ダブとサティと神話

柳 寛 2024.08.11

燦々と照り付けてくる太陽。じりじりと焦げるようなコンクリートから跳ね返る熱や紫外線。じめじめと体を覆う湿気。エアコンの室外機の低音とセミのロングトーン。

さて、夏ももう中盤ですが、こちらの一枚がオススメです。


【LP】Prince Istari Meets Erik Satie / Inna Heavy Dub Encounter〈sozialistischer-plattenbau〉
価格:¥5,390(税込)
商品番号:29-67-1144-526

ジャングル、ブレイクビーツなどでもハードコアな作風で知られるドイツ・ハンブルクの奇才プロデューサーIstari Lasterfahriが、Prince Istari名義でリリースした作品。エリック・サティの名曲をダブにさせた興味深い内容となっています。彼の楽曲特有のメランコリックな雰囲気が、スローテンポで残響の効いたリズムにもぴたりとハマっており、ドローン、エレクトロニカ、ジャングルなどの要素も交えて展開され、なんともいえない気持ち良さを演出しています。

エリック・サティといえば、『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『官僚的なソナチネ』などの不思議なタイトルや、全て演奏するのには18~25時間かかるという『Vexations』を作曲するなどかなり変わった人物として有名です。恐らく彼の時代に流行した、ダダイズムや神秘主義の影響を受けていると推測されますが、プライベートでも変わっていたようです。自分は白い食べ物しか食べないということを宣言していたり、服装は若い頃にはグレーのベルベッドのスーツ、晩年には黒のスーツに山高帽子、こうもり傘(100本所有)の2パターンのみ。自宅にはピアノがなぜか2台積み重ねてあり、そのうちの1つは中が空洞になっており、そこに手紙が大量に入っていたといいます。

本作のA1~B2を占める『Gnossienne』は、ジャワのガムランや、ルーマニア、ハンガリーの音楽から着想を得て作曲されました。タイトル名はギリシャ語のgnosis(知識)から派生した、気づきの意味を持つフランス語のようですが、サティ本人が楽譜にタイトルとしてそう書いたわけではないという話があります。譜面に記載された注意書きに、「外出するな…驕りたかぶるな」「頭を開いて」などと書かれているのもまた、この楽曲に謎を持たせています。そして、B3~B4を占める『Gymnopedie』はギリシア語の gymnos(裸の)と pais(子ども・少年)という意味からなり、裸体の少年たちが、踊ったり遊戯を行ったりする古代スパルタの神々を祀るための儀式の名称、ギュムノパイディアから着想を得たそうです。

これらのことから、彼がギリシャ神話の影響を受けていたと推測出来ますね。偶然かもしれませんが、注意書きの一つ「頭を開いて」というのも、技術・学芸や戦いなどをつかさどる女神パラスが、宇宙や天候を支配する天空神ゼウスの頭から、鎧甲冑で武装した姿で生まれたという話を思い起します。

Jun Miyake / Glam Exotica! <BEAMS EXOTICA / Tropical Music>
価格:¥3,300(税込)
商品番号:29-68-0124-505

因みに『Gnossienne』は、我々のレーベルからリリースして頂いた三宅純による『Glam Exotica』にも収録されています。こちらは彼のジャズ、エレクトロ、民族音楽などを吸収した、ややダークで耽美な世界観と合致させておりまた違った魅力を放っています。

また、同じく我々のレーベルからリリースして頂いた彼の作品『Mondo Erotica』のジャケットは恐らく、フランソワ・ジェラールによる『アモルとプシュケ』を基に制作されていそうです。これもギリシャ(またはローマ)神話を題材にしたもので、アモルは恋の神キューピット(クピト)の別名で、プシュケは人間。彼女の美しさに嫉妬をした愛の女神ヴィーナスが、プシュケがろくでもない人を好きになるように、キューピットに命令します。しかし彼が誤って自分に矢を打ってしまい、彼女を好きになってしまうというストーリーです。


Jun Miyake / Mondo Erotica! <BEAMS EXOTICA / Tropical Music>
価格:¥2,530(税込)
商品番号:29-68-0122-505

このアートワークが制作された背景は恥ずかしながら分かりかねるのですが、この絵画のレイヤーがアルバムの世界観と共鳴していることは間違いありません。

彼が長年パリを拠点にしており、また現地でも高い評価を受けていたことを思うと、さらにハマるところがあるような気がします。

こう思うと、サティが特別ギリシャ神話に影響を受けていたというよりも、ヨーロッパの文化にギリシャ(またはローマ)神話がどれだけ根強く浸透していたかも分かります。

そもそもヨーロッパという名前もエウロペという、神話上の登場人物の名前から取られていることがなによりの証明にもなっているような気がします。


(続きはnoteにて記載しています。)