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編集の発明家!?

みなさま、こんにちは!

トーキョー カルチャート by ビームスの山本です。

今週からよくやくお店も再開できることになりました!

(短縮営業12時~19時となっております☆)



トーキョー カルチャート by ビームスではアーカイブ展として過去12年の展示のポスターの一部を展示しております。そのポスターひとつひとつにエピソードが詰まっているので、インスタグラムでそれぞれ随時紹介しておりますのでチェックしてみてください☆次回のブログでポスターの情報をピックアップしてご紹介させていただきます!


本日紹介させていただきたいのは、スペクテイター新刊『秋山道男 編集の発明家』です!




秋山道男さんとは何者なのでしょうか?私自身も今回のスペクテイターを読んで初めて知る事ができました。肩書、名義、経歴がたくさんあり、ネットで検索するだけでは秋山さんの本質が掴み切れませんでした。スペクテイター『秋山道男 編集の発明家』を読んで秋山さんの生き様や思考を知り、秋山道男という人物像を思い描くことができました。


大まかな経歴は19歳で若松孝二の若松プロダクションに入社。脚本、音楽、ポスター制作、助監督を担当するところから始まります。


1969年~2003年 若松プロダクション企画5本のピンク映画に秋山未知汚』名義で俳優としてに出演。後34年間で15本の映画に出演。

1968年~ 若松プロダクションで助監督として5本の映画を制作。

1971年~『無限 面白商曾 』を設立。アングラ演劇のアートディレクター、テレビクイズ番組の作家、テキ屋“なんでも屋”を始め、コピーライター業等幅広く手掛ける。

1978年~ 西友流通グループの広告の仕事として“10円で販売する子供服のカタログ”を企画し、『秋山道男オフィス』を設立。雑誌や広告の仕事を数々手掛ける。

1983年~ “無印良品第一号店の広告をプロデュース。“無印良品”と書かれたゴミ袋を街に配り、街の至る所でそのゴミ袋を目にし、大きなインパクトを与えた。同時期に安野ともこリリースのプロデュースを手掛ける。

1984年 チェッカーズの全てのデザインをプロデュース。

1986年~ 雑誌、東洋医学教場/斎藤由貴ビデオ作品/大貫妙子LP/小泉今日子ビデオ作品/化粧品メーカー/ 等 様々な企画プロデュースを手掛ける。

1990年~1995年 5年間でプロデューサーとして4本の映画を制作。

1996年~2002年 NHK大河ドラマやよみうりテレビのドラマにも俳優として出演。

2003年~ 六本木ヒルズのブランドプロデュース、コムデギャルソン書籍監修。

2005年 テレビアニメ『おでんくん』の声優として出演。

2007年~『東京タワーオカンとボクと、時々、オトン』映画プロデュース。

2010年~ フリーランスになる。

2013年~ 様々な書籍の監修、プロデュースを務める。

2018年~『止められるか、俺たちを』映画の制作に携わり他界。


スペクテイターとネット情報で重要な経歴ポイントをまとめるだけで大変なことになりました。(笑)(まだまだ細かくたくさんありました)

今回のスペクテイターでは、そんな多彩な才能を持つスーパーエディター秋山さんが大切にしてきた“言霊”と、手掛けてきた仕事内容が合致しているのがよくわかる内容になっています。


勉強になる名言ばかりで興奮状態で読みました。そんな秋山さんの言葉を3つ抜粋させていただきます!


『面白さとは、まず新鮮であること。ガーンという感じね。次は笑っちゃうもの。あとは哀しいこと。この三つを西の横綱とすれば、東の横綱は、とにかく知って得した・・それでやたら嬉しいという感じ。そして美しいこと。面白いといっても笑うだけじゃないですね。』


『恥ずかしくないとミリオンセラーは無理。』


『変なものには生命力がある。良質の愛はアタマで考えるだけではわからない。』


今の時代に必要なクリエイティブなエネルギーが爆発している楽しい本です!

ぜひ手に取ってみてください!