック”は何百年もの歴史がある、特別な生地です。この生地を使ったシャツを作ってお嫁に行くのが伝統とされていて、それぞれ自分でシルバーやゴールドの絹糸で手刺繍をするんです。現在では色々なマーケットで販売されているのですが、市場に出回っているものの中には完璧な刺繍ばかりではありません。でもそんな独創的な刺繍も愛嬌があって可愛くて、私は大好き!コレクションに落とし込んだり、デザインのヒントにしています。ルーマニア以外の人からしたら普通の刺繍に見えるかもしれませんが、私はこの伝統をコレクションにはめ込み、残していきたいと思っています。

では今回の2023年SSシーズンでは、どのアイテムが一番お気に入りでしょうか?

イリーナ:ティアードスカートですね。今まで白と黒、ネイビーを基調にコレクションを作ってきたのですが、今回は初めて明るい色、それもビビッドピンクに挑戦してみました。「インターナショナルギャラリービームス」との取り組みで面白いのは、国境を超えて商品を作るということ。日本人の女性が着ると表情や雰囲気が変わるからこそ、普段は作らないピンクのスカートを製作することができたと思います。新たなインスピレーションを与えてくれる日本、そして「インターナショナルギャラリービームス」はとても刺激的な存在です。

片桐:今回、久しぶりにミラノでイリーナと会って、顔を合わせながら制作の打ち合わせをしました。そこで彼女が表現したかったのは、イタリアの色鮮やかな配色や、伸びやかな空気感。だからボリュームたっぷりのスカート、それもピンク色を提案したときは、驚きとともに新鮮さを覚えたんです。今までになかった新しい〈Les vacances d’Irina〉をぜひ感じて欲しいです。

イリーナ:新しいデザインですが、ルーマニアの伝統的なスカートに倣った腰紐を用いることで、どんな方でも自由にサイジングを楽しめるようにしました。

片桐:イリーナと服作りをするときは本当に細部までこだわるんです。レングスからシルエット、ボタンなどのディテールひとつにまで。特にサイジングは追求するようにしています。その理由は、〈Les vacances d’Irina〉がすべてワンサイズ展開だからです。どんな身長、体重、ファッションスタイルの方にも似合うような1着になるように、妥協せずじっくりと向き合って制作しています。

イリーナさんは普段、デザインをする際にどんなことを意識していますか

イリーナ:想像力が膨らむ服を作るようにしていますね。例えば、ロング丈のフレアドレスがあるとしましょう。それを見た人は、海辺のビーチでバケーションしている姿を夢見る。瞬時に旅行を楽しむ気分になれるような、そんなイメージをファッションを通じて与えるって素敵じゃないですか?布を超えた何かを作りたい、そんな気持ちを胸にデザインをしています。

片桐:イリーナはバカンスが大好きで、世界中を旅し、そこで得た景色や体験をインスピレーションにしています。そんな彼女の開放的なムードに、ルーマニアの昔ながらのものづくりと、都会的でモダンな要素が組み合わさり、独自のファッションスタイルが生まれているように思います。「インターナショナルギャラリービームス」に足を運んでくださるお客様も、そんな〈Les vacances d’Irina〉の魅力に触れていただくことが多く、嬉しいですね。

イリーナ:「インターナショナルギャラリービームス」での取り扱いが始まってから、日本人の方からInstagramのDMでメッセージを送ってくれたり、フォローしてくださることが増えました。まだ1度も日本に行けていないので、今年こそはお店に遊びに行って、直接コミュニケーションを取る機会が欲しいです。

Instagramに投稿されている、イリーナさん自身がモデルになっているビジュアルイメージもとても印象的です

片桐:初めて会った時から、イリーナに対して“センスのある魅力的な人だな”と感じていました。シンプルな装いをしていても、人の目を惹きつける雰囲気を纏っている人。彼女のセルフディレクションにも表れていますよね。

イリーナ:最初はブランドが小さな規模だったので自分がモデルにならざるを得なかったんです。シーズンを重ねていくたびに別の方にお願いしようかなと悩むこともあったのですが、よく考えたら、ブランドのことを誰よりも理解しているのは自分自身だなと思って。ベストなやり方でお客様にイメージを伝えることができることが大切なので、今も自分で撮影しています。スタイリングについてもよく聞かれるんですが、焦って前日に考えることも多いんですよ(笑)?不完全を楽しむのが、私のスタイルなんです。

では最後に〈Les vacances d’Irina〉はどんな未来を見据えているのでしょうか?

イリーナ:ブランドを大きく発展していくよりも、私やチームがやりたい方向性を理解してくれる人とタッグを組んで仕事をしていきたいです。服をたくさん売りたいわけではありません。私が大切にしている文化や、ルーマニアの伝統的なものづくりについて世界中に広めていきたいという気持ちの方が大きいですね。なので忍耐強く、そして楽しくデザインと向き合っていくつもりです。その上でBEAMSとの取り組みは必ず続けていきたい。恵利佳さんをはじめとする「インターナショナルギャラリービームス」チームのことを心から信頼しているし、彼女たちとのコラボレーションはいつも自然体で、流れに身を任せるように作っています。そのぐらいオープンでいられる相手なんです。

片桐:そう言ってくれると嬉しいですね。私たちもイリーナの素直で魅力的なブランドには可能性を感じています。その一歩となるのが、今回の〈Les vacances d’Irina for Alb〉コレクション。ピンクのスカートのように新たな挑戦を重ねながら、今後も一緒に服作りをしていきたいと思っています。

Les vacances d’Irina

ルーマニアのブカレストを拠点に2017年に始動したブランド〈Les vacances d’Irina(レ ヴァカンス デイリーナ)〉。アトリエにてヴィンテージの民族衣装やバスケットと共に自身のコレクションをメイド トゥ オーダーで販売。自国の伝統手法で丹念に織られた天然素材を生かした自身のコレクションは縫製も地元の小さなミルで行われており、ローカル性を意識した物づくりを心掛けている。

片桐恵利佳
International Gallery BEAMS Director / Buyer

「BEAMS RECORDS」や「International Gallery BEAMS」でのショップ経験を経て、2018年バイヤーに。 現在は〈International Gallery BEAMS〉のウィメンズディレクターとして国内外の新進気鋭ブランドを紹介。 休日になるとフィルムカメラを持ち、街歩きをする日々を楽しんでいる。

開催期間:5月11日(木)〜5月21日(日)
開催店舗:インターナショナルギャラリー ビームス ウィメンズ

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