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夏の思い出 終戦記念日編その①

今日はパラオで過ごした終戦記念日について書きたいと思います。


最後まで読んで頂けたら嬉しいです。


太平洋戦争の激戦地であったパラオ。

75年前の9月15日、ペリリュー島はアメリカ軍の艦船で埋め尽くされました。


その場所がこちらのオレンジビーチ。

素晴らしい景色からは想像がつきません。 



ペリリュー島へは静かで平和な海を眺めてボートで向かいます。しかしそんな綺麗な海にもところどころに戦跡があります。




透き通った海水の下に撃ち落とされた旧日本軍機。ほんの少しプロペラを出して沈んでいます。


今回、ペリリュー島のガイドをして頂いた菊池正雄さん。2015年にパラオを訪問された天皇皇后両陛下にご説明をされた菊池さん。パラオで旅行会社を経営し、戦没者慰霊や遺骨収集に携わっていらっしゃるツアーガイドさんです。



もちろん知識と経験が豊富でわかりやすく説明をして頂きました。


ペリリュー島に到着するとすぐに目に入って来たものがコンクリートで固められた陣地、トーチカです。島の至る所で見る事ができます。




最初に紹介された場所は旧日本軍の夜戦病院、通称千人洞窟。幾つかの入り口は火炎放射器で所々黒くなっています。





洞窟の内部は無数のトンネルが張り巡らされ、ビール瓶、食器、ヘルメット、薬きょう、包帯などが全くの手付かずの状態で見る事が出来ます。天井や壁を見た瞬間、背筋が凍りました。びっしりと埋め尽くすコウモリとカマドウマ、そして自分の肌が出ているところに無数の蚊が…。パニックになりました 泣。島にある沢山の洞窟には約2500柱の旧日本兵の遺骨が眠っていると考えられています。


続いて旧日本軍の武器庫へ。

砲弾で穴が空いた事がはっきりわかる状態でした。現在、内部は戦争資料館になっています。


 



建物の横には砲弾が無造作に置かれています。大丈夫なんでしょうか?笑


続いて海軍司令部へ。こちらも爆撃、銃撃を受けた状態を確認できます。





銃撃痕が戦闘の激しさを物語ってます。

ちょうど、ここで正午を迎えたので、ツアーの参加者全員で黙祷をしました。


予想以上のリアルさにメンタルに何かが重くのしかかって来ました。フィジカルはある程度自信がありましたが、照りつける灼熱の太陽と現地の元気過ぎるコウモリや虫たちの恐怖に体力を奪われました。まさに当時の兵士達の過酷な状況を体験できてしまうツアーです。




終戦記念日編その②へ続く