QUE SERA, SERA<SARTO BEAMS>長めのブログ

SHUN 新井 2024.12.31

ご機嫌いかがでしょうか、新井です。


JACKET: RING JACKET

PANTS: champion

SHOES: simon fournier


横浜に場所が変わっても変わらずにスウェットパンツにテーラードジャケットです。

お陰様でミシン踏むのも楽ちんです。





僕のサルトビームス事業がこのビームス ライフ 横浜にて工房を稼働してもう1カ月。お陰様でお直しに勤しむ日々で嬉しい限り。とにかくお客様が喜んでもらえて関わる皆んなが笑顔になる事が仕事になるって本当に気持ちが良いんですね。


僕たちスタッフが自ら直す事での意義。外注では下手したら1カ月近くお待たせしてしまうので、当日〜1週間以内で仕上げられる事だけでも喜んでもらえますが、何より扱う商品に特化したスタイリングなどを踏まえた形での仕上げをする事が如何にお客様が求めてるかを再認識するこの1カ月だったんですよね。

特に急なオケージョンニーズにお応えして即日、翌日にスーツのお渡しをしたお客様の喜び様は格別でした。


はっきり言ってこの工房での手応えは既に充分。あとは実績を積み上げて賛同するスタッフを増やしていく事。

何より立ち上げた自分がいま最高に楽しい。


オープン当初から直面する問題はジャケットの袖直しの際の専用マシンによるボタンホール付け。

200万円位する業務用の鳩目穴縫いミシンが使いたいのですが流石にまだ導入は出来ず仕舞い。その内にハトメミシン導入出来れば良いなーとは考えてましたが、外注だと納期が3週間がザラな訳なんで案の定わたしの工房にジャケット袖直しの要望がドンドン来ちゃうんですよね。

コレばっかりはマシンを買わないと如何ともし難いと諦めかけてましたが、業務委託で入ってくれた縫製職人からの提案は手縫いでの眠り穴。勿論要望が有れば手縫いの本開きも出来ますし。


一万円の加工料を払って手縫い本切羽を注文する人はなかなかいませんが、レギュラー対応で受ける袖のボタン付けと丈調整、そして開き見せの穴かがりは定価販売で有ればサービスとして提供するものですが、普段は外注でのマシンによる味気ないジグザグステッチの偽ボタンホールも職人による手縫いになると雰囲気が全然違うんです。

このマシンステッチはよく見てるいつものこんな感じです。


手縫い用に絹糸の良いものを使う訳なんですが、それこそ本物のボタンホールに間違えそうな程に立体的で柔らかくちょっと前の表現を借りるなら抜群にエモい仕上がり。僕はこちらのが全然イイ。


マシンによるステッチとじゃあ全然違うのでそれこそウチの服好きのお客様に手縫いの方が俄然好評なんです。

マシンステッチで納期3週間とこの工房受けだけが出来る1週間以内納期で手縫いステッチ仕様、当然に選ばれるのは後者な訳ですよ。


おそらく日本中探してもドレスクロージングを販売するセレクトショップでコレだけの柔軟かつ迅速に対応が出来るトコは他にはまず無いでしょう。

手縫い本開きの仕上げも雰囲気抜群です。


需要を見定めた上で弱みを強みに変える。

特に高級重衣料という分野ではなんだかんだで手縫いでの縫製がやっぱり最高峰とされてる訳ですから。この20年でもほぼ全工程手縫いのシャツやパンツの着心地の素晴らしさといったら。


ミシンでカタカタ縫う作業もストレス発散でスカッとして気持ちが良いですが、チクチクと気持ちをこめて焦らずに手作業で縫い上げていくのは、大変ですが終わった時の達成感と手縫いの仕上がりのエモさと言ったらもう格別です。

どうやら設備予算の不足問題も別の強みを活かす事で更にサルトビームスのやる価値が見出せた気がするんですよね。


僕のサルトビームスという名の新規事業プロジェクト。僕がこの3年で描いた旅路のまだまだ序盤ですが、無事に船出は出来ています。

僕の服を巡る冒険にまだまだお付き合い下さい。





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表題は1957年のアメリカ映画の有名な挿入歌。

QUE SERA, SERA


僕がこの曲を知ったのは1973年にファンクロックのレジェンドアーティストのカバーでした。

元曲はそれこそ能天気なくらいに明るく未来を楽天的に歌い綴る、それはそれで一回聴いたら頭から離れないくらいに良い曲なんですが、それをスライ兄貴が演奏するととんでもなく内向性をはらんだ鬱展開にも思える哀愁ある美しいバラードになってるんですよね。

彼の音楽を耳にしたのはそれこそ僕が多感な10代の時を過ごした中でも最骨頂に混沌を胸に抱えて、見つかるはずが無いのに大人になる意味をありとあらゆる文学や映画、音楽のカルチャーに探しまくってた高校2年生の夏。

暇があれば学校をサボって入り浸っていたセレクトショップのオーナーが大の黒人音楽好きで、そのオーナーのお洒落道楽の達人みたいなオジサマに月一位で連れて行ってくれた東京の六本木界隈のクラブで大音量で聴くファンクに痺れまくって無我夢中で踊りまくってた青春のひととき。

ファンクミュージックの中でも彼のつくるロックやらポップやらソウルにファンクが混合する独自の融合音楽。陽性のポップさとそれとは裏腹に屈折した内向性あるサイケ色、ドラマティックな展開構成で大所帯バンドによるダイナミックな演奏。


アルバムの流れの中でも哀愁こもった美しいバラードでの、なるようになるさってメッセージにはとんでもなく重みがあった。


なるようになるのさ

未来は誰にも分からない

ケセラセラ



全ての存在、出来事を前向きに肯定し受け入れるこの言葉たちはまるでニーチェの哲学の様。


そういえば最近の青りんご夫人も同じ様なメッセージを歌ってたのもやっぱりニーチェのそれと同じ。私を愛せるのは私だけ。生まれ変わるならまた私だね。なるようになるのさ


思えばいろんな作品でこの同じ様なメッセージは僕らに自己肯定を与えてくれてる気がします。


これでいいのだってギャグ漫画もあったし


きっとうまくいくって映画もあったし


ありのままでって歌う夢の国のアニメもあったし




思えばこの工房までの3年は紆余曲折ありましたが同じ様なメッセージに僕は鼓舞されてた気がします。



ケ セラ セラ


なるようになるから大丈夫。




新しい横浜でお会いしましょう。



新井


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